4階回復期・リハビリ病棟 | われは河の子

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 今回の入院は脊髄専門のS先生が受け持つ3階の2人部屋でした。今から5年前に半年間お世話になった4階の回復期・リハビリ病棟のナースステーションに行って挨拶したいなぁと思っていましたが、コロナ対策として患者の階を跨いでの移動は禁止されていますので、叶わぬ夢と思っていました。


 で、今回の装具製作担当で、そのままリハビリも引き受けてくれたPTのAさんに、先日私たちのオンライン片麻痺当事者会のチラシをお渡ししてPRしてくれるように強要(もとい)お願いしたのです。


 Aさんはリハビリスタッフにも声をかけておくけど、日常的に患者さんと接する4階にも告知してもらった方がいいじゃないですかね?などとも言ってくれました。


 そして昨日の「赤い彗星」の引き渡しとその後の歩行訓練は4階の廊下で行われました。(階を跨いでの移動禁止といってもスタッフ同行ではその限りでもありません。)

 義肢装具士さんはどうしてもリハビリ期の患者さんのために仕事をすることが多いので、そこに私が出向くという形にしました。


 すると昨日、「キャー❣️やっぱりみんつちさんじゃないの?こないだもそうだと思ったのよ⁉️」と言って美女看護師に抱きしめんばかりの歓待を受け、実際肩まで叩かれました。

 5年前に大変お世話になったA主任でした。

 実は先週、新装具の最終調整をするために4階に上がっていた時偶然私の姿を見て、その後サポートしていたAさんに「あの人前にここに入っていたみんつさんじゃないの?」と問い合わせたんだそうで、これぞチャンスと思ったAさんは、「月曜日の午後1時40分からここで引き渡しの予定ですよ」と告げてお膳立てをしていてくれたのです。偶然ではなく仕組まれた再会でした。


 そこでAさんが、「みんつちさんは今は片麻痺を負った人たちの交流会の活動をしているんですよ!だから4階でもバックアップしていただけたらと思いまして…」と、本来私がお願いしなければならない事を全部お話ししてくれました。

「やったー何それすごいじゃない❣️さすがはみんつちさんだわ‼️」と趣旨と意義については全面的にキラキラ輝く瞳で応援してくれる事を約束してくれました。Aさんもそうでしたが、医療現場の方たちは、患者さんのその後のことはほとんどわかっておらず、退院後の悩みのケアとか,何に悩んでいるのかも知る機会がないんだそうで、ここを出た患者である私が率先して(私は当事者会の発起人でも何でもありませんが)そういう活動をしていることをとても喜んでくれました。


 しかし、現場の役職者とはいえ彼女一存で決めることはできないので、やはり上の許可を取ってからということでしたがそれで十分です。


 それにしても5年も経つのに主任が私を覚えていてくれたことに驚きました。寡黙で静かで目立たない、おとなしい患者だったはずなのに。


 これが当時私が描いたA主任の似顔絵。手を繋いでいるのはセクハラオヤジだった患者のYさん。↑こんなことして遊んでいたから覚えられたのかな⁉️