エターナルチカマツ   | akaneの鑑賞記録

akaneの鑑賞記録

歌舞伎や演劇、映画、TVドラマなど鑑賞作品の覚書




素晴らしかった!
ルヴォーさん、天才!

建て込みのセットは使わず、すべてキャスターで移動できる台。
舞台の奥行と照明を活かして、様々な人物が現われては消えていきます。
最も象徴的に使われる「橋」は、グレーの平台の両脇に赤い柱を立てただけのもの。
この平台が3~4個あって、その時々に直線になったり方向を変えたり
色々に組み合わされて世界を作っていきます。
あの世とこの世を繋ぐ架け橋でもあります。

音楽は生バンド、ピアノとギターとドラムのみ。
基本的にリズム楽器なので、かなりドライな感じがします。
メロディを朗々と奏でる楽器がなく、どちらかというと「効果音」的な使い方で
ほとんど無音の部分が多い。
やたら音楽の鳴っている芝居が多い中、これはとても新鮮。
ギターの人が三味線も弾いていてびっくりです。




中村屋の定式幕だと思ったら、これはスクリーン。
幕が開く映像のあとに現れたのは、NYリーマンショックのニュース映像。
深津絵里演じる「ハル」の旦那さんは、この金融恐慌に巻き込まれ
多額の借金を残して自殺してしまったのです。
心を閉ざし、金のためにだけ体を売って生きているハル。
深津さん、黒のスリップ姿も美しい。
基本、トレンチコートと黒のハイヒール。それはまるで戦闘服のよう。
きっとキャリアウーマンだったんでしょうね。
ご主人と二人、お洒落なタワーマンションに住んでバリバリ働いていたのかな。
背筋をすっと伸ばし、常に凛と佇んでいる。
でも心細くてか弱い部分がほのかに見えて、苦しくなる。
悪態をついたり怒鳴るようなセリフが多いのに
全く耳障りにならず、明快に透き通る声。

七之助さんの小春、ネット上の写真をみた時は、あのメイクに少々ビビりましたが
舞台で観ると本当に儚くて美しい。登場人物の誰よりも女らしい。
「儚い」ってすごい漢字ですよね。夢のような人ですもんね。
「阿弖流為」の鈴鹿のような、優しい優しい小春。守ってあげたい。
体の使い方、セリフ、すべて完璧です。


現代と江戸時代。同じ人が二役演じています。
ジロウと治兵衛。イサオと孫右衛門。アキとおさん。
妻子ある男ジロウと恋仲になってしまい、
その兄が別れてくれと訪ねてくるあたり「河庄」と同じですが、
携帯のボイスレコーダー機能に「縁切り」のメッセージを吹き込ませるなど
、こういったツールを活用して、現代を際立たせています。
わずかばかりの手切れ金で縁切りをしたことに自暴自棄となり、
街をさまよっているうちにたどり着いたのは、あるはずもない「蜆川」の橋の上。
「もう疲れた。いっそ死んでしまおうか」と思い詰めた時
橋の向こう側から傘をさした「小春」が現われます。
雨が降ってきたから傘をどうぞ、と差しだされても頑なに断るハル。
そこに近松門左衛門であり狂言回しでもあるじじいが現われ
2人、橋を渡って物語の世界に入って行きます。


セットが時代物に変わって、遊郭を象徴する赤い格子が降り
「河庄」の看板が灯るだけで、なんだか涙が溢れてきました。
店のおかみさん役で沢村國久さんが出ているのですが、
もう素晴らしい安定感というか安心感というか、
やっぱり歌舞伎でもこういうお役のできる人って本当に大切です。

ここからもまた、同じように「縁切り」のシーンが演じられるのですが
「縁切り」のセリフのところだけ、七之助さんははっきりと
歌舞伎調でセリフを言っていました。カッコイイ。
深津さんは基本的に、そのお芝居を観ている観客のようでもあり、
あくまでも現代人代表として「なんでそんなことするの!」といった疑問を投げかけたりしつつも、
彼らの気持ち、心遣い、考え方にふれ、自分の本当の心を取り戻し、
愛とはなにかを見つめ直していくのです。

小春と治兵衛は追い込まれ、曽根崎の森で心中をします。
「死にとうない!アンタと一緒に暮らしたかっただけ」
「怖い!」「痛い!」「はよう殺して!」
切りつけられ、のた打ち回り、苦しみもがいて死んで行く小春。
「ちかえもん」で見た人形浄瑠璃の心中場面を彷彿とさせます。
そして、この悲しい物語は延々と繰り返されているのでした。


第2幕は「時雨の炬燵」
小春に縁切りされ、怒り心頭の治兵衛が家に帰ってきます。
おさんは「もう悋気せんでもええのやな」と安心しつつも
自分が出した手紙「主人を死なせないでください」を受けて
小春が独りで死ぬであろうと気付きます。
なけなしのお金や着物も全部もたせて「これで小春さんを身請けして」と送り出します。
そこにハルが現われて
「どうしてあんなダメ男を助けるの?恋敵の小春にそこまでできるの?」
と問いかけます。

おさん役の伊藤歩さん、とても素敵でした。
現代でのジロウの妻アキとしては、ほとんど登場しないのですが、おさんのシーンはたっぷり。
「自分は旦那様がいないと何もできないから…。旦那様と決めた人には一生懸命仕えるだけ」
「つらいことだけども、こうやって私に話してくれることが嬉しい」
「小春さんは私の手紙に義理立てして縁切りしてくれた。命を捨てる覚悟の人を見捨てる道理はない」
「でも辛い。今夜旦那様は帰ってきてくれるだろうか」
もちろん夫婦なんてこんな綺麗ごとばかりではないし、かなり美談入っていますけど
だからこそ江戸時代の人も、せめてお芝居の世界では美しい夫婦愛を観たかったのかな。
現代よりは内助の功とか夫唱婦随の関係は大きかったと思いますが。
そんな健気な、でも強い妻おさんをみて、ハルは気付くのです。


彼が死ぬ前に相談してくれていたら…
いや私は「この借金どうするの?」とののしっていただけ
本当は私、主人を心から愛していたのに
近くにいても私はなにも見えていなかった


そのことに気付いたハルは、小春と治兵衛の心中を止めに駆け出します。


1つ残念だったのは、ジロウと治兵衛を演じた役者さん。
明らかに力不足だと思う。全然感情移入ができない。
七之助さんが大きいので、見た目釣り合いの取れる人としか見えなかった。
特にジロウの方は、単なる優柔不断な二股男だったし。
これは脚本の問題もあるのかなぁ。
近松もののあほぼんはどうしても「鴈治郎」さんで脳内変換されてしまうので
まぁそれも一方的な私の思いでもあるのですが。


女も30歳を越えれば色々あります。
愛だの恋だのいっても、しょせん人の心は変わってしまう。
男がずるいのか女がずるいのか。
とことん信じ切ることで救われるのか、バカをみるのか。
やりきれない思いと、なんとか救われたい思い。
そんな様々な女の思いが交錯するお芝居でした。
歌舞伎の「河庄」も観ましたが、それはよくある「縁切りもの」という感想で
この作品はそれよりずっとずっと心に刺さりました。
今も思い出すと涙がこぼれてきます。
幸せなひとときでした。



この先はネタバレなので、未見の方はスルーしてください。









最後、ハルは小春と治兵衛の心中を止めに駆けつけます。
ハルが自分を取り戻し、しっかりと前向きに生きていけることを見届けた小春は
「この先ずっと、遊女が死ぬようなことがありませんように」というセリフを繰り返し
傘を残して消えていきます。

そして傘をさして「蜆川」の橋に現れたのは、
ノーメーク、白シャツを着た男性姿の七之助さん!


「辛い思いをさせてごめんね。もうそばにいてあげられないけど
ずっと見守っているよ。愛している。」

ハルのご主人でした。

本水の雨が降る中、傘をさして立つ深津さんの美しいこと。晴れがましいこと。