今回はブッシュ大統領(息子)が引き起こしたイラク戦争について考えてみたいと思います。

冷泉彰彦さんの『「反米」日本の正体』には次のように書かれています。

「例えばアフガン戦争やイラク戦争における、自衛隊の支援活動が好例だろう。この2つの戦争は、アメリカにとっては『9・11のテロに対する報復戦争』という意味合いがあり、そのために日本国内の世論の過半数は支持していなかった。」

アフガン戦争とイラク戦争を9・11に対する報復戦争と書くのはあまりにも乱暴です。アフガン戦争はある意味で自衛的な戦争ですが、イラク戦争は決してそのような範疇に当てはまるものではありませんでした。

フリント・レベレットとヒラリー・マン・レベレット夫妻が書いたGoing to Tehranという本の中で、イラク戦争から10年間が経過した時にニューヨーク・タイムズのコラムニスト、デーヴィッド・ブルックスがテレビ番組で「イラクには核兵器も無かったし、ビンラディンとも全く関係が無かったのではないか」と尋ねられたエピソードが書かれています。

その問いに対してブルックスは、「そんなことは当時から知ってたよ。現状の中東を破壊するためにもあの戦争が必要な理由の一つだったのさ」と答えたというのです。

レベレット夫妻は2003年のイラク戦争について、「露骨に中東の覇権を固めようとするアメリカの野望」と記しています。

私がこの部分を読みながら感じたのは、アメリカのイラク戦争は日本の軍部が引き起こした満州事変や戦後に英、仏、イスラエルが起こしたスエズ危機との類似性です。

日本が満州事変を起こした時のアメリカの政権は共和党のフーバー大統領で国務長官はスティムソンでした。彼が満州事変に対して「不承認政策」で答えたのは有名です。

英仏がスエズ危機を起こした時も大統領は共和党のアイゼンハワー政権でした。彼もイギリス、フランス、イスラエルの出兵に対して怒りまくり、イギリス・ポンドが投げ売りされるのを放置したのでした。

あれだけ帝国主義的なものに嫌悪感を示していたアメリカの共和党政権が同じことをするようになるとは、スティムソンやアイゼンハワーも全く考えていなかったでしょう。

先日、我が安部総理がアメリカ議会で演説をしましたが、その中でアジアの海についての3原則を語りました。

第1に、国家が何か主張をするときは、国際法にもとづいてなすこと。

第2に、武力や威嚇は、自己の主張のため用いないこと。

第3に、紛争の解決は、あくまで平和的手段によること。

この主張は正しいものと思われますが、よく考えてみたらどれもイラク戦争には当てはまりません。

やはりイラク戦争は満州事変やスエズ危機のように帝国主義的な戦争としか表現できないものだったのです。

ただ違いといえば、日本の軍部が満州国のトップに清朝の末裔である宣統帝溥儀を据えてうまく危機を乗り越えたのに対して、ネオコンが持ってきたアハメド・チャラビは何の役にもたたなかったことでしょうか。