本音で生きると | 歩く風景、カフェ巡り。

歩く風景、カフェ巡り。

誰のために書くわけでもなく

ただ、誰かのためになればと思う。


中身はただのカフェ日記。

自分のやりたいことに正直に

本音でいきていたらどんな自分になれていただろう。


いまの私は
いろんなことを学んだし、勉強もしてるけど

それをいれる器がとても小さくて

サラサラと漏れ出していたのだろう。



自分というものを積み上げていなかった。


いろんな役目を担ってきたし

実際、頑張ってきた

その時その時を精いっぱいに。


でも、それは本当に私がやりたいことではなかった。

心のどこかでよそ見をしながら、こなしてきた。


ほんとうに望んでいること。

それは私自身が良く知っている。

でも、子どもの頃から与えられてはこなくて

自分の力で得られもしなくて


不意に訪れたら、嬉しくてたまらなくて

子どもみたいにはしゃいで

年相応の返しができない。


だから、普段からもっと自分に実感を

喜びを与えてあげなくちゃいけなかったんだ。


飢餓の子は、飽食を望むが急に食べれば体を壊す。


そんな感じ。

だから、いつも与えてあげなくちゃ


私が望んでいるたくさんのものを。