なんだか最近かみさんが家に帰ってこないので、そんな時はワインメニュー。

シェアして盗られることもなく独り占めでシヤワセ。ニヤリ

 

 

 
 
半額のタラがあったので呑みながらテキトーに作って崩れてしまったタラのポワレ、バターソース。
向こうは半額惣菜の豆腐とひじきのハンバーグ。

 
 
半額の海の幸サラダに、レタスとアボカドとプチトマトとカイワレを追加したサラダ。
単なるカイワレにしか見えない。

 

 

 

 

 

 

 

白ワイン白ワイン白ワイン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはさておき続きです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

円高による競争力の低下と金属価格の下落により、まだまだ地下に優良な鉱脈をのこしたまま昭和62年に閉山した明延鉱山。

 

銅、亜鉛、タングステンなども産出したが、特に錫は日本の産出量90%以上を誇ったそう。

 

 
 

 

 

 

 
ここの探検坑道はもともと学習用として残されたらしく、観光テーマパークのような雰囲気はない。
 
当時稼働していたままのホンモノである。
 
 
 

 

 
 
 
ガイド同行必須、ヘルメット必須、3日前までの予約が必須てのもホンモノの証だが、日曜だけは予約無しの日曜坑道見学会に参加できる。
 
 

 
 
鉱山労働者の娘、1950年代明延生まれのお姉さんにガイドしていただく。
 
同行者はカップル一組、親子ぽい3人グループ。
 
 
 

 
 
 
中はヒンヤリ。
 
深さ1000m、全長550kmが続くが、いろいろ埋め戻されているそう。
 
 
 

 
 
 
奈良時代、東大寺の大仏さんのための銅を供出した記録が残るなど、かなり歴史のある鉱山。
 
 
 

 
 
鉱山施設は日本全国数あれど、コンクリとかで補強せず掘っていたそのままの状態を見学できるのは明延だけだそう。
 
 
 

 
 
 
ダイナマイトで穴を明けたりは知っていたけど、上へ上へと掘り進めるのは知らんかったなあ。
 
掘っていくってイメージ的に下へ下へいくとばかりに。
 
 

 
 
一旦下がってからの上なのね。
 

 

 でまたさらに深く下がってからの上へ、を繰り返して。

 
 
 
 

 
 
 
鉱山の現場は防御はしててもやはり粉塵が多いので肺をやられるらしく、ガイドさんのお父さんも62歳で肺の病気で亡くなられたそう。
 
 
 

 
 
 
閉山のときのTV番組がYouTubeにあったけど、お医者さんの場面では、なんか肺活量測定みたいなことばっかやってたんはそーゆーことなんやろか。
 
 
 

 
 
 
でも給料はメッチャ良くて、昭和30年代にテレビ洗濯機冷蔵庫の三種の神器が各家に全部揃ってて、子供の時はそれはゼイタクさせてもらってたそう。
 
 
 
 

 
 
 
 
そんな時代のこんな山奥にスーパーマーケットみたいなセルフ方式の店があってなんでも手に入ったとか。
 
 
 
 

 
 
 
 
冷蔵庫は覚えてないけど、わしとこにTVと洗濯機が入ったんはたぶん昭和40年代やな。
 
 
 
 
 

 
 
 
かーちゃんがタライと洗濯板を使ってたんを覚えてる。

TVもなんか火ぃ噴いたん覚えてるぞ。
 
 
 
 

 
 
ガイドがいると、歴史や機械や技術的なことだけでなく、人の生活や営みまでいろいろ知ることができて、かなり貴重な体験ができたね。
 
反面、もっとじっくり見たいところもガイドや他の人のペースや時間配分に合わせないといけないのが仕方ないけど残念。
 
 
 
 
 
といって一人で回っていいぞと言われるとそれはたぶんコワくてできなんけどな。
 
 




 
続きます。