もしもあの時…(5)〈最終回〉 | タイトルのないミステリー

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血相を変えて家にやってきた女を見て、涼香は夫に他にも女がいたのかと思った。瑠璃の事を夫の別の浮気相手が家に乗り込んで来たと思ったのか、顔を見るなり瑠璃を罵ったそうだ。

「あんた何しにここに来たの?お金でもたかりに来た?何、その汚らしい格好。言っておくけど啓介はあんたになんて渡さないわよ」

涼香は私に離婚の引導を渡そうと思って家に乗り込んできていたようだ。瑠璃は自分のみすぼらしい格好を私に罵られたと思って余計に腹が立ち、お互いに勘違いだったが、揉み合いになった。双方ともに興奮しているから自制が聞かない。瑠璃は家の中に押し込んで思わずキッチンにあった包丁を掴んだ。それを見た涼香はさすがに青くなって逃げた。2階に続く階段を上がったところで夫が奥の部屋から出てきた。夫は私と涼香が争っていると思い出てくるのをためらっていたのだが、そこにいたのは見知らぬ女。

「え?誰?」

と言った瞬間に涼香に突進していた瑠璃を涼香が交わし、その包丁が夫の腹に刺さった。夫はわけが分からない顔をして階段を転げ落ちるが、その時に涼香の腕を掴み、2人は一緒に落ちて行った。瑠璃の方も一瞬、何が起こったのか分からなかった。しばらくして階段の下で血まみれで倒れている男と歪(いびつ)に首が曲がった女を見て急に怖くなった。階段の下にいる男女はどう見ても死んでいるように見えた。人を殺してしまった、という事実に慄(おのの)いてその場から慌てて逃げた。ちょっと文句をつけに来ただけだったのに、まさかこんな事になるなんて。でもあの女、つまり私だと思っている涼香が悪いと思った。あの女が自分を侮辱したからだ、元はと言えばあの継母、が全ての元凶、その血を引いている私にも責任はある。そのせいで自分はこんな惨めな人生を送らなければいけなくなったのに、私だけ安穏とした生活を送っているのが悪い、という何ともわけ分からない供述を繰り返しているそうだ。混乱していて精神状態も普通じゃないから、これから精神鑑定も行われるとか警察の人が言っていた。

 まあ何はともあれ一件落着だ。結局私は離婚しないまま未亡人となった。夫に浮気され、変な勘違い女に夫を殺された。道連れになったのが夫の愛人だなんてスキャンダルな話だ。週刊誌にはエリート弁護士の成れの果てみたいな事を書かれて、私もしばらくは好奇の目で見られたが、その愛人が私の友人だったこともあり、友人と夫に裏切られた可哀想な妻だとか言って勝手に盛り上げられ同情された。

 正直に言えば世間が騒いでいるほど落ち込んではいない。結局、この結婚という選択も間違っていたのかと思ったが、考えてみればそうでもなかったかもしれないと思えるようになった。

 だって夫が死んだから夫の浮気に寄る離婚の心配もしなくて良くなった。これから涼香とどう対峙して良いのかと悩まなくても良い、こっちも死んだのだから。2人には悪いが何だかものすごくスッキリしている。おまけに殺人だから保険金が倍額保証だとかで1億払ってもらえる事になった。これってツイてる?なんて思う私は非人間だろうか。

夫が以前、家の前で絡まれていたのは涼香の男だったらしい。

 でもよくよく考えてみると、私が父を選んだ最初の選択は間違っていなかったという事なのではないか。母を選んでいたらどうなっていたか、きっと私もまた棄てられたに違いない。瑠璃は私だったかもしれない。

 そんな事を考えていたら、私の選択はもしかして全てが間違っていたとは思えないと少し気になって調べてみた。

 中学の時に陸上のエースでオリンピック候補になっていた結花ちゃんはハードな練習で靭帯損傷を繰り返し、選手生命を絶たれ特待生で入学していた高校を退学することになり、荒れた生活を送るようになって、悪い男に騙され今は悲惨な生活を送っているらしいと同級生が言っていた。

 大学の時の合コンで医学生を選んだ美香はその後、医師となった彼と結婚したが彼は医療過誤問題を起こしたのを隠蔽しようとして医師免許を剝奪された。損害賠償問題で莫大な借金を抱えて美香は、今は朝から晩までパートをして極貧生活を送っているそうだ。付き合いを辞めた法学部の学生は、司法試験には受からず、今はホストをして女性にたかって生きていると言う噂。

 就職の選択肢にあった外資系の商社は今、リベート問題でかなり叩かれている。大手広告代理店は依存していたアパレルメーカーとトラブルを起こし、広告の発注を打ち切られ、あっという間に潰れたという事だ。

 私は間違った選択をしてこなかった、これが結果だ。

 もしもあの時…違う道を選んでいたら今の私の人生はなかった。結局、何が正解だなんて分からないのだ。どこかで変わっていたかもしれない人生、それはきっと誰にでもどこでもあり得る小さな選択。

 もしもあの時、と後悔ばかりしていても仕方がない、と、そう思っていた。

夫が死んであの家も売却して、すでに身寄りのいなかった夫の財産の受取人は私だけ、保険金まで受け取って新しいマンションを買って優雅な生活、と思っていたところに招かれない不意の訪問客。

 モニターを覗くとそこにいるのは見慣れない派手な女性。

 

「莉奈~元気だった?あんたいいところに住んでいるのね~」

「誰?」

「いや~ね、お母さんよ。自分の親の顔くらい覚えていないの?」

「お母さん…?」

「そう!会いたかったわ~。聞いたわよ、瑠璃があんたの旦那を殺したんだって、なんか怖い子だと思っていたのよ」

安っぽい合成の毛皮のコートに、真赤な口紅。私が思っていた母のイメージとはまるで違う。

「でさー私お金に困ってんの、借金あってね。あんた、結構お金入ったんでしょ。ちょっと分けてよ。それに私、これからここであんたと一緒に暮らそうと思って」

「何言ってるの?」

「いいじゃない、親子なんだから!」

冗談じゃない、今さら一緒に暮らしたいなんて思うはずもないし、お金をあげるいわれはない。と言うか誰のせいであんな凄惨な事件が起きてしまったと思っているんだ。

「借金と言ってもほんの1000万ほどだから、今のあんたなら余裕で払えるでしょ。良かったわ~あんたみたいな娘がいて。それにさ、今回の事も元をただせば、全部私のお陰じゃない。私が瑠璃の父親と結婚したのが始まりなんだから、分け前もらう権利はあるよね」

と、母は1人でベラベラ話している。なんという自分勝手な言い分だ。一歩間違っていたら私が殺されていたかもしれないのに。

「お断りよ。あんたなんて母親だなんて今さら思うはずないでしょ。とっとと帰って!あんたに渡すお金なんて1円もないんだから!」

そう言って私はモニターを切った。そのあと、何度も何度もチャイムが鳴っていたが完全無視した。

 それっきり母が訪ねて来る事はなかった。今度こそ私は正しい選択をした。さすがにあの母に援助する理由など何ひとつない。

 と、思っていたのだが…それから数ヶ月たったある日の事。父と食事に行った帰り、マンションの前でタクシーを降りた時だった。ふっと、横を見ると、ボロボロの格好をしたみすぼらしいおばあさんみたいな女がそこに立っていた。

 

「誰…?」

「あんたのせいで…!」

 

女が私に向かってナイフを振り上げた。

 

「あんたがお金を出してくれなかったから、私はこんな目に…」

「お…お母さん…?!」

 

ナイフが私に向かって振り落とされる。嘘…だって私の選択は間違っていなかったはず…。

 

(1000万くらいならあったのに~!!)

 

と思うのと同時に私の意識はなくなった――。

 

 

                     終わり

 

※ 皆様、今回もご拝読ありがとうございました。

メリークリスマスですね、今年もあとわずかとなりました。

 

さて、来年より今までとちょっと違ったお話しになります。

昔からずっと書いてみたかった戦国時代の女性のお話しを書きます。

歴史的事実を踏まえながら創作も入れつつ、ちょっとコミカルにちょっとミステリアスに書ければと思っています。

長編になります、短編ずっと書いていたらやっぱり長編書きたくなってしまいました。

1回のお話しが少し今までより短くなるかと思いますが、せめて週1で更新できればと思っています。

また来年もよろしくお願いします。

 

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