続々 臓腑(はらわた)の流儀 龍の鱗 ③ | われは河の子

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 「い、一千万円⁉️」

 そう言うや、孝一郎は含んでいたジョニ赤を思いっきり吹き出して、激しく咽せ込んだ。

 

 その日の夜9時、クラブ「アンバサダー」のカウンターの端のいつもの指定席である。

 先ほどからミッキィからその日の不思議な話に耳を傾けていたところであった。

「で、ケースケは何と答えたんだ?」

「そりゃあもちろん断ったわよ。だって私たちの物じゃないんだし、あの運転手さんも明日取りに来ることは決まってんだから…」

 ミッキィは布巾で孝一郎が吹いたカウンターを拭きながら、身を乗り出すようにして、先ほどの話の先を続けた。


 「高倉さん、そりゃあ無理な話だ。

 だいたいさっきも言ったようにこれはウチの物ではない。行きがかり上預かっただけのことだし、明日にはさっきの運転手がトラックを直してこの岩を引き取りに来るはずだ。」

 「もっともなことでございます。しかしどのみち、その岩は何年も放置されていたのがようやく売り先が決まって運び出されたわけですよね?」

「まぁそうだな。」

「今の加賀谷社長のお話ですと、売主様は倒産した海峡館の元オーナーなのか、債権者なのかはわかりませんが、いずれにせよ、お金を出してそれを買ったわけですよね。決済されたのかどうかはわかりませんが。」

「それも理屈だ。」

「ということはですよ、やはり金の多寡によって話はどうにでもなると思うのですが…」

「どういうことかな?」

 圭介は脂ぎった笑みを浮かべた。美樹は夫はろくでもないことを考えているんじゃないかと不安になった。


 「先ほども申しました通り、私はあらゆる物を右から左へと流してそこから利を得るのがなりわいです。さらに加賀谷社長のお話では社長ご自身でも、海峡館を地上げなさろうとした経験もお有りになるとか。

 ということは、ほれ、そこは魚心あれば水心ありですよ。

 加賀谷社長の才覚なら、どのように話を持っていくこともできるのではないか?と愚考致しますが…。とはいえ、いきなり押しかけてこのような無体なお願いをするのも私も気が引けます。

 この後のことは社長と奥様に一任させていただきますので、何か話に進展がございましたら、私はあともう2日迫館に滞在いたしますので、ホテルの方にご連絡いただければと存じます。」

「宿泊先はどちらですかな?」

「ポートプラザホテルです。」

「ほう、ポートプラザね…わかりました。無理を承知で、先方に当たって見ましょう!」

「ほ、本当でございますか⁉︎ ありがとうございます。ありがとうございます。」

「いやいやあなた、まだ話は決まった訳でもないんだから…」

「もちろんでございます。さすが加賀谷社長ですよ。初対面ではございますが、只者では無い予感がしておりました。」

浮っついたお追唱をまくしたてられて、圭介の顔も高倉に劣らず紅潮して来た。

 「いやいや、私はただの田舎者の土建屋に過ぎません。しかし、困っている人を見ると放っては置けなくなるんだなぁ」

 圭介の丸い鼻はすでに宙を向いている。


 「それでは加賀谷社長、そして奥様、不躾は承知ですが、わずかばかりでも希望が持てましたので私はここで失礼いたします。

 お忙しい中、またおくつろぎのところとんでもないお願いを申し上げましたことをお詫びするとともに、私の話を聞いていただいたことに厚く御礼申し上げます。」

 高倉はそう言ってまた深々と頭を下げると、乗ってきたレンタカーのクラウンの方へと歩き出したかと思うと、やにわに振り返りってこう一言付け加えた。

「ああ、加賀谷社長、私の方ではもう500万円まで出すこともできますのでお含み置きください。」


 東京から来たブローカーは、呆気に取られる二人を残して去って行った。


 「ちょっとケースケ、アンタ何考えてんのよ⁉️

まさかあの人の話に乗るつもりじゃないんでしょうね?大体この小汚いヘンテコな庭石は私たちの物じゃないのよ!アンタがお金に目が眩むのは勝手だけど、危ないことには首を突っ込まないでちょうだいね!」

 圭介はそんな美樹を手で制して言った。

「うるさい、黙れ!口出しするな。真っ当な取り引きをしようというだけだ。」

「真っ当な取り引きって、人の物なのに…」

「じゃあ、それを俺の物にすればいいだけの話じゃないか⁉︎」

 圭介は含み笑いをしながら家の中に入って行った。美樹には嫌な予感しかしなかった。


 「と、いうわけなのよ孝ちゃん。ケースケったらどういうつもりなんでしょう?真っ当な取り引きなんて出来るのかしら?」

 「そりゃあ、北のトランプのことだ。何か考えているんだろうさ。まぁ予想はつくけどね。」

 孝一郎はそう言って、新しいグラスを一気に半分くらい飲み干した。

 「ただミッキィ、全く上手すぎる話でもあるわけだ。そこで昔馴染みの友達として一言…」

「よっ、それを待ってたの。さすが私の孝ちゃん!」

「いいかミッキィ耳を貸せ」

そうして孝一郎はミッキィの耳にスコッチウイスキーの香りの吐息をそっと吹きかけた。

「馬鹿ぁ‼︎」

「ケースケに任しておけばいい。けど、お前も必ずこれから起こることすべてに同席しろ。そしてアレを使うんだ。そして何か動きがあればいつでも電話してくれ。幸い明日から土日だ。俺の方も急ぎの仕事は入ってない。俺が考えている通りなら、ちょっと根廻ししておく必要もあるだろうからな。電話は直接ケースケからでもいいぞ。どうせ俺に話すことは奴も承知の上なんだろう?」

「もちろんよ。承知どころか、いつまでもアタシが不満たらしいことを言うもんだから、『そんなに心配なら孝一郎に相談してみろ』って言ったのはアイツの方なのよ。」

「ふふ、さすが転んでもただでは起きない野郎だな。」


 こうして水無月の短い夜は更けて行くのであった。