このことは何十年も前から知られていた。北公次が有名だ。

 

闇深く罪深いのは

 

「世の大人たちは爺のレイプ行為を非難するどころか、共に沈黙することで協力をしてきた」

 

ことであり、それを告発すべき立場であった筈のマスコミが寧ろ主導してきたという事実に加え

「実の親」ですらジジイの性癖を「全く知らないワケではなかったろう」ってことだ。

 

 

多くの大人たちが

「恐らくそうだろう」と気付きながら

強大な権力を持つこのモンスターを作り上げてしまった。それが

それぞれの「我欲」の上に少年たちの性が踏みにじられてきたことへ

誰一人制止しようとすらしてこなかったって事実。

 

マスコミの善人面がなんとも清々しい。

 

マスコミは自分達の利益のために、少年の性を間接的に売買してきたのだ。

それは個々の事情であるとはいえ、

「親だって知ってたろうがよ」

といった空気を私は感じていた。であるからこそ私にとって彼らは

「社会から見捨てられた子」なのだ。絶望しか無かったろうよ。

エンジェルスには勝利に対する哲学ってもんが無いんだ。

今シーズンのオークランドがまさにそうだが、

「すべてのチームが同じ熱量で勝利を目指している」といった前提が間違っているばかりか

球団経営を放置し、時間が過ぎるのを待ちさえすれば

MLBを通じ分配金は入ってくるし、若手もある程度は育つ。

順位が下がればドラフトの指名権で上位選手との交渉権も獲得できる。その一方で

どんなに贅沢税を払ってでも「勝つことこそ命題」と考えるチームや「ビジネス効果」を追求する

チームもある。決して高額な補強をせずとも「その他手段を講じて強くあるべき」と

日本人的には「真っ当な形」と思われるチームだって。レイズ、ブレーブス、アストロスなど。

じゃあエンジェルスは?

「人気マスコットを配置した遊園地」なのだと私は思う。

フロントは勝つために何でもするわけじゃなく、選手たちの振る舞いもギスギスしたものではない。

「楽しく野球をして勝ったり、人気選手のHRが見られたら嬉しいよね」って場所であって

そのことこそが勝てない理由だと思っている。

 

 

横浜にバウワーが来た。

味方守備の凡プレーに吠えた。絶叫だった。

「優勝するチームのプレーではない」と試合後に語った。

しかし、ベンチへ戻った彼は誰より選手を鼓舞した。

同じことがヤンキースで起きればコールは味方野手に怒鳴り散らしたろうし

事実そうした場面を過去に見てきたし、一昨年だったかメッツのリンドーアベンチ裏で

言い争いを起こした。ブレーブスはベンチが怠慢プレーを輸さない。懲罰も行えば呼びつけて説教もする。

エンジェルスでは精々スアレスの件くらいのもので

「チームメイト同士」が「チームのためにぶつかり合う」ことは無い

くしくも大谷自身がそう言ったように

「したくてエラーしているわけじゃないのだから」と庇うこと「しか」しない。

 

私だってレンヒーホの大変さに理解を示すことは十分にできる。

セカンドショートを中心とした内野のユーティリティープレイヤーである彼が外野や

決して得意とは言えないサードを任されることのしんどさはある。ポジションごとに打球の質も違うし

フェンスまでの距離、照明や太陽光が時間により視界に影響を齎すことも知っている。

それでも

「このケースならまずは何を優先すべきか?」といった準備ができていないばかりか

共通意識すら見られない(レンヒーホはまだマシと言えるかもしれない)。

バントや進塁打すら打てず、質の低い守備を繰り返す。

要は

「ベースボールIQが低い」のだ。それを支えているのが育成下部組織でありベンチだ。

分かっていないのだからいちいち確認し要求してあげずに自主性に任せると

一つ先の塁を、アウトを、ボール判定を奪えないことがやがて敗戦に繋がることを

いつまでたっても理解できない。

 

 

昨年は私の好きなマーシュとシンダーガードがフィラデルフィアへトレードされた。

両名ともに八月以降移籍先で大活躍した。

エンジェルスは大きな間違いを犯しているわけではない。

チーム自体に「勝利する覚悟が無い」のだ。

 

 

 

 

「優しい世界」

 

データや選手個人への評価がそうさせることは十分に理解できる。

指示がなければ平気で凡退してくる

根本的に「打撃、ホームラン偏重文化である」ことは過去にも記した。

が、基本的に下手でもある。

バント練習が個人への評価へ繋がらないのなら、そんなことへの時間は無駄になる。

加えて、犠打を評価しないといった背景もあり選手はフルスイングでHRばかりを狙うことになる。

選手の契約や地区順位も、日本なら当然バントすべきという場面でそれをさせない。

9回にノーアウト一二塁で得点できずに負けた昨日のゲームもそうだが

私が今シーズン最も印象に残っているのは

アナハイム開幕試合。8回裏大谷が二塁打を放ちノーアウトであった場面でレンフローにバントさせなかったことだ。

背景として。

この日ヒットを放ったのはトラウトと大谷の二人だけ。他の7人は誰も1本も打っていない。

犠打で大谷を3塁へ送れば犠飛でも同点にできる。

どうしても打てないのなら土壇場のこの場面で

「ノーヒットでも追いつけるチャンスを得た」のだからあとは遂行するだけなのだ。

日本流ならね。

結果得点できずに負け。

 

ナショナルリーグがDHを採用していない時代に「犠打」のランキング上位が投手であったのなら

野手がバントしないことを「下手だから」をするのは無理がある。

できないのは「練習していないから」であり

怠惰以外の何物でもない。また

そうした野球への対応や貢献をチームが評価しないからだ。

優勝を争わず、最低年俸でプレーするエンジェルスの選手が敢えて

「犠打」を選択する理由は無いのだ。

 

 

 

だったら監督が指示すべきだが、無能が理由か

フロントとのコミュニケーション不足が理由かは知らんが

正される様子は無い。

 

ワールドシリーズの第7戦に同じ場面を迎えてもバントしないのか?

するだろう。

だったら今しない理由は何なのさ?

 

犠打が出来ずたまに長打を打つ < 長打はなくとも犠打が出来る

 

と評価が改まらないとどうしようもない。

進塁打の打てない選手は選択肢の一つを放棄している以上

そもそものbaseball IQが低いプレイヤーなのだ。

力自慢の馬鹿にすぎない。どこかでチームの足を引っ張ることになる。

 

多分似ているからだろうが、私は好きだわ。

メカニカルな話に及ぶことなく走り込みだのを推奨する連中を

私は馬鹿だと思うし野球界の大部分がそうした歴史の上に疑問すら抱くことなく

唯々諾々と従ってきたことを指して

 

「野球やってるやつは知能の低い馬鹿共」

 

だと思ってきたし、今もそうだ。

 

見る側も含めて90%は同じく。

 

過去にココで「やがて160キロを投げる人間が続々と出現する」と

書き残したのはそれがメソッドであるに過ぎないからであり

筋トレを批判したり「野生動物は筋トレしない」と語る人も同様に

知能の低い馬鹿に過ぎない。

メカニズムの解剖と連動をしっかりと解析すれば

どの筋力をどう使うことで最大パワーを出力するのか?

ロスがどこで発生しているのか?は分析可能であり

野球人は何十年もそのことを疎かにしてきた体力馬鹿に過ぎない。

 

走り込み?

はい結構です。

ではその効果を定量的に示してごらんなさい。

何キロをどんなスピードで走ることでどんな効果がありますか?

 

 

答えられまい。

たった一人でピッチングという科学へ取り組んできたバウワー

(彼の運動野力は一般人以下と評する向きもある)に負けることがある。

 

客観的な評価基準で自分の投球技術を高める手段の一つがトラックマンなら

それを使うのが当然であり、そこへ好田の嫌いだのといった感情を持ち込むことこそが

進歩を妨げているのだよ。

私は彼らを愚鈍な馬鹿だと思う。

時間と機会が限られている以上、練習に効率性を持ち込むことが正しく

優位性を齎す。小学生でも分かる理屈だと思うが。

野球が勝った。

 

沢村のような青年の未来を奪う出来事はあったが

歴史の流れに野球は存在していたし

アマチュアリズムや教育、精神論の中にその価値を見出したり

エンタメとして規模を膨らませても来た。

太平洋を分かつ形で育ったスタイルは野茂英雄やイチローといった

逆側からは想像もしない形へと進化し今日大谷までも生みだした。

 

オールスターの米国ラインナップへ日本が出した回答は

「野球はパワーだけではないし、勝利を握るカギはいつだってピッチングである」

という日本人にとっては至極当然のものだった。

 

 

 今回のWBCが、かつてイチローがMLBへ齎した価値観の変革という洗礼を

再び迫ることになるのかもしれない。

それでも尚、かれらがトラウトやジャッジを求め、

それこそが歴史であり文化であり、アイデンティティーであることもまた

十分に承知している。だからこそ面白いのだ。

 

トラウトや大谷が勝利を連れてくるのではない。

日本では知られてもいないアストロスのブルペン陣が握っているんだ。

アメリカ人だって気づいている。が、自らのアイデンティティーである

パワー信仰へ抗えないのだ。

上手に躱す中継ぎピッチャーの方が勝利へ貢献しても

エンタメとしてその事実を断じて認めない。

 

「アメリカ人はナイーヴだよ」

米国の友人にも言うことだが

それこそが彼らの強みでもあり、弱みでもある。

彼らを決して嫌いになれないんだ。

謝罪などではなく、ヌートバーを上回るスタッツの選手を挙げること。

彼と同等かそれ以上の選手がいるから選考へ疑問を投げかけたのだから、

当該選手の名を出すことでしか自らの行為を正当化できるものではない。

ヌートバーの活躍はあくまでも結果であって、たとえ結果が逆であったとしても

行為への正当化はなされない。ぜひその「謎の日本人」を

カージナルスへ売り込んで自らの眼力を証明したら宜しい。

今のままでは

「スタッツの意味すらわからないおっさん」

になってしまう。

謝るも何も、現状出鱈目なことしか言えない人でしかない。

たった一言「誰なのか」を言うだけにも拘らずそれをしないのは

ごくシンプルに卑怯なのだ。

2022.10.5 11:44 にメモを残している。

 

11時

2階に上がり布団の上に10分ほど座った後、立ち上がろうとすると左足痺れ

 

振動は無く、正座から立ち上がるとき上手くいかない感覚。

階段を降りる際、手すりを掴まないと不安。

登るときに左足が上手く上がらず躓く。

現在11時30分、症状変わらず。左腕に同じ違和感を微妙ンい感じる。

 

朝より寝不足感、気分の悪さ怠さがあった。

 

 

 

以上がメモに残っている。

万が一動けなくなる事も考え、物理的な短縮ボタンのあるガラケーを用意。

翌日、左半身麻痺で倒れるも連絡は取れたし救急車も手配できた。3週間ほどの入院と

リハビリ病院への転院と3か月ほどの入院で、なんとか歩けるし

左手もぎこちなくは動く。

後遺症の残り易い部分であったそうだが同時に

「若いから」と回復の速さを評価もして貰えたので希望をもってリハビリも出来た。

 

その間にコロナにもなり貴重な経験だった。

 

ようやく退院した今も嘔吐下痢発熱と謎の疾病で身体中痛い。

疲れた。

左手のタイピングが50%くらいの確率で失敗する(笑)。

「座り込みとはこういう定義が辞書にはある。故に座り込みとは言えない」

に対して

「タラコが言う連続性を条件とすると定義された辞書を持ってこい」

 

ってのはイイワケとして成立していないし反論にすらなっていない。

 

「象とはこういう生き物です」との出典を指して「この猫は象といえるの?」

と疑問を提示している人間に対し

「猫は象ではないと記した辞書を持ってこい」というイイワケは

「お前の母ちゃんでべそ」でしかない。

 

タラコの肩持つわけじゃない。

いつもレッテル張りで辟易とさせられる。が、

彼は権威だとか権力、中身がないくせに自分を大きく見せようとする奴を

揶揄ったり追い詰めたりすることに情熱を魅せる場面が多い。

勿論そうでないところで発狂する事もあるが。

何が言いたいかってぇと

彼がそういった行動をとるという事は

あなたは彼にそう見られているって事だ。

 

「3000日も座り込みの抗議をしているんだ!!」

 

実際には、土日を除く天候に恵まれた日に限り

朝昼晩と僅かに人が居る事を3000日といった大きな数字を使い

「座り込み」をより大きな抗議に見せかけようとした。

その事を彼は笑ったのであり

そこへ些かの反論も出来ないがゆえに

恐らくは顔を赤くして「間違いとは言えない!!」と奇声を上げたんだろ?

自分達だってそれが誤魔化しであることを自覚していたから

「何が悪いんだ」と叫んだ。そうだろ?

反論すればするほどに「あ、実態はそんなモノだったんだ」と広まり

結局損をするといった罠にはめられている。そりゃ良い玩具だわ。

 

仮に私が

「食べ物を食べる以外の時間はハンガーストライキをしている」と主張した時に

あなた方はそれを認めますか?

「そんな事、大したことじゃない。無意味だ」としますか?それとも

「我々がしている事と同じなのだから当然認める」としますか?

前者ならダブスタ、後者なら抗議の意味が希薄すると思うよね?

どちらにしたって「信念に沿った抗議活動」などと言えるものではなくなる。

どっちにしろ「負け」になるやり取りをすることになる。恥をかきながら

それを罠にはまったというのだ。

立ち位置によっては「ばれた」が相応しいかもしれん。

 

 

気に入らねぇのは

たかだか抗議が、なにか上等で尊い活動であるかのように「受け取るべき」と

する連中であり、一言「沖縄が~」を持ち出せば配慮が当て然るべきと

考えている選民主義的な輩の事だ。

そんなモノに何かを譲る必要はない。

弱者や少数派を演じて優位性を獲得しようとする連中に何ら手加減は必要ない。

そんな優位性は承認しない。

たまにするボランティアで「自分は善人」だの「世界を憂いている」だのと

言えるわけがないのと。

広島だけが核を論じる事が許されているわけじゃないのと同様。

ましてや広島人だけが正しいなどと言えるわけがない。

 

朝昼夜と僅かに数十分の自称座り込みが「何かを分かった風」を齎すとすれば

大したコスパだとは思うが、それはあくまでもあなた方のグループだけに

通用する正当性であって、世間的には全く通用しないものなのだと。

カレーに添えるのはラッキョウか福神漬けか?

その程度の話でしかない。

「我こそはカレーを熟知している」

そうした拍付けのために「年間○○食カレーを食べている」と表明する人。

議論の正当性に対しては、本来そうした「飾り」は不必要であり、

より踏み込むのならそれは「誤魔化し」である。

じゃあ、態々このタイミングでの契約成立したのか?

チーム側は大谷の保有及びその権利が及ぶ期限まで「大谷込みの値段」

でのチーム売却となるワケで、そりゃ居ると居ないとじゃ大違い。

保有権と共に安く拘束出来たらそれが最高なワケだ。

それは大谷にとっても同じわけじゃない。

であるにもかかわらずなぜ大谷サイドは早々にサインしたのか?

大谷の希望に沿った「何か」があるのだろう。

金額や条件交渉は代理人の評価にも関わるので彼ら代理人を納得させられる

モノでもなくてはならない。

 

メリットとして考えられるのは

 

①一度目の調停を経験し不利益が多いと感じたなら回避は有益である

②拒否条項の盛り込み等、自らの選択権の範囲を広げる事

③起用法の確約

 

くらいで、これでは条件を満たすとは言い辛い。

大谷が「得られた」と感じられるものは一体何なのだろう?

 

いずれにせよ、易々と提示された条件を飲み込むとなると、一番の敵は

代理人となる。しかしそれとて、取り分の見直しさえすればいくらでも

融通が利くこととなり絶対条件ではない。

 

 

9月の頭くらいかな?

大谷がふてくされているというか、心ここにあらずといった態度がよく見られた。

セレブレーションに非協力的な場面があった。

トレード絡みというか、エンジェルスサイドが進んで手放す可能性を感じたのが

この時期だったんじゃないのか?と妄想していて。

その後の話し合いの過程で、あくまでも可能性や選択肢が生じる事であり

その事がやがてチーム売却と結びついてようやく腑に落ちたのではないかとの

根拠の無い妄想を。

 

もしかしたら監督コーチ陣の構想だったり、起用法だったり

自分が選手として価値が上がるほどに可能性が狭まってしまう現実や

自分が描いていた理想のプレー環境から離れていくジレンマだったり

があったのかもしれないな。

 

23年のトレード拒否条項だけではギャップは埋まらないだろうから

従来の契約比で複合的な優位性を獲得できたんじゃないの?

勿論トレード成立へ一歩進んだ可能性も十分にあるが、それにしたって

イッチョガミ出来る権利くらいは獲得できていないと

早期の安めな契約に対して、大谷の利益が見当たらない。

 

幸福は誰が決める事でもない。

当人がそこに満足できるかどうかの話に過ぎない。

ゴロゴロしながらビデオゲームをし、コミックを読むこと、

やりがいのある仕事や趣味に没頭する事

身体に負荷をかけトレーニング

そのいずれに幸福感を持ったって良い。

寄進することで満たされたってオカシナコトではない。

寄付する事なら分かり易いか。

たとえそれが全財産であり、身内までもが不幸になったとしても

そこに幸福感を感じるのならば個人の権限と裁量の中で

金を払って良いのよ。そうした自由と権利は当然認められている。

 

たとえそれが常識という名の主観であったとしても

教団に留まりたいと思うAさんをその意思に反して連れ出すこと

説得のためと言いながらの監禁が正当化されるものではないし

間違いなくそれらは「誘拐」であり「拉致」だよ。

そこへ疑問が持てないのはハナから

教団は悪いモノであるという地点から出発しているからであり

ソレならばどの法に対し違法なのか?裏付ける証明は?を

明確にするべきだし仮にそれらが出来たとして

それでも教団の総意であるかどうかには届かない。

にも拘らず一方的に教団を悪いモノ悪意に満ちた連中と決めつけ

話を進める事に恐ろしさを感じないのかね?魔女狩りだよ。

 

「プーチンは悪魔なんですよ」

そう説明していたのはデーブスペクターだった。

コレと同じ。レッテル張って非難しているだけ。

単純なアメリカ人相手ならそれでもいいけれど……

そう思ってたけど、日本人も同じだわ。簡単に誘導される。

 

各自の思う「良い悪い」という尺度が別の根を持ちながら

好き勝手な方向へ伸びている。ただの感情だ。

そうした上にしか物事を語れないから

「それは危険だ」

と言っているのでありそれが

幼稚な正義感を伴って生じる感情であることへ、より強い危機感を持つ。

 

今の日本は、幼稚な正義と嫉妬で動いている。

その事が陰謀論と結びつきやすい。なぜなら

陰謀論は多く「起きた現象への後付けの説明」だからだ。

現状がそもそも陰謀論との親和性が高い。

加えてネットの広がりとSNSの繋がりがそれらを加速させている。

 

チートスうめぇ