赤城山埋蔵金伝説 | われは河の子

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昨夜のテレビ『林修歴史ミステリー 徳川家260年最大の謎 3000億円埋蔵金大発掘最終決戦スペシャル』

なんともご大層な名前ですね。
今時徳川埋蔵金?って思って録画して今朝早くに見ましたが、
なんとあの『ギミア・ぶれいく』からの流れを引くTBSの番組でした。

さらに私は知らなかったのですが、昨年12月に同番組で一度発掘しており、その続きなんだそうです。

あの、といったのは、私も一度記事にしているからで、

バブル期盛りの1990年、TBSの人気情報番組であった『ギミア・ぶれいく』は、超能力者による宝探しを企画、そのメインターゲットを幕末に徳川家の軍資金360万両が眠るといわれる、群馬県の赤城山に絞り、親子3代に渡って掘り続けていた水野氏の協力を得て発掘にチャレンジしたのが始まりでした。

プロジェクトチームは、当時コピーライターとして様々な活躍を見せていた糸井重里を隊長とし、石坂浩二などがサポートしました。

ところが、発掘を続けるうちに次々と謎の人工の穴が発見され、
単なる超能力モノから、純粋な土木番組へと様相を変え、

1992年9月に『ギミア・ぶれいく』が終了したのちも単独番組として、最終的に7次にわたる発掘を行なったという経緯です。
もちろん、莫大な埋蔵金はおろか何ひとつ金目のものは発見されませんでしたが、
地上から数10メートルほどのところに、明らかに人の手によって掘られた形跡がある不思議な穴がいくつもいくつも発見される様は、バブルのロマンをかきたてるのには充分で、高視聴率を稼ぎ出しました。

なにを隠そう、
怪しいハナシ大好きの私は、この時の糸井重里とプロジェクトチームが書いた本を今でも持っております。

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というより、

小学生の頃に、父親が持っていた毎日新聞社の『雑学辞典』ですでに水野家の発掘事業を知っていた私は、

3代目当主の水野智之さんの書かれた
『実録埋蔵金35兆円の謎』も30年以上前に図書館で借りて読んでいました。
(この本はその後ほぼそのままの内容で『実録赤城山埋蔵金四百万両の謎』というタイトルになり再出版されています。)

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(写真はお借りしました)

さらには『成吉思汗の秘密』『邪馬台国の秘密』などの歴史推理小説を書いた高木彬光も1970年に徳川埋蔵金をテーマにした小説『黄金の鍵』を書いており、
これも相当昔に読んでいました。

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(写真はお借りしました)



この番組のヒットをうけて、他のテレビ局でも同工異曲の番組を連発。
もちろんTBSと同じ内容では勝ち目はハナからないので、比定地を日光東照宮にしたり、赤城山に近い他の土地にしたりと工夫をしています。
「かごめかごめ」が暗号のキーだったなんてね。
が、もちろんどこからも財宝は発見されていません。

そもそも、最初から発掘に携わっている水野家は、後に豪商となった初代水野智義が、元徳川幕府勘定吟味方だった養父 中島蔵人から遺言として聞かされた話がベースになっており、いくつかの書物と遺品もあるため、その後にこじつけられた他説より信憑性があるのは間違いありません。

昨夜の番組中で、ゲストの誰も知らないといっていた林鶴梁の名前なんか、当時の番組を興味深く見ていた人たちにはおなじみですよね。

また、埋蔵の発案者とされる元勘定奉行 小栗上野介の帰省ルートである(同時に埋蔵金搬入ルートと考えられる)
上州 倉賀野、安中、風戸峠、権田村などの地名も脳裏に刻まれており、
つい先日も、高崎の百貨店で仕事をしていた際に、あまりにこの辺の地名に詳しいために、
『みんつちさんってナニモノですか?』とデパートの職員に怪しまれました。


話は元に戻って、やはり昨夜の番組でも『最終決戦スペシャル』と銘打っておきながら、新たな横穴の発見で幕を閉じ、おそらく年末あたりの特番でまた取り上げるといういつものパターンなのでしょうね。

久々にあの壮大なテーマ曲を聴いてワクワクしましたが、よく考えたらともかく穴ばかり出過ぎです。

水野家の伝承によれば、埋蔵は慶応2年から3年にかけての1年足らずの期間に、数十人の武士団と百人以上の人足によって成されたということになっていますが、

TBSが前世紀から掘って発見した穴だけでも、相当な深さと長さ、そして複雑な仕掛けです。
「国家を再建する規模の財宝をそんなに簡単に見つかるところに隠すはずがない」
「複雑に構成された穴は全て発掘者を欺くブラフ(囮)である」という論調が、このシリーズを貫く説明ですが、

現在のユンボやポンプ、さらには金属探知機や地層探査機まで駆使してようやく掘った穴が、幕末の逼迫した時勢に短期間で極秘裏に掘って埋め戻されたと考えるのにはなかなか無理があります。

じゃあ、これらの続々と発見される穴はなんだったんでしょうか?

もちろん、明治19(1886)年から、百年以上に渡って続けられてきた水野家とそのチームが掘ったものなんでしょうね。

なにせ初代水野智義は、わずか20代で土地斡旋と両替商として巨万の富を成した富豪で、その発掘には1日300人もの人夫を動員し続けたといいます。

ギミアが放映されていた時代同様、明治初期もまさにバブル期で、穴さえ掘っていればなんぼでも金がもらえたわけですし、
少しでも関連がありそうな情報も水野が買ってくれるのですから、有象無象が集まって、その辺を掘りまくるのは当然です。
さらには水野家は3代に渡っての発掘ということになっていますが、実は2代の兄弟が別派を立てて掘っていたという骨肉の争いもあるのです。

真相も深い深い穴の中なんですね。

ともあれ、またこんな番組が脚光を浴びて来ているのは、経済が上向きになってきた証なんでしょうかね?
(私にはいっさいの恩恵はありませんけど)

糸井チームの時からずっと掘っている望月建設はさぞ儲かったんだろうなぁと僻むばかりです。


なんだかんだいいましたが、続編があったらまた見るでしょうけどね。


追記

さすがに今では土木番組だけでは保たないのか、林修さんのクイズ形式で、幕末の解説なんかもありました。
坂本龍馬暗殺なんかも取り上げられて、
霊山歴史館の木村武仁氏が解説をしておりました。
暗殺の黒幕は京都守護職松平容保なんて紹介されていましたが、
守護職の命令ならそれは政府(幕府)の公務でなので、黒幕とはいわないんじゃないですか?