前回の記事で少し触れたのですが、フリント・レベレットとヒラリー・マン・レベレット夫妻が書いたGoing to Tehran という本を読んだので感想を書いてみたいと思います。

両者とも以前はアメリカの国務省や安全保障会議に勤務したこともあるイランの専門家で、どうも現在のアメリカの対イラン政策に不満があって役人を辞めてしまったみたいなのです。

この本で印象的だったのは、さすがにイランの専門家だけあってペルシャ語からの引用が豊富に挿入されていてイラン当局がどのようなことを考えているかをある程度把握できることでした。

逆にイランを爆撃せよと叫んでいるアメリカ人がほとんどペルシャ語ができないという異常性も感じることができます。

この本の内容を紹介する前に、著者がどのような国際関係の思想を持っているかを解説しておきます。

ハーバード大学のスティーブン・ワルト教授のブログを読んでいると教授は大体現在のアメリカの外交思想をネオコン、リベラル介入主義、孤立主義、リアリズムの4つに分類されていますが、レベレット夫妻はリアリズムの立場に立っていると私には感じられました。

またウォルター・ラッセル・ミードというアメリカの保守系評論家はSpecial Providenceという本の中でアメリカの外交思想を4人の有力な指導者の考え方の違いから分類しています。

それはハミルトン主義、ウィルソン主義、ジェファソン主義、ジャクソン主義の4つから成っているのですが、レベレット夫妻はジェファソン主義に立っていると思われます。

ちなみにジェファソン主義とは「個人の自由」を大切にする立場で、大きな政府の権力は抑制しなければならないとの考えを持っています。ミードの本の中ではこの考え方の代表としてジョージ・ケナンを挙げていますが、レベレット夫妻の本の中でも数回ケナンの文章を引用していました。

アメリカの外交思想では、リアリズムに属する著者が現在のイランに対してどのような考え方をしているかを次の回で書いてみたいと思います。


今回はブッシュ大統領(息子)が引き起こしたイラク戦争について考えてみたいと思います。

冷泉彰彦さんの『「反米」日本の正体』には次のように書かれています。

「例えばアフガン戦争やイラク戦争における、自衛隊の支援活動が好例だろう。この2つの戦争は、アメリカにとっては『9・11のテロに対する報復戦争』という意味合いがあり、そのために日本国内の世論の過半数は支持していなかった。」

アフガン戦争とイラク戦争を9・11に対する報復戦争と書くのはあまりにも乱暴です。アフガン戦争はある意味で自衛的な戦争ですが、イラク戦争は決してそのような範疇に当てはまるものではありませんでした。

フリント・レベレットとヒラリー・マン・レベレット夫妻が書いたGoing to Tehranという本の中で、イラク戦争から10年間が経過した時にニューヨーク・タイムズのコラムニスト、デーヴィッド・ブルックスがテレビ番組で「イラクには核兵器も無かったし、ビンラディンとも全く関係が無かったのではないか」と尋ねられたエピソードが書かれています。

その問いに対してブルックスは、「そんなことは当時から知ってたよ。現状の中東を破壊するためにもあの戦争が必要な理由の一つだったのさ」と答えたというのです。

レベレット夫妻は2003年のイラク戦争について、「露骨に中東の覇権を固めようとするアメリカの野望」と記しています。

私がこの部分を読みながら感じたのは、アメリカのイラク戦争は日本の軍部が引き起こした満州事変や戦後に英、仏、イスラエルが起こしたスエズ危機との類似性です。

日本が満州事変を起こした時のアメリカの政権は共和党のフーバー大統領で国務長官はスティムソンでした。彼が満州事変に対して「不承認政策」で答えたのは有名です。

英仏がスエズ危機を起こした時も大統領は共和党のアイゼンハワー政権でした。彼もイギリス、フランス、イスラエルの出兵に対して怒りまくり、イギリス・ポンドが投げ売りされるのを放置したのでした。

あれだけ帝国主義的なものに嫌悪感を示していたアメリカの共和党政権が同じことをするようになるとは、スティムソンやアイゼンハワーも全く考えていなかったでしょう。

先日、我が安部総理がアメリカ議会で演説をしましたが、その中でアジアの海についての3原則を語りました。

第1に、国家が何か主張をするときは、国際法にもとづいてなすこと。

第2に、武力や威嚇は、自己の主張のため用いないこと。

第3に、紛争の解決は、あくまで平和的手段によること。

この主張は正しいものと思われますが、よく考えてみたらどれもイラク戦争には当てはまりません。

やはりイラク戦争は満州事変やスエズ危機のように帝国主義的な戦争としか表現できないものだったのです。

ただ違いといえば、日本の軍部が満州国のトップに清朝の末裔である宣統帝溥儀を据えてうまく危機を乗り越えたのに対して、ネオコンが持ってきたアハメド・チャラビは何の役にもたたなかったことでしょうか。

『朝まで生テレビ』を見ました。テーマは集団的自衛権の問題だったのですが、不満だけが残りました。本当にわかりずらかったです。

国会やテレビなどでこの問題を取り上げると必ず抽象論が先走り、論点がぼやける背景には1950年から始まった朝鮮戦争に日本が参加しているのに、それをなかったことにしている欺瞞があると私には思われます。

今回の『朝まで生テレビ』でも誰も朝鮮戦争時の掃海の事例は取り上げていませんでした。

Wikipedia には次のように書かれています。

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朝鮮戦争当時、日本からは、日本を占領下においていた連合国軍の要請(事実上の命令)を受けて、海上保安官や民間船員など8000名以上を国連軍の作戦に参加させ、開戦からの半年に限っても56名が命を落とした[1]。また、アメリカ軍によって集められた日本人港湾労働者数千人が韓国の港で荷役作業を行った[1]。

朝鮮戦争には、第二次世界大戦の終戦以降日本を占領下に置いていた連合国軍、特に国連軍として朝鮮戦争に参戦していたアメリカ軍やイギリス軍の指示により、日本の海上保安庁の掃海部隊からなる「特別掃海隊」も派遣され、死傷者を出しながら国連軍の作戦遂行に貢献した。

http://ja.m.wikipedia.org/wiki/日本特別掃海隊
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機雷を掃海することはれっきとした軍事行動です。つまり日本は朝鮮戦争に参戦して半年に限っても56人の戦死者を出したことになります。

しかし戦後政治の世界ではこのことはなかったことになっているのです。

もしこのことを認めてしまえば、リベラル派が主張する「戦後の日本は戦死者を一人も出していない」という話は全くの嘘になってしまいます。

リベラル派はこの嘘を背景に、いくらでも国民の「恐怖心」を煽る議論が可能です。

保守派の方も朝鮮戦争の掃海に参加したことを無視することで多大な損害を被っているように思えてなりません。

実は日本が朝鮮戦争の掃海に参加したのは、それが個別的自衛権の発動か、または集団的自衛権の発動か、それとも国連による集団安全保障かが全く明らかになっていないのです。

この議論をしっかりしなかったことで不都合な問題が生じてきています。

それがホルムズ海峡の問題です。

このブログでもアメリカとイランが戦争をする可能性について何回も書いていますが、日本の上層部でもそうなると考えている人がいるのでしょう。

イランがホルムズ海峡を封鎖したらどうなるのでしょうか。

現在日本は天然ガスをカタールから一年に1617万トン購入しています。これはオーストラリアから購入する1838万トンに次ぐ量です。

そしてこのカタールはホルムズ海峡を通過しなくては到達できないのです。

原発を止めている日本にとってカタールからの天然ガスが止まれば、日本の電力はどうなるのでしょうか。

おそらくはホルムズ海峡の掃海に協力しなくてはならないでしょう。

ところが朝鮮戦争の掃海にどのような理由で派遣したかが全くわからないので、ホルムズ海峡にもどうやって派遣すれば良いのかがわからないのです。

今、集団的自衛権の問題で一番大事な問題は正直に朝鮮戦争の掃海をきっちりと認めることなのです。