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Promised Land -帰りたい何処か-

わたしにとっての「約束の地」はどこなのか?

その答えを今探しています。

 昨日荒れ狂ってメンタルを整えたのが夜中、それから入院準備して、朝は自分の用意をしようと思ったら、まさかのチビ、水様便に嘔吐2回で、出発出遅れてしまいました。

 昨日よりも具合悪そうで、病室までやっとこさで辿り着きました。


 治療の一環で、治療方針を決めるために正確な現状把握をするため腎生検が必要であり、明日やることになったのだけど、腎生検は、私が以前受けた乳房の生検とは全然難易度も体のダメージも違ってました。

色々リスクを説明されたけど、結局のところ、やるしかないという選択肢は一択。


 あんなに辛い移植頑張ったのに、なんでレアケースのネフローゼ発症せなあかんのか。

 神様なんていないな。いたとしたら、なんでこんな嫌がらせみたいなことするんやろ。

 わたしが死んでもええって言ってんのやから、チビを苦しませるのはやめてもらいたい。

代わりにわたしが命を差し出すからさ。


 心身ともに不調なわたしは、明日に備えて今日は帰らせてもらいました。

(昨夜もその前もあまり寝ていない。頭痛が止まらない。コロナではなく、風邪ではなく、鬱系由来のものだと過去の経験から感じている)


 明日の検査、無事済みますように。

 そして、無事に回復しますように。


 私は自宅で1人野菜など大量消費。

こんなことになるなんて思ってもなかったから、週末野菜やら果物やら買い込んでましたとも。

 かきもみかんもいっぱい。野菜もたっぷり。

腐らせる前に全部食べ切れるだろうか…。

 今朝になってさらにしんどくなったチビ。

学校を休み、午後から病院へ。

(朝一番で電話して、午後からの主治医の外来を受診。但し、私自身の体調不良が心身共に著しく悪く、土壇場で夫に通院を代わってもらった)


結果…ネフローゼの可能性が高く、入院になりました。急なことすぎて付添が現時点の私は難しく、また今日できる治療はしてもらい、今夜できる治療はないとのことだったので、明日の午前の入院になりました。


 期間は1ヶ月くらいとのこと…病院で年越しになるかもしれない。


 ネフローゼ、検索したけどいいこと何にも書いてない。下手したら指定難病だの、完治じゃなくて寛解だとか?


 どうして…。

 移植後の子で、一定数の子がなる可能性があるとの主治医の説明だったそうだが(自宅や学校で過ごしてきた中で、何を食べたから悪い、これをあれをしたから悪い、ということではないと言われたらしい。)、どうしての感が拭えない。


 私自身もここ1ヶ月からだのむくみ(下肢の浮腫み)がひどく、体重が増えて落ちない。身体もだるい。


 まあ私のことはどうでもいいが、また長期入院。さっき小学校には連絡した。

 

 明日からまた病院生活。

 チビが良くなりますように。

 あの子頑張ってるんだから、これ以上試練与えないでよ、神様。何で意地悪するの?

 一昨日は校外学習で、市内の学習施設に出掛けたチビ。でも、その施設まで、電車と徒歩で行くと聞いて、今のチビには長距離歩く体力はまだないと判断し、車でその施設まで送迎した。


 2時間くらいの滞在だったが、ずっと殆ど立ちっぱなしがきつかったそうで、最後30分位は皆と別れて休んでいたそうだ。


 先週月曜日に病院受診したときは元気で、ステロイドを減薬したばかりだった。

 木曜日くらいから顔が浮腫んだような、腫れたような感じになり、金曜日から下痢。

 昨日も今日も体がしんどいとゴロゴロしたり眠ったり。食欲もいつもの6割程度。


…これ、GVHDが勢いづいてるってやつじゃないですか?もしかして…。

嫌な予感がするガーン


 

 明日朝イチで病院に電話して、午後からの主治医の外来の時に診てもらおう。

 明日はたまたま主治医の外来がある。

 来週の月曜日に再診予定だったけど、一週間待っていられないと私の動物の勘が言っている。



 チビが移植してから5ヶ月が過ぎました。今日もチビは(午前中だけですが)元気に学校に行きました。


 時間が随分経過してしまったのですが、チビが移植のために入院して少し経った頃、小児科の看護師長さんからあるパンフレットをいただきました。


 それは、NPO法人キープ・ママ・スマイリングが実施している『付き添い生活応援パック』の案内。長期入院で、患者である子どもは勿論1番頑張っているけど、付き添いしているママ(勿論パパの場合もあるけど、大多数が母親の率が高いので、『ママ』と表記しているとのことです)も結構しんどい状況になることが多く、そんなママたちを応援しようということで、入院生活に必要なものを送ってくれるという活動。





チビが移植の前処置を始める前に申込み、前処置始まった頃に受け取りました。


中を開けて感動。


 こんなに沢山の品が入ってました。

ちょうど夏になるところだったので、大きめのTシャツは重宝しました。

(看護師さんに、『いい言葉書いてあるね』と言われた。)

 保存のきく美味しい食料は長い入院生活の栄養補給源になり、また癒しになり、助かりました。

 ハーブティーも大袋があって感動しました。

 

 こちらのNPO法人、並びに協賛企業の方々には、感謝でいっぱいです。


 うちは退院できたけれど、うちが入院してた病院にも、全国にも、長期入院のお子さんやその付き添いの家族は沢山いると思います。

 そんな家族にとって、この贈り物は本当に嬉しいものです。応援してくださってるのがヒシヒシと感じられる。なぜなら入院生活に役立つものばかりだから。

 今後の、末永いご活躍を祈念いたします。

 本当にありがとうございました。

  地球の影に月の全てが入り込むのが皆既月食ですが、19日午後6時2分から3分の間は月の直径のおよそ98%が隠れました。この「ほぼ皆既月食」は日本では1881年以来140年ぶりのことになります。
 
 次回の“ほぼ皆既月食”を全国各地で見ることができるのは65年後。2086年11月21日になるということです。(19日21:25)


猫しっぽ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫あたま

ほぼ皆既月食のニュースを前日の新聞で知った私。その部分を切り抜きして、ダイニングテーブルの上に置いておいたのが功を奏し、時間を逸することなく、観測できました。

チビも壮大な天体ショーが見られて大興奮。
持っている双眼鏡を駆使して喜んで見ていました。
一眼レフカメラを持っておらず、スマホでは分かりにくい写り方しかしていませんが、肉眼ではっきり見えました。

 チビと2人で、貴重なほぼ皆既月食が見られてよかったです。
 次回は65年後とのことなので、私はこの世にはいないでしょう。元気になったチビは、その頃は初老のおじいさんで、素敵な連れ合いとまた皆既月食を見ていて欲しいなと思います。
 そして、願わくば、65年前に見た、お母さんとの観測も思い出してくれればいいなと思います。



 今日はプラネタリウムに行ってきました。

元々行く予定だったのですが、昨日の天体ショーを見たこともあり、チビは熱心に見ていました。


 

 こんなに愛しく思っているのに、最近ガミガミ言うことが多く、チビと喧嘩しっぱなしですっかり嫌われてしまっています。

 しつけは当然必要だけど、元気に過ごせることが決して当たり前ではなく、主治医を中心とした医療チームが全力を尽くしてくださり、臍帯血で命を繋いでもらい、チビ本人も非常に頑張って治療を受けた結果の現在。

 私はもう少し謙虚にならないといけない。

 一時はチビが数年後には居なくなってしまうかもしれないという恐怖と絶望に襲われたが、今は病魔によるその恐怖から解放された。

 だけど、もともと人間誰しも、明日どうなるかなんてわからないのだ。私だって、明日一日無事に生きるかなんて確約はないのだ。

 もう少し謙虚に、元気で生きていることがとても尊いということを、もう少し真剣に感じる必要があるのではないかと思う。

 チビの入院生活が終わりに近づいた頃、いつもより遅ればせながら応募したカルビーの大収穫祭の懸賞。

 予定では退院ごろに来るのかなと思っていたのがちっとも来なくて、今年はついに外れたか…と思ってましたが、先週の土曜日に無事届きました!


 エコバッグとじゃがいも2kg?かな。

年々頂ける商品の規模が縮小してる気がしますが、それでもこんな時勢でも、大量当選を毎年続けてくれるカルビーさんには感謝しかありません。


ここ数年、毎年応募して、今年も無事にいただけました。ありがとうございます😭



 随分お久しぶりになってしまいました。

Day149 になる今日も、チビは元気に学校に行きました。退院して一週間は自宅療養(オンラインで授業受ける)、一週間後から朝2時間だけ登校して、それでもなんだか余裕そうだったので、その一週間後から給食食べての午前中まで授業受けてお迎え、になってます。

 ブイフェンドの服薬も忘れずにできてるし、外に出る時はちゃんと日焼け止め塗ってるようです。

 体調良さそうなので、明日は本人の強い希望もあり、外での体育の授業を初めて受けてみる予定です。(心配は心配だけど、少しずつ普通に戻していって良い、と主治医も言ってたし)



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…で、退院日の10/28に話を戻します。

この日は、クリーンルームの子対象のハロウィンパーティーが企画されていた(退院日が決まった後にパーティの期日も決まった)ので、午後退院にして、夕方のそのパーティが始まるまでに病室の荷物の搬出を終えて参加しました。


衣装も貸してもらえて、結構本格的なハロウィンパーティ。


先生方や薬剤師の先生、看護師さん、心理士さんもみんな仮装していてなかなか本格的。


鬼滅の刃に出てくる登場人物のコスプレしてギター弾きながら『dry flower』を熱唱してくれた薬剤師の先生、トイレットペーパーをミイラの包帯に見立ててどちらのチームがよりミイラっぽくぐるぐる巻きにできるかを競うゲーム(巻かれるのは先生2人)などなど。

みんな、もちろんちびもとても楽しんでいました。入院生活最後のいい思い出になったと思います。



お菓子ももらえて、とてもご満悦なチビでした。



パーティが終わって少しして、いよいよ私たちが帰る時間が来たのですが、私たちが入院していた小児科(クリーンルームで闘病していた患者対象?)では、最後、送り出しのセレモニーを開いてくださいました。うちの子もそうですが、みんな半年以上の長い治療を経て退院していくことはとても大変なことで、また、(うちの子は免疫不全症の治療のための移植でしたが)白血病などの小児がんを克服して退院していくことは、本当におめでたい、頑張ったことで、一時的な退院ではなく、本退院の子は、がんばったね、おめでとうと、送り出してくれるのが慣例のようです。

 入院終盤、職場からの電話を引き金に発狂気味になったり、不穏な状態が続いた私は他の患者さんやそのご家族にご迷惑かけたと思っているので、最後お礼とお詫びを述べました。


 寄せ書きもくださり、本当に嬉しかったです。

チビを無事に連れて帰れてホッとしました。

 

 二週間に一度通院しないといけないのですが、もう来週は退院後2回目の通院。

 びっくりします、時間の経過の速さに。


 移植後半年は要注意、退院後半年は注意。

 チビが無事に過ごせるようにできることはやっていきたいと思います。



明日はいよいよ退院です。

6月の初めに入院してはや5ヶ月近く。 

季節は夏から秋、下手したら初冬に変わりました。


明日の午前中までは、普通に過ごして、午後から撤収予定です。

ただ、午後、チビは最後のリハビリをうけ、16:00ごろから開催される、クリーンルームにいる子供達を対象にしたハロウィンパーティに参加予定。


終わったら、チビの主治医や担当看護師さんにご挨拶して帰る予定です。


病院で、過ごすのは最後。


感慨深いです。


わたしは後、病んだ話をずっと聞いてくださった臨床心理士さんにご挨拶してないので、明日しようと思います。


先週から突如悪化した肝障害。

一週間の治療を経て、今日の血液検査で改善しました。VODではなく、炎症治りました。


造血機能も問題なし。


IgGが数値低かったので、ポリグロビンを点滴。


午後には腕から入れてたCVカテーテルの抜去。



夕方からは、病院スタッフ、チビの小学校の先生方、我々夫婦で復学支援会議。

事前に質問集を提出しておいたので、内容の濃い会議になり、こちらの心配事もきえました。

学校も好意的に対応してくださる姿勢でとてもありがたい。



そして、退院日が10/28木曜日になり、一週間後の11/4から、短い時間ではありますが、学校に行くことになりました。



長かった5ヶ月近くの入院生活。

いろんなことがありました。



私は、おそらくチビの病気と同じ病気が引き起こした悪性リンパ腫の手術(今から思うと何故悪性リンパ腫で、手術するのかわからないのですが)の失敗で、今の私と同じ歳で病院から無言の帰宅をした父のことがあったから、大きな治療をして、無事に帰れることが、初めて実感できて、安堵と嬉しさで夜一人落涙していました。


父が入院して亡くなった頃流行ってたミスチルの『Tomorrow never knows』。


父がなくなったとき、『勝利も敗北もないまま 孤独なレースは続いてく』という状態だった(当時高2、母専業主婦、生きて帰るはずだった父が突然亡くなって、当時社宅に住んでいたからそこも(温情で)半年以内に退去しなくちゃならなくて、何より突然父がいなくなってしまった感じで、なんだかよくわけがわかりませんでした。父が亡くなるひと月前には登校中の交通事故で腰を痛めていたし)。


でも、今は

『心のまま僕は行くのさ 誰も知ることのない明日へ』という、前向きな気持ち。


この長い人生という旅路を、もうすこしチビの健康と共に、ゆっくりのんびり歩んでみようと思った。


会社を休職して今週の金曜で丸1年になるが、クビになるまでまだ2年の猶予がある。

退院後半年はチビのケアが色々あるからそれまではチビのことに専念して、私の復職はそれからでもいい。


先日の診察の時、わたしの主治医が 「子供か退院したら即復職なんて考えるな、子どもが落ち着いてからでいい」と、いった。もう少し、人生のいう名の旅路を、今はチビと共に、ゆっくり歩いてもいいのかな。



人生は、旅。

旅はいつか必ず終わる。

だからこそ、懸命であれば、いろんな旅路があっていいのかな。



肩の荷が降りた気がした。


本当によかった。




 今、Tverで、本当に期間限定で2018年のドラマ、アンナチュラルの放送がされています。

 わたしはほぼ(Tverで、だけど)リアルタイムで見ていたので話を知ってるし、このドラマは本当に印象深くてよく覚えてます。
 人の、というか私の心の深いところに何かを残すドラマでした。

 最終回、詳細は割愛しますが、重大な事件が長い年月を経てようやく解決しました。

 中堂先生の恋人であり、事件の被害者だった女性の父親に、「遺品です」と駆け出しの絵本作家だった彼女の原稿の一枚を渡した時、彼女の父親は、最後に娘と話した時のことを伝えました。

『次の物語は二匹のかばの話にする。カバは途中、離れ離れになるけど、やがてまた、二匹で旅を続けるんですよ。』

これは、中堂先生と彼女との未来の暗示も含まれていた。

『ゆきこの旅は終わったけれど、あなたは生きてください』

と、彼女の父親は、その遺品の絵を中堂先生に託しました。


 中堂先生の苦悩の旅は終わった。そして、一連の事件も終わって、UDIラボは、新しい旅にみんなで出るところで終わる。



 わたしの旅は、いつまで続けるのかな。
続くのかな。
そろそろ終わりにしてもいいのかな。
 私の旅の終わりは、いつだろうか。