ある意味ブランドの顔

ですよね。エントリーモデルって。

久方ぶりですが、このテーマは中々含蓄があって研究しがいあると勝手に感じています。

では本日も参りましょう。

例によって、良いエントリーモデルの条件を示しておきます。

1. ブランドの魅力を十分に伝えている
2. 納得感のあるコスト低減が図られている
3. 中核モデルに対して有意に安価である

グランドセイコーの例
SBGR 287 / GRAND SEIKO 


Ref:SBGR 287
ケース径:37.0mm
ケース厚:13.3mm
重量:82g
ケース素材:ステンレス・スティール
風防:サファイア・クリスタル
裏蓋:サファイア・クリスタル
ベルト素材:クロコダイル・レザー
バックル:三つ折式Dバックル
防水性:10気圧(100m)
価格:400,000万円(税抜)

現在、グランドセイコー(GS)における機械式のエントリーモデルは同価格で三つあります。

ひとつは過去にもご紹介したブレスレットタイプのSBGR 253(#44)、その文字盤カラー違い(シルバー)のSBRG 251、そして革ベルトのSBGR 287です。

エントリーが40万円からというのは、流石に国産最高クラスのブランドです。

過去のエントリー(#77)を振り返れば、オメガ(デ・ヴィル)を上回り、ロレックス(オイスター・パーペチュアル)に迫る水準ですからね。

タグホイヤー(フォーミュラ1,#90)と比べると倍以上の価格差ですから、かなりのものです。

エントリーモデルとしてはオイスター・パーペチュアルがほぼ満点の出来でしたが、このSBGR 287はどうでしょうか。


ひと言でいうなら、最高のエントリーモデルです。GSらしさを余すことなく堪能できると言って良いでしょう。

私の個人的嗜好で言えば、GSの中では普通に一二を争うレベルで好みです。

ダイアルは誰が見ても明白なGS顔。綺麗なホワイトのテキスタイル文字盤に、必殺のダイアモンドカット・インデックスと非常にシャープな針。

この文字盤は長らくGSのアイコニックなフェイスデザインとして定着しており、ダイアル仕上げに関してはエントリーモデルだからといって妥協している部分は一切ありません。

そして37.0 x 13.3mmというサイズは厚みこそ問題ですが、ケース径については、GSの現行ラインナップにおいてはこれがベストです。

ケースもGSのデザインコードに即した直線的なもので、らしさが出ています。やや厚ぼったい印象ですが、これは堅牢性との兼ね合いでしょうか。

一見地味ながら凛とした佇まいは、和の美意識に通ずるものがあります。


ミニッツマーカーは美観を損ねるので個人的には好きではないのですが、実用時計であるGSにはミニッツマーカーとデイト表示は必須という事で納得しています。

白とシルバーの単調になりがちなカラーリングに、青焼きの秒針と黒のレザーストラップを合わせることで、引き締まった印象になります。

これがシルバー文字盤に針、インデックス、ブレスレットまで全てシルバーのSBGR 251の様になると流石に淡白すぎて面白みに欠けます。

しかし、繰り返しになりますが厚さ13.3mmはダメです。特に径が大きくないので、腰高感が強調されて、装着感の悪化を招きます。

なんで(特に裏蓋が)こんなに厚いのか理解不能です。ムーブメントやケーシング技術に問題があるのかと疑ってしまいます。


型番:9S65
ベース:-
巻上方式:自動巻
直径:28.4mm
厚さ:6.00mm
振動:28,800vph
石数:35石
機能:センター3針デイト
精度:GS規格 (日差 -3/+5秒)
PR:72時間

搭載するのはCOSCを上回る精度を誇る自社製キャリバー9S65です。

高精度に加えて8振動/秒のハイビートながら72時間のパワーリザーブ(しかもシングルバレル)を備えるなど、一線級の性能を誇り、流石GSといったところです。

ヘアスプリングまで内製するセイコーの技術力は確かに凄いですが、近年はライバルのイノベーションにやや置いていかれている感も否めません。

緩急装置は昔ながらの緩急針ですし、ヘアスプリングも独自の合金SPRON610を採用しており、シリコン素材は採用していません。

また機会も厚みも、3針デイトで6.00mmというあり得ない厚さです。

セイコーの言い分としては、堅牢性確保やロングパワーリザーブのための香箱の大型化のためとの事ですが、その言い逃れもそろそろ苦しいように思います。

仕上げのレベルは、最高峰には程遠いですが、40万円なら値段なりといったところでしょうか。


GS顔を存分に堪能できるデザイン、ケースとダイアルの仕上げ、GS規格のインハウス・キャリバーとメカニカルGSの要素をほとんど全て持っている時計です。

ストラップが黒の革ベルトというのも、往年のモデルに通じるところがあって私は好きです。それでいて10気圧防水なので実用性も高いですしね。

価格低減策としては定石通り3針デイトと機能を絞っていますが、それ以外は明らかに廉価モデルという部分はありません。

かなり細かいことを言えば、文字盤のテキスタイルは上位モデルと比較すれば見劣りするとか、ラグ横にバネ棒外し用の穴が空いているとか、ありますが。

ブランド全体としては、クオーツがエントリーを担っているので、そうした面からもこのモデルが特別安価だというイメージもないです。

むしろ機械式のGSにこれ以上何を求めるのだろう?という気がするほどで、エントリーモデルとしては文句のつけようがありません。



ゼニスの例
Elite Classic / ZENITH

Ref03.2290.679/51.C700
ケース径:39.0mm
ケース厚:9.45mm
重量:-
ケース素材:ステンレス・スティール
風防:サファイア・クリスタル
裏蓋:サファイア・クリスタル
ベルト素材:アリゲーター・レザー
バックル:ピンバックル
防水性:5気圧(50m)
価格:540,000円(税抜)

本日はもう一つ、業界でも指折りの職人集団ゼニスをチェックしましょう。

ゼニスといえば何と言ってもエルプリメロのイメージが強いかと思います。それに続くのがパイロット・ウォッチでしょう。

ゼニスのエントリーモデルはそのどちらでもなく、薄型のシンプルな3針モデルのエリート・クラシックです。

このモデルは自社製3針キャリバーを搭載したベーシックなものですが、改めて見てみると、その出来の良さには感心させられます。

まず一見して非常にシンプルな外装ですが、文字盤には美しいサンレイ仕上げが施され、細身のバー・インデックスとリーフハンズのバランスも良く、非常に端正な顔です。


ボンベダイアルを採用し、針先を曲げるといった小技も抜かりありません。

そしてケースがまた絶妙な形状です。ポリッシュ仕上げのラウンドケースにストレートに近いウェッジ型のラグを配したシルエットも良いのですが、それ以上にケースサイドに丸みを持たせた懐中時計のようなラインが非常に美しいです。

この柔らかみのある形は手に取るとその良さがわかると思います。

低〜中価格帯では寸胴のケースも珍しくありませんが、このエリート・クラシックの平面の少ないケースデザインは実に白眉です。

側面をストンと落としたようなケースも勿論魅力的ですが、クラシックと銘打つなら、このような曲線美が求められると思います。


型番:Elite 679
ベース:-
巻上方式:自動巻
直径:25.6mm
厚さ:3.85mm
振動:28,800vph
石数:27石
機能:センター3針
精度:-
PR:50時間

搭載するのは自社製の3針キャリバーElite 679です。サイズ的にはETA 2892-A2に近いですが、実はETAの方が薄いです(3.60mm)。

50時間のパワーリザーブではこちらが上回りますが、スペック上はETAに対する明確な優位性は認められません。

自社製ムーブメントといえばそれだけでも素晴らしい事ではありますが、やや旧式化している点は否めません。

ジラールペルゴなんかも同じ問題を抱えており、最近では新興のノモスの自動巻の方が性能的には優れているように思えます。

しかし先日ご紹介した通りオシレーターなるオーパーツを開発する技術力があるゼニスですから、今後ベーシックな3針キャリバーをどのように進化させていくのかは興味深い所です。

<丸みのあるサイドビュー>

税抜54万円という価格は、オイスター・パーペチュアル34(税抜48万円)より高いわけなので、単純にエントリーモデルの定価で言えばゼニスロレックスより敷居が高い事になります。

そう考えると定価でエリート・クラシックを買おうという人は相応の時計好きです。SS3針革ベルトでこの価格というのは、結構なレベルですからね。

それにゼニスには他に有名モデルもありますから、このエリートは最も地味なコレクションといって間違いありません。

ただ、正直言ってこの記事を書く前はもう少し否定的なトーンになるかと思っていたのですが、想像以上にエリートは良い時計でした。

<シルバー、グレー、ブルーの3色展開>

特にケースの美しさとラグを含めたシルエットのバランスの良さは素晴らしいです。

欲を言えば、39mm径というサイズは36mmくらいにして欲しいですが。

やや旧式化しているとは言え、1994年の発表当時にバーゼルでベスト・ムーブメント・オブ・ザ・イヤーを獲得した名機エリート・キャリバーを搭載するという点も魅力のひとつです。

名門ブランド、ゼニスとなればエントリーモデルも凡百の時計な訳がありません。

中々高額ですが、それだけの理由は十分あると言えるでしょう。