大統領の執事の涙 | akaneの鑑賞記録

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リー・ダニエルズ監督が、7人の米国大統領に仕えた黒人執事の実話を描いたヒューマンドラマ。綿花畑の奴隷として生まれたセシル・ゲインズ(フォレスト・ウィテカー)は、1人で生きていくため見習いからホテルのボーイとなり、やがて大統領の執事にスカウトされる。キューバ危機、ケネディ暗殺、ベトナム戦争など歴史が大きく揺れ動く中、セシルは黒人として、執事としての誇りを胸に、ホワイトハウスで30年にわたり7人の大統領の下で働き続ける。

 

 



綿花畑で働く奴隷の息子に生まれた黒人、セシル・ゲインズ。

子供時代、雇い主である白人に母親を臨辱され、それを咎めようとした父親は目の前で殺されます。

女主人は彼を不憫に思い、畑仕事ではなく、屋敷内での給仕「ハウスニガー」の仕事をさせてくれました。

 

 

 

成人して農園を飛び出したものの、行く当てなどありません。
雨風をしのぐ場所もなく歩き続けますが、やがて空腹に耐えかね、あるレストランのショーウィンドウを割って、ケーキを食べてしまいます。
しかし店長だった黒人が良い人で、その店で働かせてもらうことになりました。
教えられたことは

 

「客の目を見て望みを知れ」

「相手の心を読め」

「ボスが思わず微笑むように」

「白人用の顔と自分の顔を持て」
そして「ハウスニガー」という言葉は使うなと。
 

 


やがて、その店長の推薦もあり、ワシントンD.C.のホテルのボーイとなって懸命に働いていたところ、ホワイトハウスの事務室長の目に留まり執事へと抜てきされます。
彼の洗練されたふるまい、気遣い、会話術を見抜いてのことでした。
大統領執務室に食事やお茶を運び、身の回りの世話をし、次第に信頼を得ていきます。

 

 

 

以来30年、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソン、フォードなど、歴代の大統領に仕えながら、キューバ危機、ケネディ暗殺、ベトナム戦争といったアメリカの国家的大局を目の当たりにするセシル。


その一方で、白人の従者である父親を恥じる長男は公民権運動に熱を上げ、父と子は衝突が絶えません。

 

 

 

 

 


以下のような象徴的な事件を、ルイスが関わって何度も逮捕されるという形で、歴代大統領の政策などと共に紹介していきます。
もちろん、実際に息子がこれほど運動にかかわっていたら、セシルもクビになってしまうでしょうけれど、そこはアメリカ史における人種差別の変遷をリアルに描いているのだと思われます。




●エメット・ティル事件

 

1955年、ミシシッピー州で14歳の黒人少エメットが白人女性に口笛を吹いたことで、その夫に殺され遺体が川に捨てられた事件。エメットの母が演説を行っていることが話題にのぼります。
長男のルイスは、テネシー州のフィスク大学(1866年に創立された解放奴隷のための歴史的黒人大学)に進学、公民権活動にのめりこんでいくのでした。



●リトルロック高校事件

 

1957年にアーカンソー州のリトルロックの高校で起こった事件です。
1954年に学校は人種統合されましたが、リトルロックでは知事が黒人が学校に通うことを阻止します。
アイゼンハワー大統領は連邦法を施行するために、リトルロックに陸軍を派遣すると発表しました。
歴史上はじめて、白人が黒人を救ったのです。
 

 

 


●ナシュビル座り込み運動

 

当時、多くのものが白人用黒人用と分けられていました。
ナシュビルの人種差別を反対する学生たちが、レストランで白人用の席に座り注文します。
オーダーを取ってもらえず席の移動を求められ、白人たちに罵声を浴びせられ、暴力を受けても動きませんでしたが、最終的には警察に捕まってしまいました。
 

 

 


●フリーダム・バス爆破

 

当時は黒人と白人でバスの座席も分けられていました。
それに対抗して黒人であっても自由に座席に座れるフリーダム・バスに乗り、公民権運動が展開されていました。
ある日そのバスがKKKに囲まれ、爆破されるという事件が起きました。

 

 

●人種差別法の禁止

 

ジム・クロウ法とは1876年から施行されていた法律で、黒人(有色人種)が公共施設を利用することを禁止したもの。
ケネディ大統領は、公共の場で誰でも平等にサービスを受けることができる法案を発表しました。
 

 


●血の日曜日 

 
ジョンソン大統領の任期になり、ベトナム戦争が泥沼化しています。
1965年3月7日、キング牧師を始め多くの人たちが、黒人の公民権を求めデモを行いました。
しかしアラバマ橋を渡ったところで、無抵抗のデモ隊に騎馬隊は次々と襲いかかり、多くの人が犠牲になりました。
 

 

 


●キング牧師暗殺事件

 

1968年4月4日。
メンフィスのモーテルでキング牧師が暗殺されます。

 

 

●ブラックパンサー党

 

ブラックパンサー党は公民権運動を訴える政治組織で、貧しい子供達に無料で食事を提供するなどの活動を行っていましたが、公民権を勝ち取るために武器も必要という考えを持っており、キング牧師が亡くなったことで動きを活発化させます。
ニクソン大統領はブラックパンサー党の活動を取り締まりました。

 

 

 

 


次男のチャーリーは、家族の反対を押し切って出征したベトナム戦争で戦死しました。


 

 

 

 

それぞれ大統領とのエピソードもはさまれていますが、やはり人種問題に大きくかかわった大統領がフューチャーされています。

(画像は本人ではなく、映画のものです)

 

 

リトルロックにおいて黒人学生を排除した知事に対して陸軍を派遣したアイゼンハワー。

 

 

 

選挙活動中で、白人票を失うリスクがあった時期に、解放運動で逮捕されたキング牧師釈放に動いたケネディ。

彼が暗殺された後、夫人から形見としてネクタイをもらいます。

 

 


人種差別廃絶に対し積極的な姿勢を持ち、公民権法を成立させたジョンソン。彼が就任した際には「レディーバード(奥さん)から」といって、ネクタイピンをもらいます。

 

 

 

レーガンは、セシルを執事の最高位に就け、妻と共にホワイトハウスのヘルムート・コールでの公式晩餐会に招待して敬意を表しました。

 

 

フォード、カーターは特にエピソードなしです(笑)

 

 


長男のルイスは何度も逮捕されながらも、やがて議員となります。
息子は政府と戦いながら黒人の権利を主張しましたが、父は大統領たちに真摯に働く自分の姿を見せることで黒人への理解を求めていました。
映画の中でキング牧師が言います。
「彼らは真面目に働くことで黒人像を変えていった。彼らは人種の壁を崩していった。彼らは戦士なのだ」と。

 

 


1986年、レーガン大統領の任期中、彼は執事の職を辞任しました。
まさに、南アメリカのアパルトヘイト政策に反対する声が高まっている時期でした。
レーガンの人種政策を糾弾する集会に初めて参加、長い間対立していた息子ルイスとようやく和解しました。
 

 


そして2008年、初めての黒人大統領誕生が目前となります。
奥さん共々、投票することを楽しみにし、何度も投票所を訪れていましたが、投票前に奥さんは亡くなってしまいました。
 

 

セシル役のフォレスト・ウィテカーの演技はもちろん素晴らしいのですが、妻グロリアを演じるオプラ・ウィンフリーがすごく良かったです。

 

 

夫が仕事一筋でほったらかしにされ、アル中になってしまったり、息子との板挟みに悩んだり、それでもセシル一筋でずっと添い遂げたグロリア。

 

あと、その時代時代で流れる音楽やテレビのシーン、当時のファッション、ホワイトハウスのセットなども非常に良かったです。

 

 

 


映画を見ながら人種差別の歴史を駆け足で体験しただけですが、それでもバラク・オバマが大統領になったのには、どれだけ深く重い意味があったか、ひしひしと思い知りました。
奴隷の息子として生まれた彼が、黒人の大統領誕生を目にしたその瞬間、どんな思いだったか想像するだけで涙が溢れました。

 

次のシーンで、セシルがケネディ大統領の形見であるネクタイに、丁寧に丁寧に思いを込めてアイロンをかける姿に号泣。。。
そのネクタイを締め、ジョンソン大統領からもらったネクタイピンをして、招待されたホワイトハウスに出かけていきます。
オバマ大統領は登場しませんでしたが、慣れ親しんだ執務室に向かうところで終わりです。






モデルとなった執事はユージン・アレンさん。

 

 

 

1919年7月14日生まれ。
アフリカ系アメリカ人であるアレンは自主差別が根強い時代にヴァージニア州で育ちました
彼は、白人専用リゾートで長年ウェイターとして働き、1952年以来、8人の大統領のため懸命に働き、1986年に辞任しました。



特にケネディ大統領一家とは信頼関係が深かったようです。

 

 

息子さんの手記によると

「私の父親はケネディ大統領が撃たれた日の夜遅く帰宅しましたが、もう一度コートを羽織り『私は仕事に戻らなければならない。』と言いました。
しかし玄関で、彼は崩れ落ちて叫び始めました。
父がそんな風に叫ぶのを私は初めて見ました。」

アレンさんは葬式に招待されましたが、『葬式の後に誰かホワイトハウスに来るかもしれないから』と、ホワイトハウスで仕事をしていたそうです。

実際の息子さんは、政治的な活動はしていないようです。

 

 

 




もちろん、これは映画であって、政治的なことを深く忠実に描いていないかもしれません。
きれいごとにまとめた、美化しすぎ、と思われる部分もあるでしょう。
でも、こうやってエンタテインメントの分野で人種差別のことを取り上げ、世界に伝えて続けていくのは、非常に重要なことだと思います。
アメリカ史などほとんど知らない私でも、こうやって色々調べてみたりして、少しでも理解しようとするのですから。



オバマ大統領の政策が良かったのか悪かったのかなど、とても語れるものではありませんが、トランプ大統領の時代になってから、どうも色々と嫌な方向に進んでいるような気はします。
多分、強いアメリカ、白人至上主義を支持する層も多いのでしょう。

 

 

 

1つ難点と言えば、まぁいつものことですが、邦題のダサさですかね。