『In Stars and Time』というゲームにハマりました!
私がやったのはNintendoSwitch版。

 

トレーラー日本語版もあるんだけど(ニンテンドーeショップで見た)、

つべは英語版しか見つからなかった……

 

 

絵柄がかわいくて以前から気になっていた海外作品。
RPGだから面倒かなぁと、しばらく手を出していなかったんですが、
このたび急に思い立って購入。
やりはじめて、とりあえずエンディングを見て、

うわー! うわー! うわあああああ!(T-T)
心がざわめく~! 
ぶっ刺さりました。

強大な敵を倒さんとする主人公パーティーの前日の描写から、物語は始まる。
翌日、敵の拠点に突入してすぐに主人公はあっさり死亡。
その瞬間時間が巻き戻り、再び前日に目を覚ます。
といった、いわゆるループもの。

主人公が死んで戻ってループの自覚もあるが、仲間達にループの記憶はなし。
つまり主人公だけが背負う、長くて孤独な戦いが始まるわけだ。

「何度失敗してもやり直せる!」と最初は喜んでいた主人公が、
死んでは繰り返すなかで自分はループに閉じ込められていると気づき、
じわじわ精神をすり減らせてゆく、
可愛らしい見た目に反してなかなか心にクるものがあるお話です。

あの絵だからこそイイんですけれど!

 

今までにいくつかループもののゲームをプレイしてきたけど、
だいたい絶望的な展開になるわけで、
この作品も例外ではなく。

ただ、ストーリー展開がものすごくエモいのです。
膨大な会話群。
人物達の表情も多彩。ツボるやりとりが多く、
なにより主人公シフランの表情変化が多くて、見ていて萌える。
そして仲間達との対話が全て愛しくなる。

物語が進むと、ループに苦しむシフランとシンクロしてきて色々キツい。
なにしろ何度もダンジョン攻略しラスボスを倒す羽目になるわけで、

それが同じ事の繰り返しで作業ゲーじみてくるので、いい加減うんざりしてくる。

それも作り手が意図してやっているのだろう。
気づくとシフランがプレイヤーとシンクロしているような行動を取ることも。
没入感がとにかくすごい。

そして日本語テキストが神!!!
キャラによって口調などがしっかり設定されており、

個性がはっきり生き生きして、会話中の演出も凝っている。
素敵な翻訳にはもう感謝しかない……

しかし8ビット風な文字フォントで、どうして漢字がきちんと読み取れるんだろう。

トゥルーエンドや細かい会話を取り逃しているようなので、再プレイします。
記憶を消してトライしたいくらい好きな作品。
ただし全ての人にオススメってわけではないです。
キャラクターに思い入れが湧かない人には響かないと思うし。

作中出てくるおやつも魅力的。
パルミエって、どこかで見たことあるようなお菓子。
……あっこれ「源氏パイ」だ! 
なんか急に食べたくなって即購入。もぐもぐうまい。
(源氏パイってやはりパルミエをもとに作られたらしいです)





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◆久々に書いた二次創作

以下、序盤のストーリーをあらすじがわりに(長いです)
ゲームのテキストをベースにしてプレイヤーの思い入れをたっぷり詰め込みつつ書いた、主人公一人称視点二次創作文章。心にぶっ刺さったゲームに対して発生する、私の楽しみ方。
活字で表現しつつ物語を深掘りする遊びみたいなものです。既プレイの方がいらしたら解釈違いはご容赦下さい。シフランかわいい。ネコっぽい可愛さ。

熱に浮かされたように没頭していました。久々にこういうの書いたな。楽しかった。

一応序盤までなのでネタバレってほどでもないけど、何も知らずにプレイしたい人は読まないで下さい。

 


◆ACT1

……フラン!
「シフラン!」

 僕の名前を呼ぶ、優しく心地良い声。
 刹那――まどろみの中で思い出そうとしていた夢の残滓が、雲散霧消する。

「シフラン?」
 草地の中央に寝転がっていた僕の顔に、すっと影がかかる。ゆっくり目を開けると、こちらをのぞき込んでいるミラベルの顔があった。
「朝だよ。っていうより、昼……だね。お昼寝してたの? シフランらしいね。こんな時にすやすや眠れるなんて、あなたしかいないもん!」
 彼女は呆れたような口調で言葉を続ける。
「でも、休めるときに休むのはいいことかも……明日に備えなきゃだよね。いよいよ王と対決するんだから」
 甘美な眠気が全身を包む。眠すぎて話す気になれない僕は、もう一度まぶたを閉じた。
「……まだ寝ぼけてるんだね」
 ううんと不満げな唸り声を上げた僕に「しょうがないなぁ」と呟くと、彼女は「もう少し寝ててもいいけど寝すぎはよくないよ。起きたら町に来てね」と言い置いて歩き去った。
「ふぁーぁ……」
 大あくびをしたら顎がコキッと鳴った。まだ眠い。あと5分……いや10分。
 このまま惰眠をむさぼり続けたいところだけど、日が暮れるまでそうしている訳にもいかない。それはさすがにグウタラすぎる。
 ちょっと無理して起き上がる。
 目覚めろ、シフラン。国を救わないといけないんだ。

 草地を後にして森林の道を抜けると、改めてミラベルが出迎えてくれた。僕を待っていたのかな?
「シフラン! 起きたのね」
「やあ、ミラ」
「お昼寝はどうだった? 10点満点だと何点ぐらい?」
「バッチリ9点」
「……満点じゃないのは、最後が完璧じゃなかったから?」
 わたしが起こしちゃったからねと申し訳なさそうに呟いた彼女は「次はずっと寝かせてあげるからね、そうすれば幻の10点満点になる!」と力強く拳を握った。
「ところで、訊きたいことがあるの」
「何?」
「今夜のことなんだけど……王との決戦前夜になるわけだし、みんなにとって特別な夜にできたらいいなって思って。だからね、お泊まり会なんてどうかな? みんなで美味しいごはんを食べようよ! それから同じ部屋で寝るの。お話なんかもしてさ。素敵だと思わない?」
 それは普段やっていることと同じでは? と思うが口には出さない。
「……あぁ、くだらないって思ってるんでしょ。ごめんね。わたしはただ、今晩楽しいことがしたかったの。でもこれしか思い浮かばなくて……やっぱりバカバカしいよね? お泊まり会なんて忘れたほうがいいかも……」
 おっとマズいぞ。冷めてるのがバレてミラベルが動揺している。フォローしなきゃ。
「い、いやいや、楽しいと思うよ! やろう!」
 どもりつつ必要以上に強い口調で賛成する。
「……本当にそう思う? それなら……えっと、じゃあシフランからみんなに知らせてもらえる? わたしが言っても乗ってもらえない気がして」
 引っ込みがつかなくなった。これは僕がやるしかなさそうだ。
 ちょっとメンドクサイと思ったことはおくびにも出さず、僕はにっこりと笑顔で勿論いいよと引き受けた。
「よし! えっと、マダム・オディールはお店で買い物中。ボニーは東にある畑のあたりにいるはず。それからイザボーは、願いの木にいるよ!」
 夕方になったら時計台に集合しようと伝えてね、という彼女の指示に粛々と頷く僕。ちなみにその時計台は、この町ドーモントで僕たちが宿泊している建物だ。
「いっぺんにいろんなことを言っちゃったけど……誰がどこにいるか覚えた?」
「僕の記憶は完璧だ」
 胸を張る僕に対し、ミラベルは不安顔。
「覚えていてもいなくても、みんなの居場所を書いたメモを渡しておくね! 念のためにどうぞ。忘れたらこれを見て!」
 なんという念の入れよう。僕って信用無いのかなぁ。
「じゃあ時計台で会おうね。わたしは図書館の近くにいるから、用事があったら声をかけて。それと、ウツロイ様の像にも必ずお参りしてね。きっといいことがあるから!」
 ひとまず僕たちは手を振って別れた。

「ウツロイ様の像、ね……」
 町の中央。ひときわ大きなウツロイ様の像を中心に、表情も大きさも色々な、いくつもの像が設置されていた。哀しそうな眼をしているのもあれば、明るく微笑んでいるのもある。クラフトの力で動いている像もいくつかある。
 跳ね回っている像がコツンと足に当たった。ヴォーガルド全土で崇拝されているウツロイの神が、僕の目前に立っている。
「この冒険も、もうすぐ終わるんだな……」
 ここまで無事に辿り着いたなんて、なんだか信じがたい気持ちだ。
 ――僕がこの国でミラベルと出会ったのは、ほんの数ヶ月前。
 それからいろいろな出来事があった。

 ヴォーガルドは誰でも受け入れてくれる国だ。どこから来たのかも明かさない僕のような怪しげな旅人ですら。
 平和で居心地の良いそんな国に、突如災厄が訪れる。
 一年ほど前、どこからともなく現れた「王」を名乗る者が、強大なクラフトを操ってヴォーガルド国全土に呪いを放ち、呪詛に触れたあらゆるものの時間を静止させた。
 呪いはゆっくりと、しかし確実に国を包み込んでゆく。
 ドーモントの町に建つ「ウツロイの館」を制圧した王は、今はそこに腰を落ち着けて、ヴォーガルドが完全に静止するその時を待っているのだ。
 王の勝利はほとんど確定しているかのように見えるが――唯一の光明はミラベルだ。
 ウツロイの館を急襲した王は、そこにいた全ての人を凍りつかせ、誰も侵入できないよう固く門を閉じたのだが、その渦中にいてミラベルは、ただ一人逃げ延びたのだ。
 一体どうやって王の魔の手から逃れたのか。きっとミラベルはウツロイの神に祝福されているのだと、人々は考えた。彼女は王の呪いに抗う力を神から授けられたのだと。
 つまりヴォーガルドを救える英雄となれるのはミラベルしかいないというわけだ。
 人々から注目され期待される――内気な彼女にはさぞかし荷が重かろうと思う。

 僕がミラベルと出会ったとき、彼女はすでにイザボーやオディールと行動を共にしていた。王を倒すには、館の門を開けるオーブを入手する必要があり、その目的を果たすべく、仲間とともに危険な冒険を繰り広げていたのだ。
 ある日、ミラベルたちが手強い敵――王が生み出した「哀し身」に苦戦しているところを、通りがかった僕が手伝った。哀し身とは、王にやられた人々のなごりのような「敵」だ。嘆きや哀しみでできているそのなごりは、もう敵も味方もわからず闇雲に襲ってくるのだとオディールが言っていた。
 戦闘が終わると、引き続き力を貸してくれと彼らに頼まれた。他にやることもなかったから、僕は仲間に加わることにしたのだった。
 それから何週間かしてボニーと出会い、今のパーティーになった。
 旅の途中でヴォーガルドの町をいくつも訪れた。完全に時間が止まった町も、まだ無事な町もあった。
 僕らは迫り来る呪いを慎重に回避しながら、全員で旅を続けたんだ。

 ウツロイの神の祝福に応えるために、愛する館を救うために、そしてヴォーガルドを救うために侍祭ミラベルは健気に戦ってきた。
 戦士であるイザボーはヴォーガルドの防衛隊が協力を断ったと知り、ミラベルに同行するようになった。
 カ・ビューという国から訪れた研究者のオディールには、ヴォーガルドをもっと知りたいという探究欲があったが、ミラベルと行動を共にする理由はそれだけではなく、彼女曰く「一国の命運をひよっ子たちに委ねるなんて、考えただけで胃に穴が空く」ということらしい。
 一方ボニーは、呪いによって凍りついた姉を助けるために仲間に加わり、僕は他にやることがないから仲間になった。僕だけ動機が曖昧だって? そうかもね。
 けれど、ここにきて思う。みんなと旅をする以外の選択肢なんて僕にあっただろうか?

 やがて行く先々の人々から『救国の英雄』なんてもてはやされるようになったけれど、僕たちにできることなんて限られている。そんなこと人々も分かっているだろう――それでも、何かに縋らなければ迫り来る呪いの恐怖に耐えられないのだ。だから僕らはその呼称を甘んじて受け入れている。

 あるときミラベルから、国を救う旅に同行して大丈夫なのかと訊かれたことがあった。希望のない冒険にみんなを引きずり込んでしまったことを、彼女は引け目に思っていたんだ。
 僕は彼女を安心させたくて、みんなとの旅は自分にとって一番幸せな時間だと答えた。
 率直な感想だったのだけれど、ミラベルは不服そうだった。
 正直、思い出すだけで穴に入りたくなる。ミラベルのような問題を抱えている人に、あのタイミングで言うには不適切な言葉だったと思う。

 これまでの冒険や仲間との出会いと絆、オーブを手に入れるまでの悪戦苦闘は描かれないのかって? 一大スペクタクルなエピソードは山のようにあるけど……ああ、いきなり魔王直前から始まるなんて物語の構成としておかしいってことか。
 けれど今から過去の冒険譚を語っている余裕はない。
 静止の呪いは最早この町と館を除いて、ほぼ国全土に行き渡っているんだ。
 僕たちには時間がないし、後ろを振り返る余裕も、ましてや後戻りもできない。
 どんなかたちであれ、明日にはこの旅が終わる――

 町を散策しながら過去の回想をしていたら、ふいに声をかけられた。
「ほぉ? そこに誰かいるのかい?」
 目を向けると杖をついた老人がいた。目は閉じられている。
「いるよ。こんにちは」
「おお、どうもこんにちは! 聞き覚えのない声だなぁ……もしかして救国の英雄のお仲間かな?」
 ああ――この人、盲目なのか。最近とある事故で左目を失った僕は、目の不自由さについて助言をもらいたい衝動にかられたが、それはさすがに不躾すぎだろう。ここは自制して「そうだよ」とだけ答える。
 すると彼は「やはりな」と嬉しそうに頷いた。
「お会いできて嬉しいよ。先刻別の仲間にも会ってね。お菓子の匂いをさせていたよ……」
 成る程彼はボニーに会ったんだろう。老人の畑を褒めたボニーのことを嬉しそうに語り、育てた野菜を少し持って行っていいよと伝えたという。
「だからね、君たちは今夜、その野菜を食べられると思うよ」

 すぐ近くにある畑へ向かうと、件の野菜達をなぜか不機嫌そうな顔で睨みつけているボニーが視界に入った。僕が声をかけると、ボニーはその表情を貼り付けたままこちらに顔を向ける。
「……フラン。……」
 うっ。この独特な緊張感、相変わらずだな。やれやれ。
 小さな怒りんぼ。ボニーは齢十にも満たない、大人から愛され保護されるべき正真正銘の「子ども」だ。なぜ危険を伴う冒険の仲間に普通の子どもが加わっているのかって? そんなの、ほっとけないからに決まってる。
「……何か用か?」
「時計台でお泊まり会をやるよ」
「お泊まり会? バッカみたい。シフランの思いつき?」
 なんだよぉ……くじけそうだ。
「ミラのアイディアだよ」
「へえ。それはいいアイディアだね。オマエは思いつけなかったわけ?」
 この刺々しい言葉でも分かるように、僕は彼に嫌われているようだ。星たちよ、ボニーとどうやって付き合っていけばいいですか?
「……ボニーは、明日のことが心配?」
「ううん。ちっとも心配してない」
 嘘だな。
「お姉さんはきっと大丈夫だよ」
 そう言うと彼は声を荒げた。
「姉ちゃんのことを言うな! それに、姉ちゃんのことは心配してないよ……今いる場所から動くわけじゃない」
 ボニーのお姉さんはバンブーシュという集落にいる。ここから何百キロも離れた海辺の村だ。何ヶ月か前に、王はその村の時間を止めた。明日、王を倒せなければ、ボニーのお姉さんが再び動くことはない。
「ところで……これが終わったら何をしたい?」
「王を倒したら? バンブーシュにいる姉ちゃんに会いに行く」
「それから?」
「……それから、姉ちゃんをハグする」
「それから?」
「……それから、やれることはやったんだって言う」
「それから?」
「その時シフランはいないから、オイラにバカな質問はできないぞ、このカニったれ!! オマエはどうすんだ? 何をするつもり?」
 僕は煙に巻くような言葉を次いだ。
「僕は宇宙に行くよ」
「なんだよ『宇宙』って。どうせ行けないだろ」
「行けるよ」
「…………うそ。ホント!? どうやって?」
 こういう素直に信じちゃうところがお子様だし、そこが可愛いんだけどなぁ。僕はお茶目にウインクしてみせた。
「ひ・み・つ☆」
「……そういうとこがヤなんだよ、シフラン」
 あちゃー。
「用はそれだけか? ふーん」
 それじゃ時計台でね。素っ気なくそう言って、ボニーは再び野菜を睨みつけるという謎の作業に戻った。

 次はオディールに声をかけようかな。僕は町で唯一とも言える雑貨店に向かう。
 狭い店内に入ってすぐ見えたのは、商品を眺めているオディールの姿。彼女はすぐ僕に気づいた。
「おや、シフラン。よく休めたようだね。世界の終わりを前にして、こんなにくつろいでいるきみを見られるのはよいものだ。それで、何か用かな?」
 鋭くて好奇心旺盛。人生経験豊富な研究者である彼女の印象は、ズバリ「学校の先生」だ。あたたかく子どもを見守るというより、厳しめに教育するほうの。何を研究しているのかは、頑なに教えてくれない。
「時計台でお泊まり会をするよ。ミラベルの発案でね」
「お泊まり会? やれやれ……きみたちは本当にコドモだな」
 実際、中年女性(本人曰く「おばさん」)である彼女からしてみれば、僕らはまとめて子どもに見えるのだろう。
 心配事を忘れるためだと僕が言うと、オディールは頷いた。
「そうなんだろうな。まあ、参加するよ。かわいそうなボニファスには必要だろうから。私たちみんなに必要かもしれないな」
 そこまで言って、ふと思い出したように続ける。
「だが、部屋には3つしかベッドがないだろう? 当然だが私は1台を占領させてもらう」
 ああオトナには逆らえないな、特に彼女には。
「ミラとボニーが一緒に寝て……」
「ミラベルとボニーが? それじゃ、床で寝るのはどっちだ? きみか、イザボーか?」
「僕とイザは一緒に寝るよ?」
「……面白い。とにかく、後で行くよ。時計台に集合というのは、もう決めてあったんだし」
 そうだ。待ち合わせは時計台ってもともと決めてあったのに、みんなに知らせてまわる必要なんてあったのか? 時計台でみんなを待っていればよかったじゃないか。
 まあいいや。僕は再確認するように言葉を紡ぐ。
「……明日は王と戦うんだね」
「そうだな。ちゃんと準備ができていることを願うよ。王と、王の破壊が作り出した哀し身……彼らは私たちの時間をスローダウンさせたり、時間を完全に止めたりできるクラフトの力を持っている。つまり、明日もきみが頼りだ。きみのスピードが決め手になる」
「つまり、僕にまた先頭になれって?」
「よければ、いつも通りみんなを先導してくれ。罠を回避して、みんなを助けてきてくれただろう? それを変える必要はないと思う。遭遇する敵の情報については、いつもどおり私を頼ってくれていい」
 ボニファス以外は戦闘に加わるが――と彼女は少し悩ましい表情を浮かべる。
「ボニファスにも何か頼むかもしれない。子どもに何か仕事を与えておくのは、きっといいことだ……ふん、戦術の話など、つまらないな。おしゃべりは終わりにして、館の最上階へ向かうのに必要な道具を買うとしよう」
 あれ? わかったかも。僕は唐突にひらめいた。
「オディールの研究分野って『戦術』?」
「呆れた。研究分野を当てるのをまだ諦めていなかったのか? 違うよ。私の研究分野は戦術じゃない。イザボーも先週同じことを言っていた。遅かったな」
 うう……彼女には頭が上がらないし、毎度へこまされてばかりだ。それに、最初に出会ったときから、なんとなく壁を感じる。少し警戒されている、ような。僕の気のせいだと思いたいけれど。壁に関しては僕も人のことは言えないし。
「諦めるんだな。私の研究分野がきみたちに分かるはずない。永遠の謎になるだろうね」
「諦めないよ僕は。それはそうと、この戦いが終わったら、何をしたい?」
 ついでだ、僕はみんなに聞くことにした。
「王を倒して、まだ生きていたら? そこまで自信があるとは、うらやましいよ……たぶん、私はカ・ビューの家に帰るだろうな。もう何年も故郷を見ていない。ミラベルとイザボーに会う前は、ヴォーガルドを旅してさまざまな町や名所、文化を見るのが目的だった。ミラベルとの旅で、この目的は達成できたから」
「研究のための旅?」
「……そうだ」
「研究分野は……文化に浸る学?」
「『文化に浸る学』なんて分野はないよ、シフラン」
「だけど、きみはその分野に人生をかけて築こうと……」
「私の過去を捏造するのはやめてくれ。きみはどうなんだ。何をするつもりだ? 明日、王を倒したら。きみも自分の国に帰るのか?」
「自分の研究分野を決めるよ」
 僕ははぐらかす。
「やれやれ……よし。それじゃあ、後ほど時計台で会おう」

 図書館前を横切ったときミラベルの姿が見えた。気になったので声をかける。
「気分はどう?」
 この町に来てから、彼女はどこか落ち着きがない。
「わたしの気分……? あっと、ドーモントに戻ってどういう気分かってこと?」
「そう」
「懐かしい気持ち。やっぱり、昔暮らしていた土地だから。勉強したり館で働いたりもしていたけど。ドーモントそのものは特に変わっていないけど、館は……ここから見ても分かるでしょ。いびつなかたちになってる」
「うん」
 実際、北の丘から見えた館は、屹立する魔王の塔みたいに邪悪で禍々しかった。王が館に攻め入る以前は、善良な人々が住み、学び、祈りを捧げる平和な建物だったはずなのに。
「あのとき、逃げられたのはわたしだけだった。たくさんの人が傷ついてるはず。もしかしたら、みんな、もう……」
「明日、全員救い出そう」
「……うん。そうだよね。前向きにいかないと……ごめんね」
 謝る必要なんてないんだけど。
「ところで、この戦いが終わったら何をしたい?」
「さ、先の話をするのはよくないんじゃない? そうね……まずは館のみんなの無事を確かめたい。王を倒せばまたみんなの時間が流れ始めて、固まった状態から解放されるはずだから! それから……侍祭長とお話して、待たせてしまったことを謝りたい。王を倒すのは侍祭長のはずだった。あの方だったら、わたしよりずっといい働きをしてたと思う。王に時を止められさえしなければ……それで謝った後は……また旅に出ようかな? だってだって、わたしはウツロイの館の侍祭だから、つねに変化を求めないと! 一般の信者よりも積極的に! ……だから、巡礼の旅に出るのもその一環なの。わたしはまだやっていないけど」
 息つく暇も無いくらいよくしゃべるミラベル。ちょっと過剰なくらいに。
「この冒険自体が巡礼の旅に数えられたたりしないの?」
「違うんじゃないかな。わたしは巡礼とは思わないけど? 巡礼は新しい物事を学ぶ旅。新しい土地を見て、自分と、出会う人々に変化をもたらすことが目的なの。この冒険も巡礼になっていたかもしれない。でもわたしはちっとも変わってない。前と同じミラベルのまま」
 ……出会った頃とはずいぶん変わったように思うけど、僕が決めることでもないし……
「あなたはどうなの、シフラン。終わったら何がしたい?」
「僕も巡礼の旅に出るかもね」
「えっ!? すごい!! でもあなたは……ああ、ウツロイたまえ! あなたもウツロイの信仰に入ろうと思ってるの? もしそうなら館のみんなも喜ぶわ! パンフレットあげるね!」
 冗談っぽく言ったのに本気にされた。ヤバい。さすがにパスだな。
「いや、僕はずっと今のままでいいや」
「それでいいの……? そう……分かったわ……」
 あと声をかけていないのはイザボーだけだ。僕はそう言ってミラベルと別れた。

 願いの木は、町のどこにいても見えるほど大きな樹木だ。
 のんびりそちらへ向かうと、木の前にイザボーがいた。相変わらずの巨躯。どちらも見上げるような大きさだ。
 彼は願いの木に頼むことをじっくり考えているようだった。
「イザ!」
 にっこり笑って僕が近づくと、陽気で大きな返事が彼の口から飛び出す。
「シフ!」
「イザ!!!」
「シフ!!!」
「イッザァァァァァ!!!」
「シフ!!!」
「イ」
「よしよし、そこまでだ! このやり取りは、ここまで!」
 ううっ、冷静に止められた。
 えええぇぇと不満声を上げつつ「なんだこのアホな挨拶は」と僕も思う。アホだからこそいいんだけど。
「こうすべきなんだよ、シフラン。俺は願いの木を見てただけなんだ! この木、かっこいいよな?」
「ああ、そうだね……」
「同じ気持ちで嬉しいよ」
「この木はかなり……」
「なんだって?」
「キになるね」
「ハハハハ!!! そうだなっ! いいぞ! ウケたぞ!」
 僕の放ったダジャレに、イザは毎回とてもイイ反応を示してくれる。
 イザボーは大声で笑いながら片手を上げて僕の肩に向かって伸ばし――その手を止めて、腕を下ろした。
「ハハッ……ウケたウケた。俺はもう行くから、好きなだけここにいるといい。俺が行く前に、話したいことはあるか?」
「そうだなぁ」
 僕は、この木はなんなのかとイザボーに問うてみる。
「あれ、願いの木のことを知らないのか? これは、よくある大きな木だ。でも、ウツロイの館を信仰する者にとっては、特定の場所にある大きな木は、願いの木なんだ! 力の宿った木で、願いごとをすることができる。頼みごとの方が近いかな? たとえば『防衛隊の試験に合格させてください!』とか。これは完全なる架空の例だけど」
 架空だって? イザボーは以前、防衛隊にいたはずだけど。この体格で誰よりも勇敢だし、実際戦闘でもかなり強いし、納得の職業選択だ。
「伝説の木に、試験に合格できるよう頼んだの?」
「そして見事に合格したんだぜ。ありがたいことにな。もちろん、勉強もちゃんとやったから、木だけのおかげじゃない。でも、少しは役に立ってくれたかも! シフもお願いごとをするといいぞ。明日は決戦の日なんだしな!」
 僕は訊ねる。
「……戦いが終わったら、何をしたい?」
「王を倒したら? すごいな、シフ! 自信があるんだな! すげえや! 気に入ったよ! 俺はジュヴァンテの我が家に帰ると思う。他には何も予定ナシだ!」
 力強く「!」が多い豪快な語調だが、素というより意識してそうしているようにも思える。彼はかすかに憂いの表情を浮かべ、遠い目をしつつ言葉を続けた。
「……ジュヴァンテは今頃どうなってるかな。あそこを発ったときにはまだ無事で、時間も流れていたけど、今はもう王の呪いに呑まれただろうな……」
「それじゃあ……元の仕事に戻るの?」
 防衛隊。イザボーの元職場。しかし彼は首を横に振った。
「いや、防衛隊の仕事にはもう魅力を感じないんだ」
「そうなの?」
 意外だ。
 彼は言う。ずっと防衛隊に憧れていたと。
「身の回りの人たちや自分の街を守る仕事だからな! 困っている人たちを助けるんだ。木に登ったネコを捕まえたり、お年寄りの荷物を運んであげたり。でも、ミラがジュヴァンテに来て、支援を求めた。ドーモントの館が奪われた後のことだ……俺は覚悟ができてた。支援しようとするジュヴァンテの防衛隊みんなを支援するつもりだった。なのに、防衛隊のみんなは、なんて言ったか知ってるか?」
 知らないけれど彼の表情から大体想像はつく。
「みんながあんな風に言ったのは、恐怖からだってはっきり分かった! ミラのことを、盗賊かもなんて言ったやつもいた! つまり、ヴォーガルドを救うことに手を貸すのは、みんなにとって急に荷が重いことになったんだ! だけど、怖いから手を貸さないなんて……俺には受け入れられなかった」
 そんなのいくじなしだ。だから防衛隊をやめた。もう戻らないつもりだ! と言い捨てた彼は「他のことをするさ」と微笑む。
「新しいことに取りかかるタイミングなのかもしれない! 秘密にしてたけど……俺、服のデザイナーになりたかったんだ! どこかに弟子入りするのもいいかもしれない……!」
 それは、全然知らなかった。僕は率直な感想を口にする。
「すてきだね、イザ」
「ヘヘッ……シフなら分かってくれると思ってた! シフはどうするんだ? 王を倒したらどうするつもりだ?」
「コメディバーを始めるよ」
「おい、ホントか? マジで言ってる?」
 舌を出しながら本気だよと言う僕に、彼はうんうんと頷いた。
「そうか……もっとたくさんの人に、シフの面白いダジャレを聞いてもらえるってことだな……」
 この愛すべき偉丈夫はすぐに僕の話を信用してしまうのだ。少しは疑うことも覚えた方がいいと思いながら、なんとなく気が向いたので、僕は町でもらった花を差し出した。
「お褒めの言葉をありがとう。お礼に、お花をどうぞ」
「え、なんだ? 花? ……俺に!?」
 あれ――なんかイザボーがすごく驚いている。超びっくり!!! みたいな顔。僕そんなに変なことをしたかな。ちょっと反応が過剰じゃない?
「俺にって、きみしかいないじゃないか」
「ハハ、やった!!」
 イザボーは花を受け取ると、手のひらでそっと包み込んだ。
「……ありがとう、シフ……俺……ずっと大切にするよ!」
 うれしそうだ。そんなに好きだったのかな、花が。
「……あ、そうだ。ミラベルの提案で、時計台でお泊まり会をすることになったよ」
「お泊まり会? やったぜ、カニったれ! だけど、時計台にはベッドが3つしかないだろ? ボンボンとミラが一緒に寝て、オディールが1台を独り占めしたら……また俺たち2人で一緒に寝るんだな、シフ! 俺は左側を使うぜ!」 
「いいよ」
 イザボーもオディールと同じ意見だな。ベッドの争奪戦をしなくてすむのはいいことだ。
「決まりだ! でも、ブランケットを独り占めするのは、今回は勘弁してくれよ。夜は寒くなりそうだから」
「あぁ……うん、そんなこともあったかな」
 そういうこともあってみんな寝るときの事にこだわるのか。うん。少しは反省しておこう。
「よし! 俺は行くよ。後で、時計台で会おうな!」

 イザボーが去り、誰もいなくなった願いの木の前に立ち、鬱蒼と生い茂る梢を見上げる。
 僕は木の幹にゆっくりと近づいた。葉っぱをつかめそうだ。
 願いの木に願い事をするなら、葉っぱが必要だ。
 よさそうな葉っぱを探して、考える。
 ふむ……
 大きな木みたいに力のあるものに何かを頼むってことは、祈りのようなものだと思う。
 ここの来る人たちはきっと、ヴォーガルドの無事を祈願しているんだろう……
 みんなが願っていることを、僕も願う必要はない。その願いはもう、木に聞き入れられているだろうから。
 でも、ヴォーガルドを救うというみんなの願いよりも大きなことを願うのは、みんなの願いを払うようで、悪い気がする。
 じゃあ、小さいことを願おう。シンプルなこと。ちょっといいことだ。
 少し考えて、決める。
(……イザボーが作った服を着ること)
 イザボーと旅をするのが、こんなに楽しいとは思ってもみなかった。いつもジョークを言い合うけど、これまでに現実的な、大切なことを話したことはない。服のデザイナーになるのが夢だと教えてくれて嬉しかった。イザボーにぴったりだ。イザボーと話していたいし、僕が着る服を作るのを見ていたい。彼が作ったものを着る僕を見て、笑顔になるイザボーを見ていれば、僕も幸せな気分になれるだろう。
(みんなとずっと一緒にいたい!)
 選んだ葉っぱを見つめ、心の中で願い事を唱えた。
 葉っぱに願い事を吹き込み、3回唱えて、葉っぱを折りたたみ、願いを閉じ込めた。
 これでいい。葉っぱを静かに手から離し、町の方へ戻ることにした。
 今夜はお泊まり会だ。
 もう一度木を見上げると――僕の願いを込めた葉が、ふわりと風に舞っていた。

 時計台に着いたときは夕刻を過ぎ、周囲はすっかり暗くなっていた。
「シフラン、来てくれたんだね!」
「待ってたんだぞ! さあ、中へ入ろう! 俺、ちょーーーー腹減ってんだ」
 ミラベルとイザボーが僕を迎え入れてくれる。
 僕もお腹が空いた。ボニーが食材を掲げながら元気よく時計台を指さす。
「食べもんいっぱい仕入れたぞ! 早く入ろうぜ!」

 たっぷり時間をかけて食事をした。その後。
「ふぅ。ボンボン……めちゃくちゃウマカッタ~!」
「料理の腕がどんどん上達しているな、ボニファス。今日のサモサは実に美味だった」
 イザボーとオディールの賞賛に、「おやつ係」を任命されているボニーの顔が綻ぶ。
「ほんと? マズくなかった? 気に入ったの? そ、そんなのうまいに決まってんだろ。オイラはマスター料理人だからな!」
「シェフのことか」
「シェフ料理人だからな!」
オディールに突っ込まれ言い直したボニーだけど、やっぱりなんか変な単語。ミラベルがにこにこしながら、そんなやりとりを聞いている。
「最っ高の料理だったよ、ボニー! 今夜はぐっすり眠って、明日は元気いっぱいだね!」
「ちょっと食べすぎたぐらいだよ……もう動けそうにない……」
 食べすぎ? 僕はもっと食べられるけど。みんなと同じく食べたつもりだけど、今日はまだ空腹感が拭えない。何故だろう。
「おっ、シフはまだ食べ足りないのか?」
「フランはたくさん食べたな! オイラの料理がそんなに好きなのか?! ほら、そんなに腹が減っててオイラの料理が好きなら、もっと食べていいぞ」
 ボニーがくれたニンジンスライスをもぐもぐといただく。
「まだ食べられるのか……こんなに小柄なのにどうやって……」
 呆れ顔のオディールに成長期だからねと舌を出す。
「成長期なのにお酒を飲んじゃうの?」
「この中じゃ年上のほうじゃなかったっけ?!」
 ミラベルとイザボーのツッコミをうけて、僕はお茶目にウィンクしてみせた。

 ふと、ミラベルが居住まいを正す。
「……あの、みんな……ちょっと、話してもいいかな?」
「どうしたんだ、ミラ?」
 なんとなく言いにくそうにしている彼女に気づいたイザボーが、優しく話の先を促した。
「あのね……わたしたち、しばらく一緒に旅をしてきたでしょ? 楽なときばかりじゃなかったけど、みんなに出会って……ヴォーガルドのあちこちを旅して、館の門を開けるためのオーブを手に入れて……わたし一人じゃ到底できなかったよ。だから、ありがとうって言わせて。ここまで一緒に来てくれて、ありがとう!」
 そう言って視線を下げるミラベルの表情は――硬い。
「明日は、ついに王と戦うんだね。ヴォーガルドを静止と沈黙に追い込んだ張本人と……ヴォーガルドのほぼ全土で時間を止めた張本人と……わ、わたしはみんなが同じ目に遭わないように全力を尽くすよ。でも、もし来たくなかったら、もうお家に帰りたかったら……」
「ミラベル、今さら言うことではないんじゃないか?」
 彼女の言葉を遮ったオディールにミラベルが向けるのは、悲壮感に染まる表情。
「……そ、それはそうだけど……わたし……」
 そんなミラベルの肩を、イザボーの大きな手が優しく包み込む。
「マダム・オディールが言いたいのは、みんな一緒に行くってことだよ!」
「その通りだ。せっかくここまで来たんだから」帰る選択肢などないな、とオディール。
「俺たちがきみを置いて帰るなんて思うか? きみをひとりっきりにして?」
「ついてくぜ、ベル! みんなで力を合わせる! 心配すんなって!」
 みんなに続いて僕も、心からの言葉を告げる。
「きみと一緒に行くよ、ミラ」
 そう、何があろうと、彼女ひとりで行かせたりしない。それはもう決めたことだ。
 それまでの不安そうな表情から一転、ミラベルは破顔した。
「あ……あああ、ありがとう……!」
 イザボーとボニーがミラベルをひしと抱きしめる。一方僕とオディールはいつも通り、少し離れて立っている。芝居だったら観客が「ああ」と嘆息するところだ。
「……さあ、もう寝よう!」
「明日は忙しくなるぞ!」
「そうだな……ではみんな、おやすみ」
「おやすみなさい!」
 それぞれが寝る支度を終えて、部屋の明かりを落とした。

 深夜――
「シフ……おい……なあ、シフ。シフラン。シファルーニ」
 外で鳴いている虫の声にまぎれて、すぐ横から声が聞こえてきた。
 イザボーが僕の名前を囁いているのか――寝返りを打って話を聞くことにする。
「あっ、ごめん……起こしちゃった? 言わなきゃいけないことがあるんだ。きみさえよければ」
「……」
 僕の睡眠を邪魔するとは。けれど僕がどれだけ睡眠を大切にしているか知っているわけだから、よほど大事な話なんだろうなと思い、眠気をこらえて僕はうなずいてみせる。
「ああ、うん、よかった。じゃあきみに伝えよう! きみを起こしてまで言いたかったことを! ハハ! うん、よし。それで……きみに伝えないと、いけないのは、つまり、俺……には今、特に言うことがないってことだ。でも言うよ。明日、えっと、王を倒したときに。オーケー?」
 何か要領を得ないな。それにこれって死亡フラグってやつじゃない?
「…………イザ、むしろ不吉に聞こえるんだけど」
「そ、そういうつもりじゃないんだが??? 俺は、あの、今は言いたくないんだ。きみの気が散るかもしれないからさ。それは避けたほうがいいだろ? だから、えっと、王を倒した後に言おうかなって。それでいい?」
 僕に何を言いたいっていうんだ? 彼にとっては大事なことみたいだから……僕に言えることは――
「分かった」
「……よし!」
 何故か嬉しそうにそう言った瞬間、イザボーの顔面に枕が叩き込まれた。投擲の犯人は隣のベッドのボニー。ミラベルも怒っている。彼らの顔にはしっかりと「うるさいよ!」と書いてあるのだった。
「おい、こっちは寝ようとしてんだけど!」
「そうだよ、イザボー! 寝ようとしてる人もいるんだよ! ペチャクチャ言ってないでもう寝なよ!」
「じゃあ侍祭さんもペチャクチャ言うなよ! マダム・オディールが起きちゃうぞ!」
 言葉の応酬がヒートアップしそうになる。やばいぞ。オディールが……
「もう起きている」
 闇をも切り裂くようなオディールの鋭利かつ苛ついた声。ひっと息を呑んで振り向く二人。ついでにイザボーも僕も、猛獣を前にした時のように硬直した。
「だがおしゃべりが続くようなら、寝床から出ざるを得ない。私が寝床を出たら何が起きるか、きみたちは知らないほうがいい」
「ごめん」
「ごめん、マダム……」
「ご、ごめんなさい……」
 こえー、熟女の怒りってこえぇー! というみんなの心の声が聞こえてくる……

 一瞬で静かになった。

 イザボーの表情がくるくる変化して、寝る前の一言。
「おやすみ、シフ!」
 仲間に囲まれると、すごく安心できる……
 眠気が襲ってきた。

 翌日――僕らは館の門前に立つ。
 全ての元凶である王がここにいるのだ。
 ものものしい大きさの門を見上げて、驚くイザボー。
 固く閉ざされた門を開けることができるのは、長い旅と冒険を経て手に入れたオーブだ。
 僕ら五人はそれぞれの手から取り出したオーブでついに扉を開け、館内へと足を踏み入れた――

 当然のことながら、王のいる場所へ直行という訳にはいかない。
 正面には複数の哀し身が待ち構えていたのだ。
「邪魔!」
 これまでの冒険で経験値を上げ、みんな強くなっている。特定の手の形をつくり繰り出すクラフトスキルの数々を駆使し、襲い来る敵を突破するのは、だからそれほど難しくはなかった。
「ちょっと待って」
 敵を退けてまっすぐ進んだ廊下に差し掛かったとき、ミラベルが足を止めた。
「ここ……危ないかも」
「どういうこと?」
 みんなを静止したミラベルが、この廊下について語り出す。
「思い出したの……館の侍祭長から何度も聞かされてたから。彼女が言ってた。ここは『死の廊下』だって!」
「死の廊下? そいつは穏やかじゃないな」とイザボーが目を見開く。ミラベルも緊張感を崩さない。
「もともと館は安全な建物だった。しかし王が来てから、一部の罠が作動するようになったかもしれない……つまりそういうことか?」
 オディールの言葉を聞いて、僕は不敵に笑う。
 罠? 罠だって? 
「じゃあ僕の出番だ」
 一歩前に足を踏み出す僕。
「そう、きみの出番だシフラン」
 みんなの前に立ち、罠の発見や解除をするのが僕の仕事だ。イザボーが「頼りにしてるぜトラップマスター」と言った。さあ、みんなの期待に応えないと。
 ミラベルを安心させるために一働き、というのは実はよくあることだ。
 さてと、調べるか……
「うーん」
 廊下のあちこちをウロウロしていくつか柱をチェックしたけれど、怪しげなスイッチも罠も見つからない。特に問題はなさそうだった。
 年長の侍祭はいつもここで死者が出たって言ってたもの、だから罠があるはずだよとミラベルはまだ心配している。
「踏むと作動するとか、そんなようなやつが! あるいは……時間で作動するのかも! ここにずっといたら、そのうち……」
 おいおいやめてくれよ、と僕は思う。
「変なものは何もないよ」
「でも絶対あるって!」
「なあ、ベル。そんな心配すんなって。シフランはいろいろヘタっぴだけど、罠には詳しいんだぜ」
 ボニー、ちょっと。
「そうだな。こんな序盤からパーティーの先頭メンバーに不信感を抱くようだと、先が思いやられる」
 オディール、ちょっとちょっと。
「で、でも――」
 僕はミラベルに、安心してくれよと笑顔を向ける。「まだ誰も死んでないだろ?」
「それもそうだね……」
「この廊下に来てからしばらく経つ。そしてシフランはあちこち歩き回っている。踏むと作動するタイプの罠だったら、とっくに死んでるさ」
「その通り。だから大丈夫だ!」
「あら……そうだね! うん、分かった。信じる! 心配しちゃってごめんね……ちょっとピリピリしすぎたみたい……」
「大丈夫だよ、ミラ。ほらね? すべてオッケーだ」
 にっこり笑って廊下の中央に立った途端に、
 僕の頭上から大きな岩が――
 聞いたことのないような嫌な音がした。
 今までにない感覚だ。巨大な岩に身体が押しつぶされると同時に、

 胃が ひっくり 返り そうに なる そして
 そして――

 僕は死んでしまった。


◆ACT2

 目覚めたのは草地。
(へっ?)
 ミラベルが僕を起こしに来た。
「シフラン? 朝だよ。っていうより、昼……だね。お昼寝してたの? シフランらしいね……こんな時にすやすや眠れるなんて、あなたしかいないもん!  でも、休めるときに休むのはいいことかも……明日に備えなきゃだよね。いよいよ王と対決するんだから」
「は?」
「……まだ寝ぼけてるんだね……」
 横たわったまま彼女の顔をまじまじと見上げる。
「もう……しょうがないなぁ……もう少し寝ててもいいけど、寝すぎはよくないよ! 起きたら町にきてね」
 聞き覚えのある台詞を言い終えて、ミラベルが歩き去る。

 ……あれ? はあっ? 待て待て。
 死んだよね?
 死んだはずだ。間違いなく死んだ! 夢じゃない。館を探索していたらデカい岩が落ちてきて……気づけばまたドーモントの草地。ミラベルが自分を起こそうと声をかけて……あの言葉は……うん、やっぱり前にも聞いたよね?

 それにしても、あああああ! あの罠! バカタレ! とんだ間抜けだ! 罠を解除するのが僕の役目なのに、真っ先に引っかかるなんて! 王の姿なんてこれっぽっちも見かけなかった! あー、自分の役目なのに! 行き先を確認して、罠があったら解除する、だろ!! 自分の仕事すらまともにできずに、間抜けの役立たずのボンクラだったせいで死んでやんの! 
 死んだんだぞ! デッドだ、デッド! 体がぐしゃっと潰れるのを感じた。なのに草地で寝ている。生きている。肌がかゆくて胃が痛い。死んだのに!!
 口を手で覆って叫ぶ。
 星たちよ! 僕はバカで役立たずで間抜けです!
 あああああああああああああああああああああああ!


 ………………よし、落ち着いた。
 深ぁく息を吸ってぇぇぇぇぇ……吐いてぇぇぇぇぇ。
 ふぅぅぅぅぅ。
 震える手を背中に回し、思い切り体重をかけて草の上に押しつける。
 まとめよう。
 その1,僕は死んだ。
 その2,僕は生きている。ぺしゃんこにもなっていない。
 その3,今は前の日だ。ミラベルに昼寝から起こされた。
 つまり戻ったってこと?
 うん、あるよね。全然ある。
 完全に100%、どこからどう見てもあり得る。
 …………
 …………
 まぁとにかく、いつも通り先頭に立っていたんだ。死んだときの位置関係からして、岩が当たったのは僕だけだったはずだ。仲間は誰も死んでいない。犠牲になったのは、そう、自分ただ一人……
 危険そうな場所に行くときは、毎回自分が先頭に立つことになっている。そう決めておいて、本当に良かった。
 それにしても――またここだ。館に行く前の日に戻っている。
 ……どんなからくりだ?
 それに、なぜ?
 それにそれに……次は死なないようにできるだろうか?
 仕事再開だ、シフラン。国を救わなきゃいけないんだから。