まとまらない。 | Mの独り言

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高校野球好きなシンガーソングライター藤川麻理麻(ふじかわまりお)の日常生活のちょっとした出来事を綴っています。

今日の18時からの高野連の今年の夏の選手権についての会見の前に「中止決定」の速報が再び流れてきた。

15日にも速報が流れていたからある程度覚悟はできていた。

史上初の春夏中止。

今年は当たり前だと思っていたことが実は当たり前ではないことを思い知らされた。

何度も引用した樋本尚也くんの選手宣誓(88春)が頭の中を巡る。

高校野球の全国大会は当たり前に春・夏(神宮大会も入れると秋も)に行われ、球児たちの躍動に多くの人が感動する。

これが当たり前の風景だった。

今年はどちらも奪われた。

失って初めて気づく当たり前の尊さ。
こんな形だったら知らなくてよかった。

球児たちの春を返して。
球児たちの夏を返して。

今は今しかないのに。

高野連は当然責められない。
寧ろ辛い選択を迫られたのは高野連なのだ。

開催する側は全体を見て判断をしなければならない。

地方大会の中止に最初は何で!?と思ったけど、地方大会と選手権がセットだという説明は納得した。
もしかしたら地方大会すらできない地域が出てくるかもしれない。
選手権は49代表が揃ってこそ。
センバツと選手権の違いは、センバツは既に決まっていた32校だけだったけど、選手権は地方大会から3000校を超える高校や選手について考えないといけないという説明にもそうだなと思った。
大袈裟でなく、全国の高校野球を背負っている。
その判断は軽くできるものではない。

また、来年の大会以降に関しては「中止になった102回大会を挟んで」というような注釈がつくらしい。
「大会の回数なんてどうでもいい」という人もツイッターで見かけましたが、私はけっこう重要だと思っている。
来年の大会をもし102回としてしまえば、今年の3年生を無視することになると思うから。
本来なら確かにあった大会だったのだ。
高校野球の歴史上抹消してはいけない、忘れてはいけない。

代替案に関しては特に今の時点ではありませんでした。
状況がどう変わっていくかわからないからそれは仕方がないこと。

ただ、一つ救いだったのは「選手権」が中止になっても、各都道府県の高野連の判断で地方大会はできるということ。
それだけが希望。

第102回全国高校野球選手権大会は中止になったけど、今年辛い思いをしてきた3年生のためにもこの地方大会はできるところはやって欲しい。

そしてバーチャってくれたら全力で応援するのだ!!


若干高野連寄りで書きましたが、選手や監督とか関係者の気持ちを考えると辛くてたまらなくなるというのもあるけど、自分を納得させるためが大きい気がする。

涙を堪える選手たちを見ていると本当に辛い。

きっとこの経験は今後の糧になる、なんて慰めにもならない。
限られた時にしかできない、かけがえのない高校野球を奪われてしまったのだから。

今度は各都道府県の高野連さんに重荷を背負わせてしまうことになりますが、出来る限り地方大会の開催をお願いします!

辛さを堪える選手ではなく笑顔の選手を見たい。
試合をしている選手を見たい。

見る側は勝手なことしか言わないけど、それが願いです。


長い冬休みになってしまった。
今年はずっと冬休みが続いている感覚。



最後に。
暴言吐かせてください。

いや、ホンマ、コロナなんなん?
えー加減にせーよ!!