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タイトルのないミステリー

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 父は若い頃、油売りをしていたという通説が後世に伝えられているがこれは間違っている。油売りをしていたのは父ではなく祖父の松浪庄五郎である。祖父は元々武士の家の出であった。

京都御所警備の武士の血筋で松波左近将監基宗(まつなみさこんしょうげんもとむね)というのが祖父の元々の名前。父はその庶子で明応3年(1494年)3月、山城国乙訓郡(やましろのくにおとくにぐん)で産まれ。幼名を峯丸と言った。

 祖父・基宗は12歳の時に出家して京都の日蓮宗の妙覚寺に入った。その時の名を法蓮坊という。祖父はなかなかにいい男だったそうだ。祖父は京都山崎の荏油(えごまあぶら)を一手に扱い金融業も兼ねていた奈良屋という商家に婿養子に入った。奈良屋は妙覚寺に出入りしていて、その折に僧侶であった祖父とよく話しをしていた。その時に祖父が寺の経営状態について的確な意見を言っているのを聞いて、この男には類稀(たぐいまれ)な商才があると舅殿は思った。祖父はそれも計算の上で奈良屋と話をしていたそうだが。祖父には元々いつかは国を治める国主になりたいという野望があった。その為に財がいる。そこで目を付けたのが奈良屋である。奈良屋には大層美しい一人娘がいて、その娘が寺にいた祖父に一目惚れをしていたというのだ。祖父は寺にいる時からその娘の熱い視線を感じていてその頃から奈良屋を足がかりにと、目論んでいたのかもしれない。父の顔からは私には想像が出来ぬが祖父はやはりそれなりにいい男だったということであろう。私が生まれた時にはもうこの世にいなかったから会った事はない。

 とにかく奈良屋にしてみれば商才があり娘が惚れた男、この男になら莫大な財産と荏油の販売権と娘を託してもいいとまで思って養子の話を持ち掛けたのだ。

だが祖父の父親はあまりいい顔はしなかった。いくら財があるとはいえ商家の婿にやるというのは納得いかないところもあった。ただこの頃の大商人や大百姓と言えば普通の武士などよりはるかに社会的にも権力があり、実質的には財力がある者の方が地位も上であった。

 そしてこの奈良屋は山崎八幡宮が特権として持っていた荏油の販売権を委託され、京都市中から近江、美濃路にかけての販売ルートを持っていた。【座】と呼ばれる商人の特権階級に属する豪商であったのだ。

 商人とはいえ、これほどの財を持つ家からの婿望みは天から降り注ぐ黄金にも等しい申し入れであった。ただ商人になってしまうと所領を持つ君主にはなれない、武士としての立身出世は望めなくなる。祖父の父は息子である祖父に選ばせることにした。もしかして心の底では祖父が武士の道を選ぶ事を願っていたのかもしれない。だがその意に反して祖父は二つ返事で頷いた。

「参りますとも。先方から頭を下げて婿と言って下さっている。しかも相手は天下の豪商、こんな良い口を断る手はないでしょう。それに娘子(むすめご)の顔もよく覚えている。あれは大層綺麗な女子(おなご)であった。嫁としても申し分ない」

と満足げに頷いた祖父に曾祖父は少し呆れ顔だったという話だ。自分の将来を目先の欲と女の色香に惑わされた男、見た目は知的に見えるし、寺での覚えも良かったから期待したが、この程度では武士としての将来もそれほど望めないだろう。それならば豪商の婿になった方が良いかも知れぬ、と曽祖父は思ったようだったと。

 

「そちがそう言うなら、わしにも異存はない、この話を受けるとしよう」

「はい。良しなに願います」

 

と、祖父は恭しく頭を下げた。

 

〈伍へ続く〉

※こちらのお話しは史実に沿ってはいますが、不明な部分、定かでないところは多分に作者の創作(フィクション)が含まれますので、ご留意の上ご拝読いただけますようお願いします。