IHTP クリスティーナ・トゥーリン先生のハープセラピー講座 | 大阪・奈良 ヴォイストレーニング・アイリッシュハープ教室 音楽サロン・Cube Crea

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⚫︎IHTP クリスティーナ・トゥーリン先生のハープセラピー講座


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【音楽サロン】 Cube Crea

 

こんにちは、清水祥江です。


4月8日の月曜日、仏様のお誕生日と言われる、灌仏会!


桜が満開の夙川近く、西宮までお出かけしました。


アメリカから来日中の、Christina Tourin  クリスティーナ・トゥーリン先生の、インターナショナルハープセラピープログラムのワークショップとコンサートに行ってきました。



IHTP 

インターナショナルハープセラピープログラム


恥ずかしながら、そのような団体が存在することも全く知らず、たまたまお知り合いの方2人から、この日のイベントのご紹介をいただいたので、足を運んでみたのでした。


いわゆるハープを使ったセラピーについては、もともと9年ほど前にお亡くなりになった、同じグランドハープの先生に師事していた先輩弟子の方が、アメリカの大学でそれらを学ばれていたことがあったそうで、その方のオススメで何度か講座に足を運んで学んだことがありました。


日本では私が知る限り、キリスト教のルーテル教会の関係のリラプレカリアと言う団体があり、宣教師のキャロルさんがいろいろな活動をなさっておられ、何年か前に神戸にも来てくださったことがありました。


またハープセラピー協会と言う団体をなさっておられる神藤雅子さんが、その亡くなられた先輩弟子の方と、古いお知り合いだったようで、大阪に講演に来られる時に会いに行ったこともありました。


オーストラリアからハープのセラピーの第一人者と言われるピーターさんと言う方が東京に来られると聞いたときには、わざわざ講演会とコンサートにも足を運びました。


それぞれの折に、いろいろなお話を伺い、演奏も聞きましたが、私自身は何らかの団体に所属して、そこで資格をいただくような形で学ぶと言うことは、あえてしませんでした。


もちろん決まりが大好きな日本人からは、ある一定のセオリーのもとに行動し、何らかのお免状的なものをもらっている方が、安心感もあるということは一理あります。


音楽療法なんかもそうですが、結局国家資格ではなく、ただの1つの民間の資格…いろいろな考えで、いろいろな団体が乱立していることもあります。


ドイツの音楽療法の国家資格を取得しようと思い、一時期、毎月東京まで通って勉強したこともありました。


結局断念したのですが、自分自身の思う部分で、ヨーロッパで求められる内容と日本で求められる内容が必ずしも、全てが合致しないのではと、自分で結論づけたことと、最終的にはドイツ語を習得し、ドイツで活動するのでなければ、日本では意味がないかと判断したためでした。


まぁそれはあくまでも自分がそうだと考えただけで、それが正解かどうかは別の問題です。


自分自身の考えとマッチする部分もあれば、そうではない部分もあるし、自由に動けることや、自分の思う通りに活動していくためには、私にとっては、資格や所属ということは足枷でしかなく、いっそ無い方が良いと判断したのでした。


ハープのセラピーについても、いずれかの団体で、長年時間とお金をかけて学んでおられる方からすると、私のような考えはいい加減だと思われるかもしれません。


しかし、どのようなツールを使ったセラピーであっても、それがたとえ音楽と関係なかったとしても、最終的には人と人との交流、信頼関係で成り立つものだと思うので、セラピストとクライアントと言う関係性の場合、どちらかがどちらかに著しく依存したり、どちらかがまたは両方が精神的に病んでいたり、特にセラピストが健全でない状態では、セッションは成り立たないと考えます。


この日のワークショップでは、そういう精神的な部分や、どのように音楽を駆使して、深くセラピーを行っていくかと言うような専門的なところにまでは踏み込むことなく、本当にごくごく初歩的な心得、そして最低限の即興演奏を行うための、音階の使い方について、レクチャーされていました。


こちらはハープセラピー協会の神藤雅子さんがセッションでお勧めされている、アナザーエラと言うメーカーのハープ だそうです。



音の数の割に軽量で持ち運びがしやすいとおっしゃってました。


こちらはルネサンスハープや中世時代のハープ を復刻して作っておられる、エリックさんの作製されたハープ!


主催スタッフ・通訳の方の所有されているハープ だそうです。



おそらくカーボン弦だと思いますが、テンションが緩く、私が寺本圭佑先生に作っていただいたアーチドハープにもとても似た、少し原始的な音がします。


みんなで円形上に椅子に座って、ワークショップが行われました。


遠方から来られる方はおとつぶハープを持ってこられてました。


予期せず、おとつぶ仲間に会えるのも嬉しい!



4人ずつぐらいのグループごとに、即興演奏を回していくような形でした。


限られた時間で、コンパクトに行うわけですから、やむを得ない部分はあるのかもしれませんが、即興演奏が得意な私は、おっしゃっていることもすぐに理解できるし、音階や和声の使い方も問題ないけれど専門的な音楽の勉強をなさっておられる方は、参加者の中で少なかったようなので、アマチュアの方がご自身が奏でている即興演奏が、正しいのか正しくないのかということがわからないご様子でした。


皆さん演奏しながら、これでええんか?…と、ハテナがいっぱい飛んで、戸惑っておられたようにも、見受けられました。


また、そこに正解と言うものは本来ないのかもしれませんが、このやり方で良いのよとか、ここはもっとこうしたほうがいいわよ…と言うアドバイスがあれば、尚、よかったかもしれません。


また、短い時間ですがコンサートもあり、私の持っていたクリスティーナセラピー25と言うハープは、クリスティーナ先生と同じお名前ですが、興味深げに話しかけてきてくださり、コンサートでこれを使わせてもらっても良いか?と言ってくださったので、快くオーケーさせていただきました。


月の光をクリスティーナで、クリスティーナ先生が弾いてくださいました(笑)


クリスティーナ先生や、この日お世話されていた主催メンバーの方々は、いずれかの団体で、時間とお金をかけ、ハープを使ったセラピーを学び、またホスピスや病院などでボランティアをなさっておられると聞いております。


この日のことに限らず、今までに何度かハープ のセラピーの関係の催し物に参加したことがありますが、その度に毎回思うことがあります。


もしも自分が後、わずかの命となった時、最期にどのような音楽を聴きたいたいだろうか…?


おそらく、朦朧とする意識の中で、最後にこんなきれいなものを聞けて、幸せだったなぁ…


私のために、こんな素敵なものを披露してくれて嬉しいなぁ、ありがとう!


と、そんなふうに思えるようなものを、最後の最後に聞くことができたら、快く清々しく、旅立っていけそうです。


もしも、もう言葉を口にすることもできない位、体の状態が悪い中で、なすがままに聞かされる音楽が、すごく苦手なジャンルの曲だったり、やかましかったり、ハレホレヒレハレなくらい下手くそだったり、不快な音楽だったら…どうしましょう?


人生の最後の最期に、聞かされるんが、これかいっ!と、腹立たしく思いながらも、否定する言葉も発することができず、文句を言うこともできずに、ただただ、あうぅ…と、呻きながら、非常に残念な気持ちを噛み締めつつ、死んでいくことになるのかと思うと、死んでも死に切れないというか、成仏の妨げになりそう(笑)


何度かセラピーを学んだ方とお話しする中で聞いたことがあるのは、いわゆる演奏家は、お客様から自分の演奏を認められたいと言う思いや、上手に演奏したいと言う気持ちがあるから、それはエゴであって、死にゆく患者さんの前で、奏でる音楽とは相反するものだ…という言葉でした。


この日はもちろん、そのようなお言葉を発せられる事はありませんでしたが、何年か前に東京で講習を受けたときには、そんな話を聞いた記憶があります。


エゴなあ…


すごく俗物的な発想かもしれませんが、一般的には、誰だって、へたくそな演奏よりは、うまい人の演奏が聞きたいし、汚い音よりも綺麗な音が聞きたいし、毒々しい怖い絵画よりも、美しい景色の描いた絵画を見たら、癒される気持ちに、なるのではないかと思います。


もちろん例外もあるかも知れません。


音楽家の演奏がエゴだと言うのなら、逆に、充分な研鑽を積んだわけではない、非常に未熟な技術の方が、死にゆく方々に対して、拙い演奏を披露することは、エゴではないのだろうか?


患者さんに寄り添った演奏とは何なのだろうか…?


どんなに心を込めて奏でたとしても、それが目の前の患者さんが求めているニーズとマッチしているかどうか、そこは鋭い感覚で判断しなければいけません。


それを毎回深く考えさせられます。


どんなに拙くとも、例えば、おばあちゃんの為に、お孫さんが歌や、オカリナなんかを吹かれたなら、きっと病床で、おばあちゃんは嬉しく感じられるでしょう。


それはもう技術の上手い下手ではなく、その人を思う気持ちの問題です。


それは身内やお友達など交流があり、信頼関係があるからなせる技でもあります。


でも、全く知らない他人がそれをしたらどうでしょう?


そういうことを、おそらくセラピーを学ぶ方は叩き込まれているのではないでしょうか?


知らんけど!(笑)


私も何度かホスピスで、ハープを奏でたことがありますが、確かにその時に上手だと思われたいとか、すごいねと拍手をされたいなんて全く思ってません。


まもなく、この世の旅路を終えられる人生の先輩方に、敬意を払いつつ、ねぎらうような気持ちであったと記憶してます。


ただもう、あとわずかしか、この世にいらっしゃらない方と、音楽を通じて対峙するにあたり、今の自分の精一杯のおもてなしの気持ちというか、持てる力を全て使って、音楽でお見送りをしたい…そういうマインドです。


それが正しいかどうかは分かりません。


音楽家として云々と言うよりも、1人の人間として、目の前にいる、命の灯が消えようとしている方に、最大限の礼儀を持って、見送るということは当たり前かと思ってます。


お料理に例えていただいたらわかるかと思います。


もうあと僅かでお亡くなりになるであろうと言う方が最後に、◯◯が食べたい…とおっしゃったとすれば、持てるを全て使って良い食材を集め、上手に料理を作って、せめて最期においしいものを召し上がっていただきたい。


自分で調理することができれば、そうするし、自分が作ることができない位のものであれば、プロの料理人の方にお願いして作っていただいて、それを運んでくるか、お店があるのなら、そこまでどんなに遠くても買いに行って、届けてあげたい。


お料理が音楽に変わっただけの話で、その気持ちは誰も、同じなのではないかと思うんです。


いまわのきわの方が、最後に〇〇が食べたいとおっしゃった時に、どんなに心を込めて作っても、いわゆるメシマズの人が作った、めちゃくちゃまずい料理だったら、食べられませんよね。


そう思うと、このような立場で音楽を奏でようとする方は、もちろん音楽以外にもトータルに気をつけないといけない事はたくさんあるでしょうが、音楽的な研鑽を積むという意味で、普通の趣味で音楽をたしなむ方以上に、自身を律して、厳しい研鑽を積まなければならないのではないかと思います。


その方の持てる1番最善最良のものを差し出す…


そうでないといけません。


そうでないと失礼だと思います。


なぜならもう目の前の死にゆく方には、もはややり直しはきかず、明日と言う時間は無いのですから。


こうでなければならないと、つい私は性格的に考えてしまうのですが、もしかしたら、その概念自体は、このような活動の中では、違うのかもしれないとも思いますが…


私自身、命に関わる病気の経験もあり、また大きな病気で両親を早くに亡くして、闘病を見守る家族としての立場も、何度も経験しています。


あの苦しかった、家族の闘病生活を見守っていた時期に、もしハープのセラピーの方と出会っていて、お部屋に入ってきて、あなたのお父さんのために音楽を奏でます…と言われたら、私はどう思っただろう…?


私は、死にゆく方を目の前にして、音楽家としての自分を認めてもらいたいなんて、露ほども思いませんが、音楽的に崩壊した、単なる音の羅列だけを聞かせてしまっては、その方に申し訳ないと感じます。


自分が死ぬときに何を聞きたいかと考えれば、へたくそな訳のわからん、ただの音の羅列よりも、素晴らしい人の、綺麗な音や癒される演奏を聴きながら、旅立ちたいものです。


即興演奏の技術を磨くと言うのは、音楽的な知識が少ない方からすると非常にハードルが高いかと思いますが、割とわかりやすいセオリーがあり、きちんと学べば、もちろん持ち前のセンスも左右しますが、苦手な方でも必ずできるようになります。


不規則で美しくもない、単なる音の羅列を聞かせるか…


即興演奏が1つの音楽として成立しているものを聞かせる事ができるのか…


私がそう思っていると言うだけで、これが正解と言うわけではありませんので、悪しからず。


ところで…


コロナ禍の前は、クリスチャンの友人のお供でホスピスに演奏に行くことがありました。


せめて目の前の方が、気持ちよく、安らかな旅立ちであるよう、祈り心を以て、音楽を奏でる…


実際に私たちが訪れた3時間位後に、安らかに旅路に出られた方のお話や、その翌日に、感謝しながら旅立っていかれたと言う話を後から看護師さんに聞くこともありました。


そういう話を聞くと、お伺いできてよかったなと思いました。


ハープと言う楽器が他の楽器と比べて特別に扱われたり優れていると言う方もいらっしゃいますが、私自身は単なる音楽の表現のツールの1つとドライに考えています。


ただ他の楽器と比べて音量もそんなに大きくなく、ハープの音色が嫌いだったり、神経に触るという人は極めて少ないかなと思ってます。


話が脱線しましたが、私自身が英語がもっと堪能で、先生のおっしゃることにダイレクトに質問できたり、100%汲み取る力があれば、この日のワークショップは、さらに有意義なものであったのではないかと思います。


通訳の方が日本語に訳してくださっていたので非常に助かりました。


海外から来られた方をお世話することは本当に大変だということが経験上わかるので、今回海外からのアーティストを招聘し、いろいろな事務的なことを行ってくださった方々に心から感謝いたします。


ありがとうございました。


ワークショップやコンサートについては、書き切れないので、もちろん色々と思うところはありますが、興味のある方はぜひお会いしたときにお話ししますので、いろいろ聞いてくださいね(笑)


この日、参加したことで、改めて自分自身の活動する立ち位置を再確認し、様々なスタンスで活動なさる方々が、いらっしゃる事を知ることができだという意味では、視野を広げられてよかったです。


また遠方から来られていたSNSでつながっている方、おとつぶガイドのお仲間、サプライズでお会いできてうれしかったです!


ご一緒してくださった皆様、お疲れ様でした。


今日の日のワークショップやコンサートをそれぞれの引き出しにしまい、それぞれの方がまた、ご自身の良しとする場所で、輝いて活動していけることを願っています✨


ハープのセラピーについては、もちろん経験はありますが、さらに詳しく専門的に学びたい方は、お友達で活動なさっている方や、これらのセラピーを主宰されていた方が関東にいらっしゃるので、ご紹介もできます。


ただし、現在は新規の募集は私の知るいくつかの団体ではなさってないと聞いてます。


多額のお金や時間もかかることですが、それで終わりではなく、その人の生き様が現れる、人間性が現れる活動の1つではないかと思います。


たとえどこかの団体に所属して、何らかの免許証のようなものを持つのでないにしても、それぞれの方のペースで、スタンスで研鑽を積まれるのも、よろしいのではないかと思います。


お問い合わせは下記フォームより、どうぞよろしくお願い申し上げます。



アメブロのお問い合わせフォームからも、アクセス可能です。


よろしくお願いいたします。



音楽サロン Cube Crea 音楽教室
 
【開講科目】
 
アイリッシュハープ・声楽・ヴォイストレーニング
 
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お月謝制ではなく、単発のレッスンで、その都度のお約束で日時を決めます。
 
【教室の場所】
 
★音楽サロン Cube Crea (大阪府守口市・最寄駅は京阪電車大和田、または萱島より、徒歩7分)
 
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