ブログネタ:失恋したことある?
参加中ありますよ。もちろん。
このブログをお読みいただいている方ならわかると思いますが、
夫と出会う前、そう、学生時代から社会人にかけて付き合っていた人に振られました。
今でも、心の中にいないと言ったらうそになります。
でも、現在進行形の「好き」とは明らかに違います。
今日の朝日新聞の青い方のbeの、悩み相談室を見て、少し自分の中の状況が腑に落ちました。
相談者も、小学生からの初恋の彼が忘れられない(現在27歳主婦)で苦しんでいる、との
お悩みでした。
岡田斗司夫さんからの回答をみて私自身も納得しました。
「相手のために何かしてあげたい」ではなく、「ただただ自分が好きで・・・・」というのは、
愛ではなく、「信仰」だと。
「信仰」だから、ばかげていると思っても止められない。
だったら、その「信仰」をみんなが幸せになる方向に転換して、実施してみてはどうでしょうか、
というのが回答でした。
私も、「信仰」なのかもしれません。
相手が望むことは、私が一切現在の彼の生活にかかわらないこと。
(まあ、連絡手段さえもってないのですから、事実上そうすることなどできないのですが。)
だから、私が今彼にしてあげられることなど何もないのです。
だから、私が今彼にしてあげられることなど何もないのです。
芸能人と同じレベル。
もうおぼろげになってしまった大学時代、そう、いわゆる「いい時代」のエッセンスを
自分自身が反芻していたいだけなのでしょう。
自分にも、キラキラした宝石のような時間があった、と。
「信仰」、それに近いですね。たしかに。
信仰心だから、普段からドンと自分の真ん中に居座ったりはしないけれど、
ふとした時に思い出される。
今そばにいてくれる夫が、私には誰よりもかけがえのない人です。
でも、現実だからこそ、つまらない小競り合いをしたりもしてしまうし
相手を怒らせてしまって険悪ムードになってしまうこともある。
そんなとき、「信仰」にすがりたくなる瞬間もあるのかもしれません。
でも逆に、「信仰」から、目の前の夫の大切さを改めて戒め、反省することもあります。
同じ過ちを繰り返さないために。
・・・・あー、何を言っているのかさっぱりわからなくなりましたが、
とりあえず失恋経験はばっちりあります。