歩く風景、カフェ巡り。 -26ページ目

歩く風景、カフェ巡り。

誰のために書くわけでもなく

ただ、誰かのためになればと思う。


中身はただのカフェ日記。


きっと、だれも勉強が好きな人はいないだろう

学生の内ってそんなもん



でもね?


勉強ってさ答えがあるじゃん

答えの見つけ方をあんたが知らないだけ

予め用意されている答えすら見つけられないのに

その先ってやっていけんのかね




だからさ、勉強なんかっていうのなら

かっこ悪くあきらめるんじゃなくて


こんなもんでつまずくもんか!!

って駆け抜けていくのがかっこいい。



私も勉強なんかという気になってきた。

ダラダラと続けていたが


もうやめよう。


もっと遊びたいし、もっと自分を重ねていきたいし。

つまらないことで時間を費やすのはもうやめよう。
自分のやりたいことに正直に

本音でいきていたらどんな自分になれていただろう。


いまの私は
いろんなことを学んだし、勉強もしてるけど

それをいれる器がとても小さくて

サラサラと漏れ出していたのだろう。



自分というものを積み上げていなかった。


いろんな役目を担ってきたし

実際、頑張ってきた

その時その時を精いっぱいに。


でも、それは本当に私がやりたいことではなかった。

心のどこかでよそ見をしながら、こなしてきた。


ほんとうに望んでいること。

それは私自身が良く知っている。

でも、子どもの頃から与えられてはこなくて

自分の力で得られもしなくて


不意に訪れたら、嬉しくてたまらなくて

子どもみたいにはしゃいで

年相応の返しができない。


だから、普段からもっと自分に実感を

喜びを与えてあげなくちゃいけなかったんだ。


飢餓の子は、飽食を望むが急に食べれば体を壊す。


そんな感じ。

だから、いつも与えてあげなくちゃ


私が望んでいるたくさんのものを。
経験を重ねるという言葉


これって良く出来た言葉だと思いませんか?




1日1日を生きていれば、自然となんらかの経験をしていくと思うのですが

経験と一口にいったっていろんな経験があるよね


でも、その中でも似た経験を重ねていくと習熟していく。


重ねるというのは、これはただ何度も体験すればいいというものではない。

1回目は、ただ通り過ぎるのみ

2回目、3回目は以前の体験を思い出しながら

どんなことに注意をしなければいけなかったのかに注意しながら

その前の体験にプラスを重ねていく。


毎回、ただ呆然と過ごすだけでは、なんにも積み重ならない。


きっとそれは、なんをするにも同じなんです。


人生22年で気づけました(笑)