久々の更新です。

 

先日ロシアのプーチン大統領が北朝鮮を訪問して相互援助条約のようなものを締結したので、その意味するところを書いてみたい。

 

この条約のことを報道で知って私が思い出したのは、ジョン・オーバードーファーが書いた『二つのコリア』の中で書かれていたことだった。

 

この本は現在私の手元にないので記憶を頼りに書いてみると、米ソ冷戦中に金日成はソビエトと相互援助条約を結んだその足で中国とも似たような条約を結ぶことに成功した。(これは順番が逆だったかもしれない。)

 

北朝鮮が共産中国とソ連両方と条約を結んだときはちょうど中国とソ連の対立、いわゆる「中ソ対立」が激しくなってきたところで北朝鮮は両者から求愛される立場に偶然置かれることになった。

 

そこで金日成はソ連と中国を天秤にかける外交を成功させ、ほとんどコストをかけることなく多額の援助を中国とソ連から引き出させることにまんまと成功したのだった。

 

中ソ対立を最初にうまく利用したのはニクソン、キッシンジャーの対中秘密外交でははなくて金日成だったのだ。

 

この金日成が作った「ただ飯システム」はソ連邦の崩壊によって終焉を迎えることになった。ソ連の後継国家であるロシアは北朝鮮に対して石油などを外貨でしか売らなくなってしまったからだった。

 

もちろん北朝鮮の崩壊を望んでいない中国は北朝鮮の生存に最低限必要な燃料や食料は援助していたが、それ以上のものに対しては鉱山の利権や港湾の使用権などの対価を北朝鮮が支払うことを求めたのだった。このままでは北朝鮮は中国の属国におちぶれる可能性が高かった。

 

ちょうどこの時1990年代の初頭ぐらいに北朝鮮が秘密裏に核兵器を開発していたことが発覚しアメリカと戦争一歩手前までいったのだが、カーター元大統領と金日成が合意して1994年の米朝核合意が結ばれた。

 

このまま金日成が生きていたら金日成は核兵器を取引材料に使いアメリカと国交を回復して、中国とソ連を天秤にかけて成功した外交を中国とアメリカの間で同じように行い、それを成功させたかもしれない。そうなれば東北アジアももっと穏やかになっていた可能性もある。

 

ところが当時核兵器の開発を指揮していたのは金日成の息子の金正日で一部では核兵器をめぐって金日成と対立して父親を謀殺したのではないかと噂されている。

 

金日成が死去してからは北朝鮮が核兵器を放棄する可能性はほとんどなくなり、北朝鮮は核開発に邁進することで国家の独立を守ろうとしたのだが、金正日政権下では餓死者が大量に出現し国民には悲惨な政治がつづいていた。

 

3代目の金正恩は父親の核兵器路線を継承しながらもアメリカとの外交を捨てたわけでは無かった。最大の転機がアメリカのトランプ大統領との一連の首脳会談だった。

 

結局はこの外交も金正恩が核兵器を放棄することができなかったためにアメリカと手打ちすることができなかったが、ここでもし北が核兵器を放棄するという決断をしてアメリカと合意ができたと仮定してみよう。

 

そうなると一番焦ることになったのは中国であろう。なぜならトランプ政権は中国の製品に高い関税をかけたりして米中冷戦の一歩を踏み出していたから、中国の衛星国である北朝鮮を中国から引き剥がすのではないかと懸念して北朝鮮を中国に引き戻すために巨額の援助も厭わなかったであろう。

 

トランプ政権も北が核兵器を放棄したら色々な開発のプロジェクトを用意していたから、それを実行していたであろう。

 

すなわち金正恩の北朝鮮は米中対立の下で経済規模で世界第一位のアメリカと第二位の中国を競争させて利益を得るという金日成が中ソ対立で成し遂げた何十倍、何百倍もの援助を得られたはずである。そうすれば金正恩は自身が尊敬する祖父を超える名声を獲得したかもしれない。

 

さらに核兵器を放棄してアメリカと合意すれば、日本との交渉のハードルも下がり、拉致問題で何らかの合意をすれば植民地に対する数兆円の補償も入ってきたはずであるから、北朝鮮の国民は当分何もしなくても生活できたのかもしれない。

 

ところが金正恩は父親が始めた核兵器路線を継承したがために、上記したような利益を得ることはできずに相変わらず最後は中国に依存する国に戻っていったのである。

 

そんな時に起こったのがロシアが始めたウクライナ戦争だった。

 

この戦争によってロシアはアメリカを筆頭とする西側から孤立し、同じく以前から孤立していた北朝鮮と利害が一致したようだ。特に戦争が長引いたために弾薬不足に陥ったロシアと石油などの燃料の確保にいつも苦労している北朝鮮との取引は両者にとって有意義だったようだ。

 

そして北朝鮮の金正恩は今回の会談でロシアと相互援助条約を結び、以前から存在する中国との条約で祖父である金日成が過去に達成したものを回復したことで彼はとても喜んでいた。

 

ところが現在の国際情勢は金日成の時代とは全く違っていた。現在においては北朝鮮が二股をかけれたような戦争一歩前まで行っていた中ソ対立は存在せず、現在のロシアはウクライナ戦争の過程で中国に激しく依存しておりロシアが北朝鮮と組んで中国の利害を犯すような事態は全く考えられない。

 

このことは今度の会談の成果を北朝鮮は派手に報道しているが、不思議とロシアは宣伝していない大きな理由だろう。

 

それゆえ現在の中国が北がいくらロシアと仲が良いからといって援助を増やして気を引こうなどとは全く考えていないはずである。逆に中国の習近平が金正恩に対しての不信を拡大させた可能性もある。

 

だからもう少し時間が経過して落ち着いてくればロシアとの外交がそんなに有効でなかったことに金正恩も気づくことになるだろう。

 

いずれにせよ現在の彼ははしゃぎすぎだと私は思う。