ラブアンドバディ3(CM) | Fragment

Fragment

ホミンを色んな仕事させながら恋愛させてます。
食べてるホミンちゃん書いてるのが趣味です。
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力強い握手。
喜ぶ唇。
輝く瞳。

それらはきっと良い方の男らしさなのだろう。
自分もこんなふうに誰かを力強く見つめることが出来たのなら、本物の男性になれるのだろうか。
そうだとしたら、今の僕はやはり対極にいる気がしてならない。
かと言って、その対極が女性でもなく、悪い方の男らしさでもない。
結局のところ、僕は何者でもない。
そういうことだ。

作った体の中身は、空っぽでしかない。

それでもあの人の手を取ったのは、男性として良いところを持っているであろうという彼から何か得られるのではないかと期待した自分がいたからだ。
得られる前に、ジェンダーであることが知られてしまうかもしれない。
怖い。
けれど、僕は元々何も持っていない。
失うものはもっとない。
きっとあのジムという居場所がなくなるだけだ。
その程度の傷で済んで、良い男性というものを少しでも知ることが出来たらいいではないか。
そう思う。

良くない意味での男らしさとは、今で言うハラスメントに繋がるものだったり、犯罪者を生んでしまう要素でもある。
肉体的な攻撃力を持て余しているために、世の中に暴力という名の行為で自分の名前を刻もうとする。
これはきっと僕達人間が人間のままであるうちは無くならないことなのだろう。

男が作り上げてきた社会もそう。
そこで女性が生きていくことは難しく、努力と才能を持ってしても男性以上の地位は得られない。
誰もが当たり前だと思って接してきたがゆえに、そういう社会を継続させてしまっている。
苦しんでいる人がいると分かりつつも、無くならないし解決しない問題なのだろう。
ようやく女性が生きる力強さというものに気づいた人や広げようとする人が現れてきた。
けれど発言力が必要な場であればあるほど、まだまだそれらの声は淘汰されてしまう。
僕には女性の強さも痛みもわからない。
けれど肉体的な非力さはよくわかる。
その物理的な力の差が当たり前のように、男女の役割が生じている。
生殖機能の関係で繁栄することに関してはどうしようもない。
けれど、生まれたその時から人は沢山の選べるものがあって、当たり前のように選択肢に入れないものも沢山ある。
誰もが選ばないものを選択肢に入れようと思った人、誰もが選ばないものを手にした人は一体何に属して生きていけるのだろう。
そして選べるものが限りなく少ない人は、残った選択肢でどれ程自分を強く持ち続けられるのだろう。
女性が多い職場を選び、そこに甘えている自分はきっと男社会では生きられない。

そこであの人で考えてみることにした。
彼が悪い方の男性だとしたら、きっとあんなふうに笑わない。
凄くよく分かるんだ。
自分が上手く笑えないから、あんなふうに笑うことができる人は、きっと自分の中身が空っぽなんかじゃない。
僕のように何も持っていなくて怯えているような人じゃない。
その怯えを暴力に変えてしまう人ではないだろう。
殴り合いのスリリングを楽しむ趣味はあったとしても。
名前ぐらいしか知らない。
けれど、僕がジェンダーの事実を明かさないままであれば、きっと彼は僕に新しい趣味をみつけさせようとお節介を焼き続けるのだろう。

そんなわけで、僕はあの人を「良い方の男性」と仮定したのだった。

彼は唐突で大胆な言葉を放つ。
それが良い方の男らしさだとしたら、僕は何も発信することが出来ず、何も決めることができない悪い方の男ということになるのだろうか。
母親や同級生だった女子生徒、それから職場の女性達。
彼女達はきっと自分を女性だと考えたことも無い程に生まれながらに女性としてしか生きていないのだとも思う。
それはトレーナーのあの人も同じ。
自分の性に迷うことなく生きてきたと思う。
大半がそうであって、生まれた時に与えられていた性を、当たり前のこととして生きている。
男性だから自然に放つことができる言葉があったり、女性だから決めて当たり前の選択をしてきたのだろう。

誰もが人生に迷いながら生きているのだとは思う。
大きいことから、小さいことまでを生涯迷い続けて生きるのだろう。
けれど、それら以前に、自分の性で悩む必要がない人がほとんどだと思う。
完成された自分の性を問題にする必要がない人と比べて、自分の性について悩む人には悩む部分が一歩も二歩も出遅れてしまっているのではないかも思う。
他のジェンダーの人はわからない。
僕自身はそう感じている。
生まれ変わる前はマイナスの位置。
生まれ変わってやっとゼロの位置に来た。
けれどゼロからイチへなかなか進まない。

僕には、ゼロからイチへのハードルが高すぎた。

あの人は、自分の位置をどんな風に捉えているのだろう。
自分の人生の見つけ方を、彼はいつ頃知ったのだろう。






彼と連絡先を交換した。
誰もが使っているようなSNSのIDを教えあって、その日のうちにやりとりをした。
そして直ぐに彼が主催して運営しているダンススクールのホームページのアドレスが添付されてきた。
彼のように逞しい体を持った若い男達がメインのスクールのようだ。
スクールというより、チームとして活動しているようにも見えた。
彼らはいくつもの賞を取り、時折プロのアーティストのバックで踊る仕事もしているそうだ。
まだ彼らと何かをするとも決めていないが、明らかに僕が知らない世界で生きる男性達だった。
そこに興味はある。
けれど、皆若いうちからその道に励んで来たのだろう。
彼らより歳を取っているのではないかと思われる自分に、一体何が出来るのだろう。
出来なくてもいい。
何かを知ることが出来ればそれでいいと思う事にする。
良い方の男らしさを学ぶことが出来たら大成功だろう。

それから、ジム以外でジョギングをする時の走り方や、自室でできるトレーニングの方法などが送られてきた。
これが顧客を繋いでおくスキルなのだろうか。

ジムで働き、ダンススクールを運営し、顧客に連絡をする。
一体いつ食べて寝ているのだろうか。
僕にはひとつも真似出来ない生き方だ。

朝起きた時。
昼休み。
退勤時。
ジムから帰宅した時。
寝る前。
そんなタイミングで彼らかメッセージが届くのだった。
物好きな人だ。

「おはよう!」
「おつかれ!」
「今日は来る?」
「また明日!」
「おやすみ!」

メッセージが届く度、そんな挨拶を必ずつけてくる。
これから会う人に、毎日同じような挨拶を送ってくる。
それから彼は、僕の休みの日を尋ねてきた。
不定期な休みだから、直近の休日を伝えると、その日はジムではなく自分のダンススクールに来ないかと言ってきた。
男性ばかりのスクールに行って、僕はまともな態度で居られるのかが不安だった。
けれど、あの日彼の手を取ったのは僕だ。
僕にとっては大きな変化と、大きな選択だった。
だから彼が誘ってくれるのであれば、僕が訪ねていかねばならない。
そうだ、僕がジムへ通うと決めたことと同じなのだ。
自分の体を作るため、世の中に溶け込むために選んだこと。
それと何ら変わりないではないか。
そう言い聞かせて、僕はジムへ行く時と同じような荷物と格好で、スクールがある最寄り駅に向かった。

『チャンミン!』

ひとつしかない改札を出ると、白いパーカーに黒のアウターを羽織った姿の彼がいた。
握手を求めて僕の偽物の筋肉を抱き寄せる。
ハグをして、2度3度背中を叩く。
昨夜もジムで顔を合わせたばかりなのに、この喜び方に関しては僕は未知のものでしか無かった。
人懐こいとは、こういうことを言うのだろうか。
すると彼の他にももうひとり男性がいた。
よくよく見ると彼と同じ格好をしている。
同じロゴが入ったパーカーとアウターということは、このダンススクールのものなのだろう。
そのもうひとりの男性も、僕に握手を求めて笑顔を見せてくれた。
僕と彼よりも10センチ程身長は低いだろうか。
顔はどちらかというと、それこそボクシングをしているようなタイプの顔だった。

『お待たせしました、』

やっとそう言うと、ふたりは同じタイミングで首を横に振り、僕達は彼らのダンススクールへと向かった。
道中ふたりは僕に様々な質問をした。
どのような音楽を聴くのか、どんな食事をしているのか、ダンスには興味があるのか。
音楽も食事もそれなりに答えられるのだが、ダンスをしているふたりに対して「興味がない」とは露骨に言えず、「見るのも初めてだ」と答えるのが精一杯だった。

着いた場所は雑居ビルの2階だった。
鏡張りの部屋で、防音室にもなっているそうだ。
部屋の隅に荷物がごちゃごちゃと寄せられており、着替えもレッスンもこの部屋だけで行っているようだ。
運動部の片付けが出来ていない部室を思わせる。
そして更衣室がないのはなんとも心許ない。
いや、かなり危険だ。

この日ダンススクールに居たのは僕以外で7人だった。
全部で9人の20代から30代の男性で活動しているらしい。
それぞれが自己紹介と握手をしてくれるなか、僕はこの部屋にいる男性の顔をそれとなく眺めていた。
何となくという直感なのだが、彼らとユンホには違いがある気がした。
その違いがなんなのかまではわからないが、身体的な物で言えばその他のメンバーがみんなボクサータイプの顔だということぐらいか。
それ程に、ユンホが長身で整った顔が映えてしまっているのだ。
浮いているとも言える。

ユンホは仲間達に僕との出会いの経緯を話し、僕は僕で彼らに挨拶をする。
みんなが握手を求めてくるので、ひとりひとりも交わすことになった。
男性とはこんなにも握手を求めるものなのか。
手のひらからは、働く男性特有の乾きを感じた。
各自仕事は他に持っていて、可能な時間にこうして集まっているのだろう。
メンバーが足りないのにも納得出来る。
ユンホの手のひらはまだウェットなようにも思えた。

そして自分の手のひらを見ても、なんとも頼りないものでしかない。

ユンホと一緒に駅まで同行した男が準備運動であるストレッチを始めた。
互いの筋や筋肉を伸ばすのを手伝っている脇で、別な男が音楽を流す。
それまで僕やメンバー同士で雑談していたが、ひとりふたりと立ち上がり、部屋の真ん中に集まりだしていた。
鏡に向かってそれぞれのポジションに着いたようだ。
その並びを見た時、僕は不思議な違和感を覚えたのだった。
このフォーメーションには、何かが足りない。
そんなふうに思った。
ダンスの知識なんて何ひとつ知らないのに、まだ踊ってもいない状態で何かが足りないと感じた。
音楽が切り替わる。
ここからが踊るための音楽のようだ。
僕には誰の曲なのかはわからない。

ユンホを取り囲むように他のメンバーがユンホを境に左右に向かい合うようにしゃがんでいる。
彼らのスタートの姿は、まるで額縁やフレーム。
ユンホが立ち上がると、彼は正面ではなく横を向いていた。
やはり、何かがおかしい。
彼の足元で微動だにしていなかった額縁のような彼らが動く。
動いたのは手の指だけ。
ユンホは横を向いてひとりだけ違う動きをしている。
何かがおかしい。
何かが足りない。
そして彼は足りない何かを見つめている。

『、』

彼は拳を口元に運び、上を向き、もう片方の手を天に向けて伸ばした。
僕から見ると、彼の拳が添えられた唇から息吹のようなものを、もう片方の手で現しているようにも見えた。
指の動きひとつひとつがとても美しい。
陳腐な表現しか僕にはできないけれど。
指先の動きでこの「絵」から感じられる息吹を現しているのだろうか。
それから他のメンバーが横一列に広がるように間隔を取った。
ユンホが膝をついてしゃがむ。

『あ、』

思わず声が出てしまった。
彼らは一列になってユンホに向かって腕を繋げるように伸ばし、一番ユンホに近い人が彼の背中に腕を接続させるように突き出す。
そしてユンホの顎は高く上がり、生命を吹き込まれる何かに見えた。

そこで彼らは演技を終えてしまった。
ほんの一瞬の演技だった。

みんなが一斉に僕を見る。

『どう?』

『え?』

なんとも間抜けな返ししかできない。

『見てみて、どうだった?』

彼らは自然な表情に戻り、僕を囲むように集まってくる。
無知で素人の僕に意見を求めても何も得られないだろう。

『なんでもいい、感じたまま言ってくれていいんだ。』

感じたままと言っても、足りないと感じたものは、よくよく考えれば今日は来ていないメンバーが居るので当然のことだ。
表現に関して僕が何かを言えるものではない。

『…、あの、あとのふたりがどこで踊るのかなとは、気になって、』

物凄く遠回りにそんなふうに聞くことしかできない。
するとユンホの表情が明るくなった。
ここで何故嬉しそうな顔するのかもわからない。

『今日来てないふたりは、俺の後ろにふたりだよ。』

そう返したのは、ユンホが立っていた場所と逆側でしゃがんでいた列の2番目にいた男だった。
つまり、額縁のように凹凸を見せてしゃがんでいたものが対になるようだ。

対になる。

『あの、』

それでは、やはり足りない気がする。

『うん、』

ユンホが期待するような目をして僕を見た。
そして僕がこれらから言おうとしている事に対して、既に頷いているようにも思えた。

『本当はもうひとり、足りないんじゃないかって、』

すると周りの男達が、感心の低い声を上げながら拍手をしてきた。
ここに集まった人達はみんなノリがいいのだろうか。
そして僕が言ったことは、当たったのだろうか。

『さすがチャンミン、さすが俺が見込んだ男。』

男。

他人から「男」と呼ばれることに感じる違和感。

僕は結局、女性でしかなかったのだろうか。

ううん、そうじゃない。

(女性にもなれなかった。)

そうじゃないと、思いたい。
違う。
僕は生まれた時から男だ。
心は。
でも、違和感が残る。

それはきっと、自信が持てない現れ。

ひとりが言った。

『ユノとツートップで踊ってたやつが辞めちゃって、困ってたんだ。』

また別な男が言った。

『長く強く一緒にやれるメンバーを探してる。』

それで?と問いたかった。
僕はいよいよ場違いだ。

『俺はチャンミンとなら、みんなでいいものが作れるんじゃないかなって、思ったんだ。』

買い被り以上に、見当違いだ。
きっと経験者から見つけるべきだし、僕は知識も経験も根性もない。

でも。

『そのうち分かると思うけど、俺たちじゃダメなんだ。』

何がどう違うの。
あなた達でダメなものを、僕がどうにかできるはずが無い。

『俺もすごくいいと思うな、ピタッとハマる感じがする。』

また誰かがそんなことを言う。
僕はこんなふうに、誰かに引き止められたことがあっただろうか。

『俺たちの身長じゃまず足りない。』

誰かが言ったことに僕以外の全員が笑う。

『チャンミン、』

『、』

ユンホが僕を見る。
多分、期待の目で。
やめて欲しい。
僕は誰かにそんな目を向けられることに慣れていない。

でも。

『少しだけ、俺たちと一緒にいてみてくれないかな。』

そこは踊れって言わないんだね。
居ろって言うんだね。
そんなふうに言ってはいけない。
だって、僕は誰かに必要とされたことがない。

『最初はチャンミンが感じたことを、俺達に伝えてくれるだけでいい。』

僕のコミュニケーション能力のなさを知らないからそんなことが言えるのだ。

『お試し期間。』

『え?』

ユンホが言った。
真っ直ぐと僕を見つめながら。
ああ、僕の正体を見透かされそうだ。

『返品不可だけど!』

『え?』

誰かが言ったら、誰かが笑った。
ユンホが笑った。
男達が笑っている。

僕は、こんなふうに同性となった人達と一緒に時間を過ごしたことがなかった。
避けてきた。
怖かったから。
偽物だとバレることが、怖かったから。
けれど彼らは(まだ僕の正体を知らないこともあるけれど)握手をして、ハグをして、笑いあっている。

『俺たちの仲間になって欲しい。』

まるでそれは、何かのゲームの主人公が言うような台詞だった。
でもその台詞が僕の生まれ変わった人生のなかに用意されているものだなんて思いもしなかった。
僕には手に入らないものだということを、僕自身が当たり前にしていたかのように。

あの日差し出された彼の手のひら。
そして今日の言葉。

どうせ終わりが来るのなら、少しぐらい誰かと何かを共にすることを体験してもいいのかな。

そんなふうに、後ろ向きな期待を持ったのも初めてだった。





イエスとは言えなかった。

けれど、彼らを前にして、断る言葉も出なかった僕なのだった。













続く


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