地政学者の奥山さんがブログに「日本の周辺国は基本的にケンカ慣れしておりまして、たとえば何か『ローカルな問題』が起こったとしても、それをうまく『グローバル化』した形で弁護したり、逆に相手を非難する場合に使うという点で、日本にはるかに勝る発信力を持っております。」と書いています。
このことは、日本人の宣伝が下手なことと密接に関係しています。宣伝の鍵は、いかに「普遍的」な言葉で語れるかという問題と私は認識しています。
しかし、このような日本人の悪癖は奥山さんの処方箋で本当に治すことができるのでしょうか。私は否定的です。
フランスの駐日大使をつとめ、また劇作家でもあったポール・クローデルという人物がいます。彼は、アメリカで排日移民法が制定された時期に大使をしていたのですが、アメリカに批判的で日本に同情的でした。しかしその当時の日本政府のやり方を見て「宣伝が下手だ」と回顧録に書いてありました。
また、日中戦争時に日本に滞在していたアメリカ人のフレデリック・ウィリアムズという人物も日本に同情的で『中国の戦争宣伝の内幕』という本を書いています。
この本の中でウィリアムズは中国で多数の日本人が虐殺された通州事件を取り上げ、次のように書いています。
「世界はこれらの非道行為を知らない。もし他の国でこういうことが起きれば、そのニュースは世界中に広まって、その恐ろしさに縮み上がるだろう。そして殺された人々の国は直ちに行動を起こすだろう。しかし、日本人は宣伝が下手である。」
そして、宣伝が下手な日本人を故片岡鉄哉氏は「日本人のやることには不透明なことが多い。内でも外でも黙っているからである。しかし、理由を掘り下げると、これはもっともだと思うことの方が多い。これが学者としての私の経験である。」と評しています。
少し、証拠を挙げてみます。
マッカーサーが1951年にアメリカの上院で語ったものです。
「日本は絹産業以外には、固有の天然資源はほとんど何もないのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い。錫(すず)が無い、ゴムが無い。それら一切のものがアジアの海域には存在していたのです。もし、これらの原料の供給を断ち切られたら、1000万から1200万の失業者が発生するであろうことを日本人は恐れていた。したがって、彼らは戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてだったのことだったのです」
もう一つはクルーグマン教授が、日本のバブル崩壊後の経済政策について語った言葉です。
「日本で起きたことは我々にとって訓話である。(バブル崩壊後の)日本のとった行動はほとんど模範にまで変わってしまった。彼らは、アメリカがおちいった大きなスランプにはなってないし、『失われた10年』と呼ばれていた間も、一人当たりの所得は上昇していた。私の冗談は、『10年前に日本について心配していた人々は東京に行って陛下に謝るべきである。』というものだ。我々は日本がやったよりもまずいやり方をしている。人々が、『私たちは日本のようになるのですか』と聞いてきたら、私は、『日本のようにやれたらいいなあ』と答える。」
このように、後になって優秀な人物が、当時の日本の行動の正しさを認識するのですが、その時点では多数の人名と苦労が失われているのです。
つくづく宣伝が下手なことはもったいないと私は思いますが、これが簡単に治るとも全く思えないのです。
このことは、日本人の宣伝が下手なことと密接に関係しています。宣伝の鍵は、いかに「普遍的」な言葉で語れるかという問題と私は認識しています。
しかし、このような日本人の悪癖は奥山さんの処方箋で本当に治すことができるのでしょうか。私は否定的です。
フランスの駐日大使をつとめ、また劇作家でもあったポール・クローデルという人物がいます。彼は、アメリカで排日移民法が制定された時期に大使をしていたのですが、アメリカに批判的で日本に同情的でした。しかしその当時の日本政府のやり方を見て「宣伝が下手だ」と回顧録に書いてありました。
また、日中戦争時に日本に滞在していたアメリカ人のフレデリック・ウィリアムズという人物も日本に同情的で『中国の戦争宣伝の内幕』という本を書いています。
この本の中でウィリアムズは中国で多数の日本人が虐殺された通州事件を取り上げ、次のように書いています。
「世界はこれらの非道行為を知らない。もし他の国でこういうことが起きれば、そのニュースは世界中に広まって、その恐ろしさに縮み上がるだろう。そして殺された人々の国は直ちに行動を起こすだろう。しかし、日本人は宣伝が下手である。」
そして、宣伝が下手な日本人を故片岡鉄哉氏は「日本人のやることには不透明なことが多い。内でも外でも黙っているからである。しかし、理由を掘り下げると、これはもっともだと思うことの方が多い。これが学者としての私の経験である。」と評しています。
少し、証拠を挙げてみます。
マッカーサーが1951年にアメリカの上院で語ったものです。
「日本は絹産業以外には、固有の天然資源はほとんど何もないのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い。錫(すず)が無い、ゴムが無い。それら一切のものがアジアの海域には存在していたのです。もし、これらの原料の供給を断ち切られたら、1000万から1200万の失業者が発生するであろうことを日本人は恐れていた。したがって、彼らは戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてだったのことだったのです」
もう一つはクルーグマン教授が、日本のバブル崩壊後の経済政策について語った言葉です。
「日本で起きたことは我々にとって訓話である。(バブル崩壊後の)日本のとった行動はほとんど模範にまで変わってしまった。彼らは、アメリカがおちいった大きなスランプにはなってないし、『失われた10年』と呼ばれていた間も、一人当たりの所得は上昇していた。私の冗談は、『10年前に日本について心配していた人々は東京に行って陛下に謝るべきである。』というものだ。我々は日本がやったよりもまずいやり方をしている。人々が、『私たちは日本のようになるのですか』と聞いてきたら、私は、『日本のようにやれたらいいなあ』と答える。」
このように、後になって優秀な人物が、当時の日本の行動の正しさを認識するのですが、その時点では多数の人名と苦労が失われているのです。
つくづく宣伝が下手なことはもったいないと私は思いますが、これが簡単に治るとも全く思えないのです。
