夜中に回した洗濯機の中身を干すを忘れてしまっていた早朝。
子ども達と夫もまだ寝ている。
洗濯機から洗ったものを取り出し、こっそりと屋上の物干し竿のもとへ上がっていく。
これがなかなかに腰にくるんだよね。
汗をいっぱいかいた服が綺麗に洗われて、真っ白に輝くものを見るのは結構好きだったりする。
屋上のドアを開けると、雀が何羽集まって体を寄せあっていた。
大好きなお兄ちゃん達にくっついてぬくぬくしているテミンを思い出させる。
空を見上げる。
『ああ、ちょっと空が高くなったかもね。』
吹く風が爽やかだ。
暑さがない。
穏やかで静かな涼やかさ風が運んでくれる。
『秋かな、』
芋とか栗とか柿だとか、そんなものばかりが頭に思い浮かぶけれど。
早速高い空に向かって、夫の白いシャツを干して泳がせる。
まだ朝だから風も静かだけれど、きっとこの高いビルの屋上に吹く風がすぐに乾かしてくれるに違いない。
お願いだから、子どもたちの小さすぎる靴下は持っていかないでね、風さん。
靴下が片っぽしかないとね、可愛い僕のテミンが泣いちゃうから。
シャツ、靴下、パンツ…軽装なものの洗濯だけれど、子ども達は瞬間的に汗もかくし汚れまくるから洗濯物の量は年中変わらない。
どうしても汚れが落ちてくれないミンホの靴下。
袖をおしゃぶりにしてしまうテミンの服はすぐに片袖からダメになる。
ダンスレッスンで靴下の中にウェアを突っ込む夫なものだから靴下の履き口から伸びてしまう。
そんな家族の特徴のひとつひとつを洗濯物から感じてみると、それはそれでなかなか幸せな早朝だった。
そしてニットの季節が近付いてくる。
防虫は完璧にしたはず。
お気に入りのニットは何種類もあるから、僕は今年も大切に着る予定だ。
きっとテミンはミンホのものを着て、ミンホのものは夫が意気揚々とセレクトするのだろう。
もう、胸いっぱいにゴリラとかトラとかでっかい目が描いてあるシャツもニットもダメだよ。
ダセーターはすぐにネットで騒がれちゃうからね。
『んふふ、』
季節の衣服にも、それぞれ思い出が詰まっている。
どんな時に着たとか、それを着ていたことによりかけられた言葉とか。
夫とや子どもとのことなら尚更素敵だね。
でもその時はきっと何も考えてない。
もちろん夫婦や兄弟でオソロを狙った時もある。
でも、そうじゃなくて、その服を着ていた時に起きたハプニングやサプライズを思い出すんだよね。
だから僕は、衣服も割と長く着てしまう方なんだ。
『よし、次は朝ごはんか、』
干し終わった洗濯物を見渡して、洗濯物用のバスケットを持ち上げる。
屋上のドアの方へ爪先を向けた時だった。
『お久しぶりです。』
『、』
そこにいたのは、「いたりらの美少年」だった。
いや、美青年かな。
年齢がなかなかわからない。
ふわふわの金髪に、薄紫の瞳をしている。
カラコンかな。
オシャレだな。
王子様みたいだ。
『元気だった?』
得体の知れない子にそんなこと聞く僕も僕だけれど。
『はい、母さんもますますきれいで、嬉しいです。』
『、』
信じられないけれど、この子はあのテミンなのではないかという疑惑がある。
目の色はともかく、目の形や唇はまだバブってるうちのテミンの面影がある。
しかし、こうして彼から若い頃の僕に会いに来るということは、タイムスリップかなにかをしているのだろうか。
ううん、まさかね。
そんなことは多分、発明されても一生許されない気がするんだ。
だって、その瞬間に誰かの命が救われたとしても、巻き戻したりすることで、別な場所の誰かの命を落とすことになることもあるじゃない。
だからそういうものは、自然の摂理には敵わないルールって、必要だとも思うんだよね。
なんてことを考えながら、美しい男の子を前にしている僕は突っ立っているままだった。
『ちゃんと食べてる?』
そんなことしか聞けない。
だって自分の子かもしれないのだから。
そんなことが1番気になる。
食べることもままならない生活は、絶対にさせたくない。
親として。
『はい、僕は作るのが苦手だから、大人になっても母さんの作る料理に頼ってしまいます。』
そうか。
じゃあ大きくなっても、僕とユンホの近くにいてくれるんだね。
安心した。
『ミノは元気?』
そういえば、未来のミンホは僕達に逢いに来てくれないんだね。
ふふ。
『はい、ミノヨンは小さい頃から何も変わりません。だから僕も、何も変わってないかもしれません。』
『ふふ、いいの、それで。それが1番僕とユンホが喜ぶことだもの。』
『そうですか?』
『そう、そうなの。』
『ふふ、母さんも全然変わってないです。若々しくて、綺麗で、それから、とても可愛らしいです。』
『50にもなる僕にそれはどうだろう。』
『いいえ、本当にそうなんです、父さんはますますかっこいいですし、母さんも同じように変わらずふたりでいい若さを保っているというか、』
『ああ、なるほど、』
『はい。』
にこにこと微笑む笑顔は、やはりテミンそのものに違いない。
可愛いなあ。
こんな大人がいたら、誰でも心を許してしまいそうになるんじゃないかな。
心配したり、可愛がったり、お節介したくなったり。
あとはやっぱり、この笑顔の輝きに照れてしまって目が離せなくなるんじゃないかな。
この子がテミンそのものだとしたら、なんて罪深い天使を産んでしまったのだろう。
『ねえ、あなたは今、いくつになったの?』
『んん、秘密です。』
肩を竦めて悪戯っぽく笑っても、やっぱりこの子は天使だと思うの。
『でも、大人になることができました。』
『うん、』
腕が伸びてくる。
僕を抱き締めて、大人になっても小さな手のひらが僕の背中を掴む。
『それは、父さんや母さんと、ミノヨンのおかげです。』
『そう、ありがとう。ねえ、お友達はできた?』
胸に預けてくるふわふわの金髪。
ああ、でもよく見ると傷んでいるね。
パパと同じ色の狼の耳も立派になったね。
『はい。あの頃から、みんな変わりません。』
あの頃。
きっと、まだお兄ちゃんといっしょに団子になって眠っている今のテミンのことを言っているのだろう。
この頃から変わらない友情が、あってくれているということかな。
よかった。
僕はそれだけで、もう満足だった。
だからあの幼稚園に入れて良かったと思える。
それが多分ね、人と人の繋がり。
その機会をとても良い形で提供してくれるのが、あの幼稚園と、あの教員たちだ。
『ああ、母さんはとてもいいにおいがします。』
『ふふ、寝起きのままのシャツだよ。』
『いいの、それが、いいんです。』
その声はまるで恋しかったみたいに感じてしまうから、我が子に向かってときめいてしまう。
若い子と不倫をする瞬間て、こういう時なのかな。
『ねえテミナ、』
『はい、』
逆側の頬を預けて目を閉じて答える。
『父さんと母さんは、あなた達に間違った未来を与えていないかな?』
こんなことを聞くべきではないと思う。
親としてきっと反則行為だ。
テミンが顔を上げる。
白髪に近い金髪を揺らして首を横に振る。
『いいえ。父さんと母さんが作ってくれた僕が生きていくためのステージは、誰にも汚されていません。』
『、』
『父さんと母さんやミノヨンが与え続けてくれたもので、僕は自分で何かを選び、決めることができています。』
『そう…、うん、よかった。』
それはユンホが聞いたら、泣いてしまうほどに喜ぶだろう。
僕だって今、とても泣きたい。
『母さん、僕はあなたのようにはなれない。けれど、僕はこの世で1番大切なのものをたくさん見つけることが出来ました。』
1番なのにたくさんあるのか。
この子らしいと言うべきか。
しかし、僕のようになれないとは、どういう意味なのかな。
『1番大切なものたちの、1番を選ぶことは難しいです。』
『ああ、うん、そうだね。』
それならよく分かる。
例えば、ユンホ。
僕の何にもかえられない大切以上のものだ。
それから子ども達。
これは僕の命をかけて守らなくてはいけない。
そしてファンと、僕達のために働いてくれる人達。
かけがえのない数少ない友人達。
ああ、そうか。
この子は大人になって、それらをきっと見つけることが出来たんだね。
そういうものに囲まれて、生きることが出来ているんだね。
それで十分。
それが僕の、この子へ対する1番の幸福。
『母さん、大好きです、愛しています。』
『うん、愛してるよ、テミナ。』
『今度は、僕とミノヨンがあなたと父さんを、きっと幸せにしますから。』
『、』
そう言って、胸の中にいた美青年はゆっくりと微笑んだ。
風が吹く。
物干し竿が軋む程の、強い風。
思わずテミンの体を抱き寄せようとした。
『、』
いない。
消えた。
突風で目を瞑った瞬間に、あの子はいってしまった。
未来の自分が生きる場所へ。
多分ね。
それとも、パパの夢の中に出てきてくれているのかな。
『…、ふふ、』
笑ったら、泣いていた。
ちょっと涙が止まりそうにないから、せっかく洗った洗濯物に、顔を押し付けて涙を拭いた。
風に揺れる、小さな靴下。
それに少し触れてみて、それから僕は屋上を後にしたのだった。
終わり(δvδ)♡
にほんブログ村