ラブアンドペディグリー10(U) | Fragment

Fragment

ホミンを色んな仕事させながら恋愛させてます。
食べてるホミンちゃん書いてるのが趣味です。
未成年者のお客様の閲覧はご遠慮ください。

全てを奪って、全てを壊して、ふたりだけの何かを見つけたくなる欲求。
どうしても、起きている間の弟とキスをしているとそんなふうに思えてしまう。
危険だ。
懸命に離れようとしている自我が負けてしまう。

けれど、そんな俺をあるべき現実に戻してくれるのが、やはり家族だ。
一緒に住む両親である。

キスをしている間に両親が戻ってくる音がして、自然と互いの体は離れていった。

皮肉なものだ。
傷つけたくない、嫌われたくないと思って離れようとしていた人達に、現実に戻されて安心するんだ。

『これから兄さんと出かけてくるね、夜には戻るよ。』

強引だな。
それはいつもの俺か。
いつの間にか逆転している捻れた兄弟関係。

両親の前でも繋がれた手。
交わることがなかった、別々の血が流れている手。
ここにいる俺だけが違う血を持って生きている。
そこに負い目を感じたことはないが、違ってしまったことで抱いてしまった感情があることに、大きな迷いを持つようになってしまった。

血が繋がらないから、弟を意識してしまった。
血が繋がらないから、弟を愛してしまった。

これできちんと同じ血を流して生きたのであれば、兄弟である事実は変わらないことを理由に、潔く離れて自分の人生を歩めたかもしれない。

例え嫌われたとしても、同じ血が流れていれば、またどこかで交われるのではないかも思えるのだろうから。
だから今の俺は、嫌われてしまえば、全てが終わってしまう恐怖に埋め尽くされている。
両親の息子として、長男として立派に生きてきたつもりだったのに、今となってはこんな臆病で小さな人間に成り下がってしまった。

そんな自分を終わりにしたい。
けれど、この家族から離れられるほど、強くないのだとも理解している。

大人になってから気付いたこと。

それは、己のなかの弱い自分が、ここまで大きく育ってしまっていたということ。









大きなスポーツ用品店に行って、ランニングウェア等を見て回った。
シューズぐらい好みが別れてもいいはずなのに、ウェアもシューズも結局同じものの色違いを購入していた。
ジムで泳げるように、水着を見て回った。
着衣部分が極めて少ないようなものを見て笑い、自分の腰にそれらを当ててまた笑ってみたり。
そのくだらないことで笑える瞬間というのは昔から変わらないようだ。

そういう関係だけで、そういう感情だけで居られたら幸せだったのだろうか。
そうかもしれない。
大人になってもそういう関係で自立した兄弟をひていたら、両親にとってはこの上ない幸せな光景を与えられたのだろう。

両親にはそういう幸福を与えてやれる長男でいたい。
けれど、愛してしまった弟から離れることはそれ以上に難しかった。
自分のなかにある、弟への執着の大きさに驚くばかりのこれまでだった。

『兄さん、コーヒー飲みに行こう。飲みながらジム決めよう。』

『ああ、うん。』

歩きながら顔を覗き込まれる。

『…、乗り気じゃない?』

『いや、そんなことはないけど、』

『けど?』

エレベーターの前に着き、上の階へのボタンを押す。
屋上の駐車場に向かう為だ。

『…、やっぱり家を出る考えは残っているから。』

『…、』

覗き込む顔が曇り、後方の見えない角度へと消えた。
振り返る勇気はなかった。

『、』

手に触れる、弟の手。
その手が握られる。
エレベーターが開き、大きの人が出てくる。
繋いだままの手で中へ入り、出た分と同じ数の人が乗る。
手を繋いでいようがいまいが、そんなこと全く分からないほどの混雑さになった。
それはまるで、俺の頭のなかのようだなんて、静かに動くエレベーターのなかで思ったものだった。

屋上で降りたのは俺と家族連れの2組だけだった。
家族連れは反対方向へ消え、屋根がある薄暗い駐車場を歩く。
勿論手は、繋いだまま。

『兄さん、』

弟が足を止めた。
振り返る。
薄暗い中、弟の白い眼球が美しく際立っていた。

『どうした、』

眼球の白い部分が四角く歪む。

『…、兄さんは誰にも渡さない。』

『、』

それは、俺がこの弟に言い放ってやりたかった言葉だった。

眼球の白い部分の角が増す。
薄暗いなかで、目、頬、唇、首筋、それらがとても鋭利に輝いて見えた。
強くて恐ろしくて鋭い美しさを感じた。
今までの弟には、感じなかった美しさ。

そしてふっと、白く光る眼球の形が和らいだ。

『…、置いていかないで。』

『…、』

弟の体がふらりと動く。
俺の方に近づいて、頭を撓垂れさせて押し付けてきた。
肩に弟の頭が乗る。
互いの両手には荷物がある。
頭と肩だけが互いを支え合っていた。

『子どものままだって、笑われてもいいんだ、僕は。』

他人に笑われるなら別にいいんだ、俺だって。
だけど、両親に悲しまれることと、弟や両親を悲しませる結果になることが怖いんだ。
それでも、こうして体を寄せてくる弟の声も体も愛おしいと思ってしまう。
感じてしまう。
それが俺の弱さ。
克服できない大きな弱さ。

黙ったまま見つめあって、結局俺の方から唇を重ねる。
それに満足したように弟は大袈裟に笑うから、俺の意思なんて瞬間的にとても小さな姿になってしまうのだ。

子どものままでいられたら、どれだけよかっただろう。
育ててくれた両親が俺だけに教えてくれた、俺を引き取った理由。
それすらも、俺たちが子どものままでいられたら、考えずに済んだことだ。
大人になるから、自分の幸せと並行して、誰かの幸せを用意しなくてはいけないこともある。
その役目が自分にあるのだと悟ったのは、大人になる前だった。
弟を愛してしまったのも、大人になる前からだった。
そんなこと、並行して覚えなくてよかったのに。

『チャン、』

名前を呼ぶと、肩が僅かに動いた。

『俺が子どものままでは、誰かを幸せにしてやれない。』

『…、』

『俺が…、』

『うん、』

『このままでは、この家に来た意味がなくなってしまいそうで、怖いんだ。』

『…意味?』

間近にある眼球の白さが際立つように光った。

『僕は幸せにして貰えないの?』

なんてことを言うのだ、この弟は。
驚いた。

『僕という弟を、幸せにして欲しい。』

目眩がしそうだ。
いや、している。
世界が揺れてしまっているのか、俺の体が揺れているのか。
俺の心が揺れているんだ。

『誰かって、誰?誰のことを幸せにしてやれなくて、誰のことを幸せにしてあげたいの、』

『…、』

俺は取り戻さなくてはいけない。
ここまで真っ直ぐ両親への恩や情を返す為に生きてきたのだ。
初心に戻らなくてはいけない。
完徹していた俺を、取り戻さなくてはいけない。
それが本来の俺の姿にすべきなんだ。

なんだか肉体が呼吸をできない時に見ている夢の中のようだ。
息が出来なくて藻掻く。
体が動かない、目を覚ますことができない。
意識ははっきりとしているのに。
まさにそんな状況だった。
声にして答えを突きつけてやることが出来ないでいる。
ただ苦しい。

『兄さん、』

俺が動けないでいるというのに、弟はまたひとり勝手に体を動かしている。
目を覗いて、唇を締めて重ねてくる。

『、』

それまでの苦しさが、与えられた口付けにより解放される。

『僕が兄さんを幸せにしてあげる。』

魔法の言葉。
いや、呪文。
俺を呪う為の、破滅の言葉。

『僕たちは、兄弟で幸せになればいいんだよ。』

そう願っていたことは、破滅を意味するんだと理解してしまった大人の自分。
だから身を引いて、この家族を滅びから免れることを選ぼうとしているのに、この弟は甘い口付けでそれをさせてくれない。

舌が音を立てて引いていく。

『俺が、』

やっと息が吸えた。
やっと声を出すことができた。

『…俺は、あのふたりを幸せにしてやりたい。』

『ふたり?父さんと母さん?』

ひとつ頷くのもやっとだった。
それほどに、この弟の視線も声も俺を呪い続けてくる大きな力でしかなかった。
歯を食いしばりながら声にしているような気分だ。

『そうでなければ、俺が、この家に来た意味も、俺がお前の兄貴をしてることにも、意味がなくなるから。』

『、』

薄闇を切るような、車のライトがさっと走る。
俺とチャンミンは我に返ったようにして体を離し、自分達の車へと足を向けた。
その間は、弟が声を出すことはなかった。
眼球を開いたまま、表情を止めている。

弟の手から荷物をむしり取り、後部座席に転がす。
立ち尽くしている弟の体を助手席に押し込み、車を出す準備をした。

『兄さん、』

『うん?』

シートベルトを締めて、エンジンをかけた時だった。

『父さんと母さんの幸せって、何?』

『…、』

弟にシートベルトを締めるように促し、掴ませて強引に装着させた。

『…、俺とお前の実家からの独立。それと、孫を抱かせてやることだ。』

『、』

やっと言葉にできた気がした。
やっと自分がすべきことを愛する弟には伝えられた気がした。
安堵感があるのだと思っていた。
伝えることが出来ないから不安になっていたんだと思った。

けれど違った。

言葉にしたら、虚しかった。
とてもとても、胃も胸も苦しかった。

でもそれこそが、俺が貰われた意味であり、チャンミンが生まれてきた意味になるんだ。
その未来を実現させてこそ、俺たちが兄弟として育った意味になるんだよ。

多分。

声にしてみて、それが霞んだものに感じてしまった気がする。
そんなことは、自分の本心ではないんだと、瞬間的に察してしまった。

でも。

それを本心にしなくてはいけない。
これまでの自分の生き方が、全て無駄になってしまうのだから。
俺がこの家族の一員になった意味がなくなってしまう。
それだけは嫌だった。

『…兄さん、』

力のない声。
隣を見ると、いつもの美しい横顔があった。
薄闇のなかで、鼻筋が輝いている。

『どうして、孫を抱かせてやらなくちゃいけないの、』

『…、そんなこと、普通に考えてわかるだろ、』

そして俺とチャンミンには、更に重ねる理由があるのだが。

『わからない、…、』

被りを振って歯を食いしばる。
目をきつく閉じて、更に激しく頭を振った。

わからないかもしれない。
俺が思う、本当の理由を弟は知らないのだから。
知らなくていい。
知らないまま、納得してくれるなら有難いのだが、この弟はきっとそうもいかないのだろう。

兄として、教えてやらなくてはいけないことになるのかな。

『知りたいか?』

弟の首が動く。
両目が俺を捕らえる。
エンジンをかけたまま。
パーキングからドライブにチェンジできないままでいる。

『俺が貰われたのは、父さんと母さんに、子どもが出来なかったからだ。』

『、』

フットブレーキを解除した。
ブレーキを踏んだまま、ドライブにする。
ミラーで後方を見て、車を出す。
弟は黙ったままだった。

『でも、その後にお前を授かることができた。』

薄暗い屋上駐車場を抜ける。

『そんな人たちから、やっと授かることができたお前を奪う訳にはいかないんだ。』

『でも、』

何度も螺旋するように階下へと車を走らせる。
だから弟の顔は見えなかった。

『お前は、父さんと母さんに、孫を抱かせてやるべきなんだ。』

案外、真意でなかったものが、真意になったりするのかもしれない。

『血の繋がりって、誰かの苦悩も苦労もあるんだなって、今になってようやくそう思えるようになったんだ。』

声にしたことで、初めて認識出来たというべきか。

『授かることに苦労したひとが、自分の子どもが家庭を持って、更に新しい命を繋いでくれていたとしたら、どれ程喜んでくれるだろう。俺は、そう思う。』

俺がしてやれないことだ。
同じ血が通っている、チャンミンにしかできないことだ。

『そんなの、』

声が震えている。

『そんなのっ…、』

異論も反論も受け付ける。
けれど俺は、きっと自分の答えを曲げないと思う。
だから、今のうちに目を覚まして欲しい。

俺も、お前も。

目を覚ますべきなんだ。

きちんと呼吸をして、空を見て、歩いていくべきなんだ。




結局弟は、反論の言葉は何も言わなかった。

そのまま帰宅をした。
帰宅をしても、互いに自分の部屋に引きこもるだけだった。

蛍光灯に自分の手のひらを翳す。
指の間から白熱灯の光が漏れる。

掴むことができない光。

それは自分自身で線を引いた先にある、両親と弟という眩しい家族の姿のようだ。
俺では踏み込めない、家族の領域。

血の流れというのは、それほどに大きいものなのだと思った午後だった。














(´;J ;`)メッソリ
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