イランの大統領選挙で穏健派のペゼシュキアン氏が当選したことについて慶應大学の田中教授は選挙が操作されていたのではないかと疑っています。

 

「率直に申し上げますと、私は今回、イランの指導層が『改革派に勝たせてもいいか』と半ば諦めの境地にあったのではないかと見ています。これは大統領選挙の候補者が、誰ひとりとして最高指導者の後継候補とはなり得ない人物であることから、選挙結果にあまり神経質になっていなかったこととも関連しています。」

 

田中教授は今回の選挙結果が高齢のハネメイ氏の後継者問題に関わりがないので穏健派を大統領にしたのではないかと推察しています。

 

私もそのことについて否定はしませんが、そのことよりもハネメイ氏が気にしていることはガザで起きているイスラエルの戦争がレバノンなどに拡大して、それにイランが巻き込まれることではないのかと考えています。

 

国家元首であり宗教の最高指導者であるハネメイ氏の最大の目標はイランにおけるイスラム体制の維持であり、その目標を完全に破綻させる可能性があるのはイランがイスラエル及びアメリカと戦争にいたってしまうことだからです。

 

田中教授もイランの国家体制が特殊なものであることは認識されているようです。

 

「もっとも、イランの最高指導者はハメネイ師で、大統領はあくまで行政の長であり軍の統帥権はありません。外交政策も、ハメネイ師が拒否権を持っています。国内の経済問題が外交問題と強い連関がある以上、大統領にできることは限られてきます。」

 

ここに書いてあることは全て正しいのですが、私が一番心配なのは最高指導者のハネメイ氏がしっかりと革命防衛隊を統制できているのかです。それができていればイスラム体制を守りたいハネメイ氏が冒険主義的なことをするのは考えられないのだが、それがわからないから不安になるのです。

 

最近イランで長く生活されている若宮総さんの『イランの地下世界』という本を読んだのですが、その本に興味深いことが書かれていました。

 

アメリカのトランプ氏が大統領の時にイランの革命防衛隊のコッズ部隊の長であるスレイマニ司令官を爆殺しました。このことについてイランではハネメイ氏がアメリカに頼んでやらせたのだろうといううわさが広がっているそうです。

 

生前のソレイマニは国外の軍事作戦や国内の反体制の弾圧などに手腕を発揮して将来のイスラム体制を守る有望株と思われていることにハネメイ氏が嫉妬してトランプに頼んで爆殺させたのではないかと若宮さんは書かれています。

 

典型的な陰謀論なわけですが、一部真実が含まれていると思われるのはハネメイ氏がしっかりと革命防衛隊を統率できていたらこんな噂は流れていなかったに違いないのです。

 

いずれにせよハネメイ氏はこれから穏健派の大統領と強硬派の革命防衛隊を天秤にかけて厳しい国内、国際政局を乗り越えなくてはならないのですが、それが成功することを日本人の一人として心から願っています。

 

なぜなら次の田中教授の指摘するようなことになって欲しくないからです。

 

 「日本が輸入している原油の95%超は、今でもペルシャ湾内で生産され、そのほとんどがホルムズ海峡を経由しています。ペルシャ湾に一番長く面していて、ホルムズ海峡に睨みをきかしているのがイランです。仮に、アメリカのネオコンが安直な戦後計画を以てイラクに対して画策したのと同じように、イランに対して政権転覆を企てれば、この沿岸地帯で何が起こるのか、誰も保証できなくなります。」

 

https://news.yahoo.co.jp/articles/98f00b9386c28fcdfb130c6f00875da7754864c0?page=1

 

 

 

 

 

先日イランで前大統領のライシ氏がヘリコプターの墜落事故で亡くなったために急遽大統領選挙が行われ、決選投票の結果穏健派の元保健省であり元心臓外科医のペゼシュキアン氏が選ばれました。

 

大統領選挙での決選投票はそれまでの選挙と比べて投票率が10%も伸び、そのことがペゼシュキアン氏の当選に結びついたようです。

 

この選挙の結果でイラン国民が戦争では無く、国際協調の意向を持っていることが確認できたわけですが、果たしてその希望は叶うのでしょうか。

 

以前から述べているように現在のイランの国家体制は明治憲法や明治憲法が手本にしたドイツのビスマルク憲法に酷似しており、選挙で選ばれた大統領に軍隊(革命防衛隊)の指揮権が存在しないのです。

 

つまり新たに選挙で選ばれたペゼシュキアン大統領においては、大統領に就任してからも冒険主義的な革命防衛隊がシリアやイラク、レバノンにおいて何をやっているかはさっぱりわからないという危険な事実は変わらないのです。

 

革命防衛隊を指揮することができるのは国家元首であるハネメイ氏だけなのですが、どうも今回のイランの大統領選挙においてはハネメイ氏も革命防衛隊について不信を持っているのではないかと私は想像しています。

 

イランの大統領は選挙で選ばれますが、誰でも自由に立候補できるわけではなく、ガーディアン・カウンシルという機関で大統領候補は選別されます。

 

このガーディアン・カウンシルは宗教指導者であるハネメイ氏が選ぶ6人の宗教家と最高裁判所長官が選ぶ6人の法律家(最高裁判所長官はハネメイ氏が任命するものの選挙で選ばれる議員からなる国会での承認が必要)から構成されるものでハネメイ氏の完全な独裁とは言えないが、彼の意向が十分に反映される仕組みになっています。

 

ではなぜハネメイ氏は穏健派のペゼシュキアン氏の立候補を容認したのでしょうか。

 

前回の大統領選挙はアメリカのトランプ大統領が一方的にイランとの核合意を破棄して再び厳しい経済制裁をかけた後で行われた大統領選挙でした。

 

当然イラン国内において国際協調派は大打撃を受けて、ガーディアン・カウンシルでは国際協調派は事前審査でことごとくはねられて、前大統領のロウハニ氏さえも議員になる資格を失ったのでした。慶應大学の田中教授もイランでは国際協調派が全滅したとテレビで嘆いておられました。そこで当選したのが事故で亡くなった強硬派のライシ氏だったのです。

 

国家元首のハネメイ氏が強硬路線でいくなら大統領候補に穏健派を加える必要は無いのですが、今回の選挙で穏健派の候補者を認めたのは、おそらくは強行路線一本やりで行けばイスラエルやアメリカと戦争になることを危惧したからに違いありません。

 

ライシ氏が選ばれた前回の大統領選挙と今回の大統領選挙の大きな違いは、現在においてイスラエルがガザで戦争を拡大させ、それがレバノンに移っていく可能性が大きくなっており、いつイランが巻き込まれてもおかしくない状況になっているのです。

 

その危険性を重要視していたハネメイ氏は穏健派をそっと大統領候補に容認してみたら、それにうまくイラン国民が応えて見事に大統領に当選させたのですが、果たして本当にそれがうまくいくのかは全くわかりません。

久々の更新です。

 

先日ロシアのプーチン大統領が北朝鮮を訪問して相互援助条約のようなものを締結したので、その意味するところを書いてみたい。

 

この条約のことを報道で知って私が思い出したのは、ジョン・オーバードーファーが書いた『二つのコリア』の中で書かれていたことだった。

 

この本は現在私の手元にないので記憶を頼りに書いてみると、米ソ冷戦中に金日成はソビエトと相互援助条約を結んだその足で中国とも似たような条約を結ぶことに成功した。(これは順番が逆だったかもしれない。)

 

北朝鮮が共産中国とソ連両方と条約を結んだときはちょうど中国とソ連の対立、いわゆる「中ソ対立」が激しくなってきたところで北朝鮮は両者から求愛される立場に偶然置かれることになった。

 

そこで金日成はソ連と中国を天秤にかける外交を成功させ、ほとんどコストをかけることなく多額の援助を中国とソ連から引き出させることにまんまと成功したのだった。

 

中ソ対立を最初にうまく利用したのはニクソン、キッシンジャーの対中秘密外交でははなくて金日成だったのだ。

 

この金日成が作った「ただ飯システム」はソ連邦の崩壊によって終焉を迎えることになった。ソ連の後継国家であるロシアは北朝鮮に対して石油などを外貨でしか売らなくなってしまったからだった。

 

もちろん北朝鮮の崩壊を望んでいない中国は北朝鮮の生存に最低限必要な燃料や食料は援助していたが、それ以上のものに対しては鉱山の利権や港湾の使用権などの対価を北朝鮮が支払うことを求めたのだった。このままでは北朝鮮は中国の属国におちぶれる可能性が高かった。

 

ちょうどこの時1990年代の初頭ぐらいに北朝鮮が秘密裏に核兵器を開発していたことが発覚しアメリカと戦争一歩手前までいったのだが、カーター元大統領と金日成が合意して1994年の米朝核合意が結ばれた。

 

このまま金日成が生きていたら金日成は核兵器を取引材料に使いアメリカと国交を回復して、中国とソ連を天秤にかけて成功した外交を中国とアメリカの間で同じように行い、それを成功させたかもしれない。そうなれば東北アジアももっと穏やかになっていた可能性もある。

 

ところが当時核兵器の開発を指揮していたのは金日成の息子の金正日で一部では核兵器をめぐって金日成と対立して父親を謀殺したのではないかと噂されている。

 

金日成が死去してからは北朝鮮が核兵器を放棄する可能性はほとんどなくなり、北朝鮮は核開発に邁進することで国家の独立を守ろうとしたのだが、金正日政権下では餓死者が大量に出現し国民には悲惨な政治がつづいていた。

 

3代目の金正恩は父親の核兵器路線を継承しながらもアメリカとの外交を捨てたわけでは無かった。最大の転機がアメリカのトランプ大統領との一連の首脳会談だった。

 

結局はこの外交も金正恩が核兵器を放棄することができなかったためにアメリカと手打ちすることができなかったが、ここでもし北が核兵器を放棄するという決断をしてアメリカと合意ができたと仮定してみよう。

 

そうなると一番焦ることになったのは中国であろう。なぜならトランプ政権は中国の製品に高い関税をかけたりして米中冷戦の一歩を踏み出していたから、中国の衛星国である北朝鮮を中国から引き剥がすのではないかと懸念して北朝鮮を中国に引き戻すために巨額の援助も厭わなかったであろう。

 

トランプ政権も北が核兵器を放棄したら色々な開発のプロジェクトを用意していたから、それを実行していたであろう。

 

すなわち金正恩の北朝鮮は米中対立の下で経済規模で世界第一位のアメリカと第二位の中国を競争させて利益を得るという金日成が中ソ対立で成し遂げた何十倍、何百倍もの援助を得られたはずである。そうすれば金正恩は自身が尊敬する祖父を超える名声を獲得したかもしれない。

 

さらに核兵器を放棄してアメリカと合意すれば、日本との交渉のハードルも下がり、拉致問題で何らかの合意をすれば植民地に対する数兆円の補償も入ってきたはずであるから、北朝鮮の国民は当分何もしなくても生活できたのかもしれない。

 

ところが金正恩は父親が始めた核兵器路線を継承したがために、上記したような利益を得ることはできずに相変わらず最後は中国に依存する国に戻っていったのである。

 

そんな時に起こったのがロシアが始めたウクライナ戦争だった。

 

この戦争によってロシアはアメリカを筆頭とする西側から孤立し、同じく以前から孤立していた北朝鮮と利害が一致したようだ。特に戦争が長引いたために弾薬不足に陥ったロシアと石油などの燃料の確保にいつも苦労している北朝鮮との取引は両者にとって有意義だったようだ。

 

そして北朝鮮の金正恩は今回の会談でロシアと相互援助条約を結び、以前から存在する中国との条約で祖父である金日成が過去に達成したものを回復したことで彼はとても喜んでいた。

 

ところが現在の国際情勢は金日成の時代とは全く違っていた。現在においては北朝鮮が二股をかけれたような戦争一歩前まで行っていた中ソ対立は存在せず、現在のロシアはウクライナ戦争の過程で中国に激しく依存しておりロシアが北朝鮮と組んで中国の利害を犯すような事態は全く考えられない。

 

このことは今度の会談の成果を北朝鮮は派手に報道しているが、不思議とロシアは宣伝していない大きな理由だろう。

 

それゆえ現在の中国が北がいくらロシアと仲が良いからといって援助を増やして気を引こうなどとは全く考えていないはずである。逆に中国の習近平が金正恩に対しての不信を拡大させた可能性もある。

 

だからもう少し時間が経過して落ち着いてくればロシアとの外交がそんなに有効でなかったことに金正恩も気づくことになるだろう。

 

いずれにせよ現在の彼ははしゃぎすぎだと私は思う。