スサノオと河童と瓜 その1 | われは河の子

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昨日の続きです。

 

桃太郎が生まれた桃の実は破邪の果実です。

黄泉の国から追ってきた鬼女を、この桃の実を投げつけたことで撃退した伊弉諾尊(いざなぎのみこと)は桃に感謝して

「葦原の中つ国(日本のこと)の現世に暮らすあらゆる人が、苦しい瀬に落ちて憂い悩むときに、私を助けたようにその人たちを助けなさい」と宣言します。

 

一方、瓜はというと、逆に異界とつながる物とみなされていました。

それはウリ科の植物の実が、往々にして中が空洞にになっているからで、密閉された中に空間があることの不思議が、昔の人にそう思わせたのでしょう。

これは竹についても同じことがいえます。

かぐや姫も密閉された竹の中に入っていました。

彼女はこの世の人ではないのですね。

 

古今著聞集にみえる、陰陽師の安倍晴明が、呪をかけられた瓜を絶ち割ってみると、中に小さな蛇が潜んでしたというエピソードも、瓜が異世界とつながっていることを物語ります。

 

さらに瓜は女性器の象徴でもあります、

これは半分に割った瓜の断面が女陰に似ているからだといわれています。

「破瓜」という言葉の意味を考えても頷けますね。

処女喪失です。

 

さて、

社伝において丹生都比売(にうつひめ)と同体とされている稚日女(わかひるめ)は天上の機織女でしたが、スサノオの狼藉に驚いて機の糸を通す棹で女陰を突いて死んでしまいます。

 

稚日女(わかひるめ)=瓜の姫の死に方が、女陰を突き刺して(壊して)の死であるのは暗示的です。

 

さらにいうと女陰は「ほと」と読まれますが、「ほと」とは火床とも書きます。製鉄鍛造の炉のことです。


水銀の山の女王である丹生都比売(にうつひめ)は、丹(に)を製錬して水銀を取り出すための炉を破壊された…と読み解くのは勘ぐりすぎでしょうか?

 

機織女(はたおりめ)と瓜の関係は、七夕伝説にもつながります。

地上に下りて男につかまりその妻となった天女は、伸びた瓜のつるをたどって天界に帰ってしまいます。

それを追ってやはり天に上った男は、瓜の実を割ってしまい、その実の中から溢れた水が天の河なったという伝承が中国にあります。

 

中国の七夕祭りである乞巧奠(きこうでん)は、女の子が針や裁縫などの技芸上達を願う祭りでもありますが、

半分に切った瓜やキュウリを神前に供えて、それに蜘蛛が糸を張れば願いが叶うとする習慣もあります。

 

なぜに蜘蛛?

 

半分に切った瓜は女陰(ほと)です。ほとはすなわち火床。

蜘蛛という字は「朱を知る虫」と書きます。朱とは辰砂といわれた水銀の鉱石、すなわち丹(に)にほかなりません。

朱を知る虫とは鉱山技術者の暗喩でしょう。

これは火床(溶鉱炉)に蜘蛛が糸を張る。すなわち巣をつくる。

鉱山(製鉱地)にその技を持つ人々が住み着くということでもあるわけで、

だからこそ技術はちゃんと上達するのです。

 

瓜には深い裏の意味がありそうです。

 



今回はスサノオにも河童にもたどり着けませんでした。

ご興味のある人はその2をお待ち下さい。




けど、興味のある人っていますかねぇ?