今日6/12の『ワシントン・ポスト』のウェッブ版にイランとの核交渉に関する記事が掲載されていました。

https://www.washingtonpost.com/national-security/2025/06/11/us-israel-iran-attack-fears/

 

どうもアメリカとイランとの交渉がうまくいってないようで、その結果、「アメリカはイスラエルがイランを攻撃する事態に備えて国務省はイラクにいる人員のいくつかに撤退命令を出したり、ペンタゴンも中東にいる軍人の家族を避難させることを許可した」ようです。

 

では、なぜアメリカとイランの交渉がうまくいっていないかと言えば、アメリカの立場が一貫していないからです。現在イランとの交渉をおこなっているのはウィトコフ氏ですが、彼はイランに対して時には民生用の核開発は許可すると妥協的な言葉を吐いた翌日にはイランに対して民生用、軍事用に関わらず一切の核開発はまかりならんと強硬姿勢に戻ってしまうのです。

 

それに対してイランの立場は一貫しています。イランは従来から医療とかに用いる民生用の核開発は続けるが、核兵器の開発には制限をかけてもいいからこれまでの経済制裁を徐々に撤廃してほしいという割と真っ当なものでした。

 

このイランに対して一切の核開発を許可しないという問題は、オバマ大統領がイランとの核合意、JCPOAを結ぶ時にも出てきた問題で、その時もアメリカの強硬派はイランに対して一切の核開発は許されるべきではないと言っていたのですが、この時はオバマ大統領が妥協して合意が結ばれたのでした。

 

この合意のおかげでイランが合意を無視して核兵器を作ろうとしても実際には一年ぐらいかかってしまうぐらいの核物質の発生量に抑えることができ、イランもこの合意を誠実に守っていたのですが、それを一方的に破棄したのが、トランプ大統領の第1期目の時だったのです。

 

ヴァイデン政権もこのトランプのJCPOA破棄に対しては批判的だったのですが、結果的には合意に戻ることができずイランの核開発を放置した状態にしたままになり、イランは60%以上までウランを濃縮することにまで至っているのです。(核兵器を作るためには90%の純度が必要なのですが、60%から90%までは難しくないようです。)

 

結局トランプ大統領は不必要にオバマのJCPOAを破棄してしまい、イランに対して経済制裁をしても体制を脅かすまでの効果は発揮せず、イランは核開発を進めて後少しのところまで到達するようになったのです。完全にトランプ大統領のオウンゴールです。

 

一方、イラン側は民生用の核開発と経済制裁を解除してくれるならば、再度核兵器開発の制限を受けても良いと一貫した立場をとっており、先の大統領選挙でも穏健派のペゼシュキアンを当選させたのですが、トランプ大統領はオバマ大統領ができたことを決断できないでいます。

 

この理由は簡単で、シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授によれば、トランプ大統領はガザの問題でもイランの問題でもイスラエル・ロビーによってがんじがらめになっておりそう簡単には妥協できない状態になっているらしい。

https://www.youtube.com/watch?v=gYMSn0Y1jgs&list=WL&index=1

 

アメリカがイランに対して一切の核開発を認めないというイスラエルのネタニヤフ政権の立場を取り続けるならば、イランも妥協することは考えられず、そうなったらイランの核開発が続くのでイスラエルがいつイランの核施設を爆撃してもおかしくはなく、そうなればイランも反撃することは確実なので冒頭のアメリカ国務省やペンタゴンの避難命令となったのでした。

 

こんなところで戦争になったら日本にも石油などの問題で被害が及ぶことは確実で、最近の米騒動よりもはるかに大きな影響を及ぼすでしょう。

『歴史とは何か』や『危機の20年』などで有名なE.H.カーが第2次大戦中(日本の真珠湾攻撃以前)に戦争後の秩序を構想する本をイギリスで出版し、それがなぜか2025年に日本で翻訳されたのが『平和の条件』です。

 

この本を読んで感じたのが、80年前の国際問題に関する思想的な課題とほとんど同じことが現在でも問題になっていることでした。

 

この本でカーは市場メカニズムに全てを委ねる19世紀的なレッセ・フェールを徹底的に批判するとともに古典派経済学の妥当性をも疑問視しています。

 

現在でもアメリカのマイケル・リンドやイギリスのデイビッド・グッドハートは1980年代から始まったサッチャー首相やレーガン大統領がはじめたネオリベ路線が格差を生み、それが英国のEUからの脱退やアメリカでのトランプ大統領の当選につながったとそれぞれ”The New Class War”や”Road to Somewhere”という本に書いていました。彼らのネオリベ批判はこの本でカーが批判しているレッセ・フェールとほぼ同じです。

 

また政治に関してもカーは第2次大戦当時の傾向としてほとんど全ての国で行政機関の力が強くなり、立法議会の力が弱まり、最後には民主主義が放棄されたことをこの本で指摘しています。

 

戦前において軍部に政治を乗っ取られた日本もそうだったし、また、現在の日本ににおいても財務省の力の方が遥かに国会議員よりも強いのだ。

 

そして次の文章を読み思わず苦笑してしまった。

 

「目的意識に裏付けられた道徳的目的が緊急かつ広範に必要になっている。そのことは近年の最も謎深い現象、すなわち人々が制約のないより大きな自由を求めるのではなく、より権威主義的な指導者を求めている現象を説明する。独裁の台頭がこの点において、他の点とともに世界的な危機の兆候となっている。

ソヴィエト・ロシアの魅力に英国世論、特に若者の心が惹かれていが、これはドイツの青年の心がヒトラーに魅了され、アメリカの世論がローズベルト大統領に魅惑されていることと同様である。」

 

アメリカのトランプ大統領やロシアのプーチン大統領、中国の習近平主席、インドのモディ大統領やトルコのエルドアン大統領といった権威主義的な権力者が目立っているのも80年前と一緒なのだ。

 

このようにカーが『歴史とは何か』で書いていた「歴史」とは現在と過去の対話であることを実践してみたら、第2次大戦中と同じような課題が現在においても問題になっていることがわかったのですが、その課題を解決するためには80年前と正反対の手段を取らなければならないのではないか。

 

わかりにくいのでもう少し説明してみます。

 

この本が書かれたのは昭和16年6月22日に起こった独ソ戦の直後で、まだアメリカが第2次大戦に参戦していない時でした。それでもその時点で第2次大戦終了後のアメリカの進路にカーは不安を抱いています。一つは「アメリカ人たちが果たして西半球の外側で政治的軍事的な義務を果たすのだろうか」という問題と「アメリカ人達は果たしてアメリカを世界の通商と金融の中心とするのに十分な程にアメリカ市場を対外貿易に自由に開放するのであろうか」という点でした。

 

カーの懸念は杞憂に終わりました。第2次大戦後にアメリカは孤立主義を捨て、敗戦国の日本やドイツに軍を駐留させNATOや日米同盟を構築し世界の問題に積極的に介入していきました。

 

経済においても戦前の保護主義は過去のものとなり、日本や韓国、台湾またヨーロッパの製品を快く受け入れ東アジアやヨーロッパ諸国が繁栄に向かう手助けをしました。

 

ここで終わっていれば問題にはならなかったのですが、カーの懸念と全く逆の問題が起こるようになってきたのです。それは米ソ冷戦が平和裡に終結した後でアメリカは一極覇権主義に傾きカーが生きていれば絶対に賛成しなかっただろうNATO拡大で不必要にロシアを刺激してしまうのです。

 

また経済においても共産主義である中国の工業製品をアメリカ国民の雇用を犠牲にしてまで輸入してしまい、アメリカの労働者を怒らせてしまったのです。

 

カーの懸念したアメリカの孤立主義や保護主義が世界の危機を招くのではなく、現在の危機はアメリカの過剰な市場解放と限度のない介入主義が招いた問題なのです。

 

このように考えるとアメリカでトランプ大統領の登場にはかなりの合理性がありますが、カーが「多分必要とされるのは、自由を過度に強調する19世紀の片面性を修正することであり、それは権利を過度に強調する19世紀の片面性を修正する必要に対応している」と主張する感性をあの大統領が持っているかと問われると疑問に思わざるを得ません。

 

カーが80年前に書いた本は現代の問題を考える上でも大変に参考になると思います。 

スナップバック制裁とは以前にアメリカおよびヨーロッパ諸国とイランとの間で結ばれた核合意(JCPOA)に含まれているもので、イランが合意に違反した場合に国連の安全保障理事会にかけることなく独自の判断で国連がかけていたイランに対する制裁を再開することができる。これらはイランが核合意を破ることを抑止することを目的に作られていた。

 

このスナップバックの機能が今年の8月に期限が切れることが決まっていた。このことは私も以前から知っていたが、そのことについて何が問題になるのかがいまいちわからなかったが、今回トリタ・パルシの記事を読んでそれがとても危険なことになることがわかった。

 

https://www.theamericanconservative.com/on-iran-trump-should-resist-the-zero-enrichment-fantasy/

 

フランスとドイツ、イギリスはこのスナップバック機能が無くなる8月以前にこの機能を使おうとしているらしい。

 

イランはヨーロッパ諸国がもしスナップバック制裁を発動した場合について、イランは核合意から離脱するだけでなく核拡散禁止条約(NPT)からも離脱してIAEAの査察官を全員退去させると警告している。

 

もしヨーロッパ諸国がそれでもスナップバック制裁を発動し、イランがNPTから脱退した場合には90日間の猶予が与えられその間にイランの気が変わったらまたIAEAに戻ることも可能である。そこでヨーロッパ諸国はスナップバック制裁を6月に発動し、イランがそれでNPTから脱退し、猶予の過ぎた90日間後にもイランがIAEAに戻る気が無ければ8月以降も制裁を続けることができるという算段だ。

 

一方このまま何もしないで8月を迎えると、それからはイランに対するスナップバック制裁の機能がなくなってしまい一方的にイランに対する経済制裁はかけられなくなる。イランに対する制裁を国連の安全保障理事会にかけようとしても現在のロシアや中国は安易に賛成しないだろう。

 

イランとアメリカとの新たな合意ができることを期待してイランに対する圧力とアメリカに対する側面支援のためにスナップバック制裁を6月に発動するわけだ。

 

本当にヨーロッパ諸国がパルシの言う通りにスナップバック制裁を発動するなら、私にはそれはヨーロッパが自分たちの役割を過信した危険な火遊びにしか見えない。イギリス、フランス、ドイツはこれで戦争が起きたら責任が取れるのだろうか。

 

1994年に北朝鮮の核兵器開発が発覚して北朝鮮とアメリカの間で一悶着があった。その時北朝鮮はNPTから脱退し、アメリカは真剣に北朝鮮の核施設を空爆することを考えていたのだ。

 

この時は先日亡くなったカーター元大統領と金日成の間で話し合いが行われてアメリカの空爆は避けられた。当時、韓国も日本もアメリカの北朝鮮空爆には反対だった。

 

結局北朝鮮は核兵器を持ってしまったのでこの外交がうまくいったとは言えないが、あの時アメリカが北朝鮮を空爆していたら、韓国を含め東アジアはどうなっていたのだろうか。

 

イランがNPTから本当に脱退した場合にこの問題が平和裡に解決することはまず考えられず、イスラエルもアメリカも武力に訴えることは確実でそうなれば中東は火の海になってしまうだろう。

 

ガザ戦争の最中に行われたイランとイスラエルの間でのミサイルの撃ち合いにおいて主要なマスコミではイスラエルのミサイル防衛が機能してイランのミサイル攻撃は全く無駄のような書かれ方をしていたが、パルシによれば事実ではなく「とても効果的で、イスラエルの対空防御、アイアン・ドームやアロー、デビッドのスリング、パトリオットを突き破った。」と書いています。

 

もしこれが本当ならば、アメリカのジャーナリストであったバーバラ・タックマンが第一次大戦を描いた有名な本にThe Guns in August、日本語では『8月の砲声』と訳されていましたが、文字通りのことが起きることを危惧しています。