ポーランドのアグニェシュカ・ホランド監督が、スターリン体制のソ連という大国にひとり立ち向かったジャーナリストの実話をもとにした歴史ドラマ。
1933年、ヒトラーへの取材経験を持つ若き英国人記者ガレス・ジョーンズは、世界中で恐慌の嵐が吹き荒れる中、ソビエト連邦だけがなぜ繁栄を続けているのか、疑問を抱いていた。
ジョーンズはその謎を解くため、単身モスクワを訪れ、外国人記者を監視する当局の目をかいくぐり、疑問の答えが隠されているウクライナ行きの汽車に乗り込む。
しかし、凍てつくウクライナの地でジョーンズが目にしたのは、想像を超えた悪夢としか形容できない光景だった。
2019年・第69回ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品作品。
イギリスのジャーナリスト、ガレス・ジョーンズ(ジェームズ・ノートン)は、ヒトラーがいずれヨーロッパを席巻し、ソ連にも迫るであろうことを議員たちの前で熱く語りますが全く相手にされません。
政府高官ロイド・ジョージの外交顧問の職を解かれたジョーンズは、世界経済がどん底の中、ソ連だけが繁栄を続けていることに疑問を持ち、単身ソ連に向かいます。
モスクワでは、外国人の滞在ホテルや滞在日数は限定され、電話も全て盗聴されています。
スターリンに取材するきっかけを得るために、かつてピューリッツアー賞を受賞したニューヨーク・タイムズ紙のデュランティを訪ねます。
しかしデュランティはのらりくらりと話をかわし核心に迫ることができないため、彼の部下であるエイダに近づきます。
そして外国の記者はモスクワから外に出ることができないこと、ジョーンズの友人で、先にソ連で何かを調べていたポールが殺されたことなどを知ります。
その疑問を解くためウクライナへと向かったジョーンズが目にしたのは、想像を絶する衝撃的な光景でした。
繁栄とは程遠い飢餓に苦しみ、極限状態にある人々。
ウクライナは豊穣な大地を持つ国なのに、外貨獲得のために全作物をソ連に搾取され、結果的に人工的な飢饉により多くの命が失われていたのです。
凄惨な人々の姿を見たジョーンズは、自身も飢えと寒さに苦しみながら真実を知らしめるために必死の取材を続けますが、とうとう秘密警察に捕まってしまいます。
しかし、余計なことは言わないことを条件にデュランティが彼を釈放させ、イギリスに送り返しました。
ジョーンズはイギリスで、記者を前に自分の見たことを話すのですが信じてもらえず、デュランティは「ソ連の状況は厳しいながらも好転している」との記事を書かせます。
さらに、デュランティの功績もあってスターリンの外交は成功し、アメリカとソ連は国交が樹立してしまいます。
地方紙に飛ばされたジョーンズはたまたま休暇で来た新聞王ハーストに直訴し、ついに真相を紙面に乗せることに成功しますが…
5か年計画を推し進め、西欧諸国に繁栄をアピールしていたスターリン。それによってもたらされたウクライナの大飢饉は「ホロドモール」として今は広く知られています。
外貨を稼ぐためという表向きの目的だけでなく、ウクライナ人に対する強制的&計画的な破壊行為、集団殺人であったともされています。
道の至る所に餓死者が転がり放置されたまま。
親が死んで子供たちだけが残されたケースも多く、樹木の皮や人肉までも食べるような状況でした。
先月、リドリー・スコット製作、トム・ハーディ&ゲイリー・オールドマンの共演で描く「チャイルド44 森に消えた子供たち」という映画を動画で見ました。
こちらはホロドモール時期がメインではありませんが、その当時悲惨な孤児生活を送ったレオ(トム・ハーディ)の人生、1950年代、スターリン体制下であったソ連の恐怖政治が描かれています。
「楽園では殺人は起こらない」とのポリシーで事件は全て抹殺され、少しでも不穏な言動をすると連行されますし、誰がスパイか分からず、とても安らかに暮らせるとは思えない恐ろしい社会でした。
こちらがご本人のガレス・ジョーンズさん。
ソ連の「偽りの繁栄」を世界に知らしめたジョーンズの次なる取材対象は、日本の占領下にあった満州国でした。
彼は日本で6週間ほど取材してから満州国へ渡ります。
しかし日本軍に拘束され、その後、中国へ移送。盗賊に身柄を渡され、1935年8月12日、30歳の誕生日前日に殺害されました。
その背後にはソ連の秘密警察が関与しており、おそらくスターリンに報復されたと考えられています。
映画の冒頭は餌をむさぼる豚のアップ。
そして寒々とした風景と豚小屋を眺めながらペンを走らせる人物が映し出されます。これがジョーンズかと思いましたが、彼はジョージ・オーウェルでした。
彼はスターリンへの痛烈な批判を寓話的に描いた小説『動物農場』(1945年刊行)の作者です。
人間を動物に置き換え、とある農園の動物たちが劣悪な農場主を追い出して理想的な共和国を築こうとするが、指導者の豚が独裁者と化し、恐怖政治へ変貌していく過程を描いています。
実際はどうだったかわかりませんが、映画の途中でジョーンズがオーウェルに紹介されるシーンが盛り込まれており、より信憑性が深まる演出になっています。
ニューヨーク・タイムズ紙モスクワ支局長のウォルター・デュランティは、ソ連の五カ年計画に関する一連の報道で、1932年にピューリツァー賞を受賞しました。
しかし、ホロドモールの大飢饉を否定し、数百万人が飢えで死んだことを認めず「ロシアで飢饉が起きているという報道は誇張であり、悪質なプロパガンダである」と主張したのです。
一節にはソビエト秘密警察のスパイだったとも言われていますが、メジャー紙トップ記者だったデュランティの記事は影響力も大きく、ルーズベルト新大統領もそれによってソ連を認めたのです。
彼は自身の立場を利用して、大勢の人々に対しスターリンの人柄やソビエト政権について誤った認識をもたらしたのであり、ピューリッツァー賞の撤回を求める運動も起こりました。
ジョーンズ役は「ストーリー・オブ・マイライフ」でメグの夫ジョンを演じたジェームズ・ノートン。
我が身を顧みず、真実を追求する信念を貫くジャーナリストを好演。
デュランティ役はベテランのピーター・サースガード。
胡散臭く高慢な感じが良く出ていました。
エイダ役のバネッサ・カービー。
ミッションインポッシブルやワイルドスピードなどでの印象がありましたが、とても落ち着いた雰囲気で良かったです。
主役三人以外の人物が分かりにくく、この人誰だっけ?みたいな時もありますが、こういう事実があったことは、きちんと伝えていかなければなりませんね。
昨今の日本の堕落したマスコミ記者には、今一度、その精神を見つめ直してもらいたいです。