私の行動を俯瞰して、見えてくる私の心の奥。
「自分の気持ちを相手に解って欲しいと強く願う想い」
「互いに違う解釈だから分離を生んでいたと、そう感じてた」
それが極端になり、その違いを相手に埋めようしていたのかもしれない。
最初から違う事を認めていなかった狭い空間の中の視野だった。
でもそれも学びだった。
多分、事の発端はレムリアとアトランティス時代の相手に感じていた想いかも。
女性性と男性性の違いによる「愛の捉え方の違い」。
それは戦前の日本と同じような事が起きていたのかもしれない。
レムリアを守る為に、男性がアトランティスへ向かった。
女性は「行かないで」と言いたかったが、言えない風潮があった。
もしくは言ったが、男性は「女性を守るために」出て行った。
最初から違っている愛の捉え方だけど、どちらも愛するものを守りたかった。
それは同じなのだ。
その続きをやる為に、今また同じ魂が生まれて来ている。
戦後を経験して古代の記憶を思い出し、繰り返しを経験しながらやり直す為に。
それがツインレイとかいう魂なのかもしれない。
私に起きている現実が、それを物語っていた。
相手から「違う」という言葉を繰り返し受けて、その度にがっかりしていた私はまさにそれだった。
違うことから離れられない、自分で創った囲いのサングラス。
その見方を外して、「違い」を受け入れる。
それを私はやりたくて、生まれなおしてきたと思う。
今度は調和を選ぶ為に。
互いに違う捉え方を受け入れて、相手を理解して、今度は自分の角度を変えて相手を見る。
きっとそれをやりたいのだろう。
そうやって愛を育てていきたいのだろう。
そんな気がした。
何度も転ぶ事を繰り返しながら、起き上がって丈夫な足を手に入れるのだろう。