すみません。私事で、しかも、長文です。


もし、宜しければ、お時間のある時に、どうぞ。



さてさて。

世の中は、あっという間に、GWだ。


新社会人の我が子も、帰省はしたが、家族3人で過ごせる日は、1日だけ、とのことだった。


いやいや。

正しくは、「1日だけ」ではなく、「1日も」だ。


若者は、忙しい。

我が子は、忙しいGWを、どうにかこうにか調整して、「待たせてしまった」私達のために、貴重な「1日」を割いてくれたのだ



私は、いつの間にか、忘れてしまっていた。

「待つ」ことよりも、「待たせてしまう」ことの方が、ツラい、ということを。



父と母を、私は、ずっと、待たせてしまった。

申し訳ないと思いながら。父と母が、私を待っていることを、分かっていながら。


記憶が定かではなくなってしまった、父と母からすれば、私を待つ時間は、例え、それが1日だとしても、どんなに長かったことだろう。



母は、亡くなる前に、一度だけ、いつもの母に戻ってくれた。


中学校の制服が届くと、急いで、私達は、母の施設へと向かった。


母の、孫への愛情は、本当に、素晴らしかった。

今でも、私が、母のことを話し始めると、我が子は、優しかった祖母を思い出しては、涙ぐむ。


どんなに、背が高くなっても。どんなに、世の中が分かるようになっても。

何年経っても、変わらないのだ。


祖母と孫とは、特別なのかもしれない。

私は、父に似てしまったから、少し、寂しくなる。

もっと、母みたいに、なりたかった。



母は、きちんとしていた。

何故、家柄の良い母が、農家の三男である父の元へと、嫁いだのか。

お見合いとしか、結局、私には、聞かされなかった。


ただ、叔母達は、1人は商家へ嫁いだし、もう1人は、何故か、東大卒という、どこでどう知り合ったのか分からない人と大恋愛をして、そのまま、東京へ嫁いだ。


ちなみに、私の父は、商家だろうと、東大卒だろうと、そして、母の弟で、跡取りの叔父だろうと、そういったことは、一切抜きにして、集まっては、義弟達と、飲み明かしていた。

楽しそうに。笑いながら。

そうして、最後はいつも、酔っ払った叔父さん達が、畳の上で、グデングデンになっていた。

誰よりも、お酒が強い父は、そんな叔父さん達を見ながら、とても嬉しそうに、笑っていた。



母は、孫の制服姿を見ても、頷くだけ、だった。

それでも、私達は、嬉しかった。

もう、中学生だ。我が子は、母の宝物だった。



先に、夫と我が子は駐車場へと戻り、私は、母と2人になった。


突然、母が、私に話し始めた。


「お前は、謙虚さが足りないよ」


倒れる前の母が、私に話しかけているようだった。

いつもの母だ。きちんとした、真面目な母がいた。


「えっ、私は、謙虚さが足りない?」


「そう。謙虚さが足りない。だから、これからは、謙虚でいなさい」


泣きたくなった。でも、泣いてはいけない、と、すぐに理解した。泣いてる時間など、ないのだ。


「分かったよ。分かったから。これからは、謙虚になるよ」


母は、頷く。それから、母は、こう言った。


「お父さんと兄ちゃんのこと、頼んだよ」


「うん。分かったよ。大丈夫だから。安心して。お父さんと兄ちゃんのことは、私が全部、面倒みるから」


私が言い終わると、母は、頷いて、そのまま、目を瞑った。


「お母さん、もう、眠る?疲れた?」

母は、目を瞑ったまま、頷くと、もう、すやすやと眠り始めた。



駐車場に戻って、夫と我が子に、母のことを話すと、夫は、「いや、〇〇は、十分、謙虚だよ」と言ってくれた。

我が子は、黙っていた。

何となく、孫には、祖母の気持ちが、分かっていたのだろう。



それから、しばらくして、母は亡くなった。



49日の法要で、明るく、元気に振る舞う私を見て、少し酔った叔父が、私に言った。


「お前は、いつも元気で、一体、誰に似たんだ。姉さんとは、全然似ていないな」


「だよね。お母さんに似れば、良かったのに」

「お母さんにも、言われたよ。謙虚でいなさいって。実はね……」


叔父も、2人の叔母も、「姉さんらしいね」と、泣いてくれた。


その頃には、父は、もう、お酒が飲めなくなっていた。



ちゃんと、分かっていた。

母は、道化になりたがる私を、止めたかったのだ。


でも、幼かった私は。

長兄を突然失い、傷ついた父と母と次兄に、笑って欲しくて、道化になった。

強欲だとしても。

もう、誰かが、悲しむことに、耐えられなかったのだ。



だから、「お前は、謙虚さが足りない」という母の言葉は、正しい。その通りだ。間違いない。


それでも。

私は、末っ子だから、母に怒られない、ギリギリのラインを狙うのだ。

これ位ならば。母は、許してくれるはずと、信じて。


道化になりながら、父も見送った。

これから、次兄と共に、実家じまいや墓じまいをして、全て、きちんと、最後まで。

大丈夫。母が、望んだように。


まあ、末っ子とは、そういうものだ。



父と母のことを思い出しながら、私は、少し、真面目に考えた。


家族解散ではないけれど。


お互いのために。我が子に、無理をさせないように。負担にならないように。


なるべく、我が子を待たない。そのように、これからは、努めよう。



そうは言っても、一から十まで、事細かく、私の気持ちを話すことも面倒で、結局、私は、色々な言葉を端折って、夫と我が子に伝えた。


「〇〇、時間を作ってくれて、ありがとう。でもさ、母は、〇〇の邪魔になりたくないんだよ。だから、無理しないでいいんだよ」


我が子は、少し、悲しい顔をした。


それでも。

これでいいのだ。そう、思ったのに。


夫が、笑いながら、言った。


「あのさ、邪魔になりたくないとかじゃなくて、素直に、寂しいって言えばいいんだよ」


「じゃあ、〇日は、日帰りでドライブだな」


それから、2人は、どこへ行くか、楽しそうに、相談し始めた。



やはり、母は、正しかった。

私には、どうやら、謙虚さ、というものが、本当に足りないようだ。



「ありがとうございました」というタイトルを見た瞬間に、あー、やはり、と思いました。


優しくて、温かくて、包み込まれるような、とても、素敵なブログでした。


「皆さんと一緒に、〇〇さんのお帰りを、ゆっくり、のんびり、待とうと思います」


すみません。〇〇さん。

私のメッセージには、謙虚さが足りませんでした。


「今思えば、もっと甘えれば良かった」とも書きましたが、強欲な私は、このまま、〇〇さんに甘えて、〇〇さんのお帰りを、待とうと思います。



ユンギさんは、ずっと、ギターを弾いている。

カッコいい、ヒョン。

やはり、シュチムは、最高です。


また、いつか。どうぞ、お元気で。



ご覧いただき、ありがとうございました。


以上です。