麦わら太鼓団 -40ページ目

和やかにやりたかったよ・・・

1998年の結成に至った当時の関西は「和太鼓激戦区」で有ったのです・・・。


いわゆる1000人キャパの劇場で単独公演が打てるグループが6団体・・・しかも、どのグループも個性的で

魅力的だったのですよ・・・。そんな中、少しの隙間を狙って打って出るには・・・

これは和やかに立ち振る舞える状況では無かった訳ですよ・・・。


飛龍というネーミングだけで和太鼓グループとはイメージしにくく私の中ではむしろ、中華料理的なイメージが有ったのです。そんな次元で悩んでいる時、私の兄弟子にあたる「舞太鼓あすか組」主宰者 飛鳥大五郎氏に相談した所・・・「明石家さんまさん見てみぃ・・・さんまやで・・・おかしないか? でも売れてしもたら芸が名前を越えるんや・・・」と。 それを聞いた時にストーンと落ちましたね・・・そこで和太鼓飛龍では無く、「倭太鼓飛龍」で行こうと決めました。


和やかに平和では無く、昔の日本の海賊たちが倭侯と呼ばれ、外国から忌み嫌われていたイメージ・・・。

どうせ色んなグループが乱立し、色んなモノが出来上がっている所に出ていくのだから、和やかには無理やろ・・・と。


今から思いだせば少し恥ずかしい位なのだが、立ち上げ当時は技術も楽器も無く、やる気だけがムンムンしている目にやたらと力の入った男ばかりが倭太鼓飛龍を立ち上げた・・・。

よく間違えられる・・・やまと太鼓 飛龍さん・・・

それと、飛龍峯英さん・・・ちゃうっちゅうねん・・・。最初の頃は結構必死で否定していたが、最近は邪魔くさくなり

「はい・・・飛龍みねひでです」と答える。 だいたい失礼やろ・・・

少しだけ頭を集中すれば気づくやろ・・・って気づけよ!!!


私の芸名は正しくは・・・言わなあかんか・・・調べてからブログ見てくれ・・・。

いや、こんな斜めになった大人ではいけない・・・。



飛鳥峯英      です。


まぁ360度どの角度から見ても、そうは見えませんが日本舞踊家でも有ります。

そして前回のネタに私の飛鳥流の仲間からコメントが有りました。

飛鳥博史君と言います。

私と違い彼は真っすぐに舞踊家として研鑚を続けている見上げた後輩です。

彼もブログやホームページを持っているようなので是非、応援してあげて下さい!

http://hiroshi.maiougi.com/index.html


博史君ありがとうね。

待って無いと思うけど、お待たせしました・・・。


海老で鯛


とある霊感のある方がボソッと言った・・・「龍ってどんな所に住んでるか知ってる?

しばらく話のピントが合わず考え込む・・・龍って・・・龍って・・・うわぁ~!!!

沼や・・・。

その先生曰く、稽古場の北西の方向に龍を祀ってある神社が有るのでご挨拶に伺いなさい・・・と。

その龍が私を呼んでくれているそうな。しかも自分の住み処で有る「沼」に・・・。

ここまで読んで少しでも「ほんまかいな?」と思った方 私とは話の周波数が合わないので、富松のブログでお楽しみ下さい。

当初、飛龍という名前を提案された時にピンと来て無かった・・・。何か厳めしいというか、白々しいというか・・・。

曲のタイトルとかもそうなのだが、壮大なネーミングとかは少し恥ずかしいのである。

何とか、他の名前を考えたりしたのだが、しっくりくるモノも無く悩んでいた時に、この「沼」の話で有る・・・。

もう早速「ひりゅう」決定である。 倭太鼓は後付けでこの話に関しては・・・

                                           次号に続くなので有る。

貴方は龍に会った事が有りますか・・・?

 私は有ります・・・風呂屋で・・・ちゃうがな・・・。

この話をして判ってくれる人と説明のしようの無い人の二つに分かれるので、意味わからん人はスルーして下さい。


もともと子供の頃から龍に縁の有る人だった。

日本舞踊の世界に入り、和太鼓と出会い、自分独自の歌舞伎の様式美を持った演奏が出来ないかと倭太鼓飛龍を立ち上げる事になる。

ただ、楽器も無い・・・稽古をする場所もない・・・当然仕事も無い・・・。

やる気と勢いは有るものの、やはり不安で一杯である・・・。そんな中、私の想いに共感してくれた数名で倭太鼓飛龍を結成したが現在も闘っているのは、英樹、一義、秀幸この3人である。


1998年当時、プロの和太鼓奏者を目指す人は当然有名な佐渡島のチームや既存のメジャーなグループ入りを望むのだが、我々は何も基盤になるものも無いくせに「人と同じ事」をする事を嫌った・・・。

野球で言えばプロ選手を目指しているのにプロ球団に入らず、草野球チームを作るレベルかも判らない・・・

どう考えても無謀な話である。


ただ、こう見えても身体の大きさと反比例してビビりな私は誰かに背中を押してもらいたく知り合いの霊感の有る方に相談する事になった。

倭太鼓飛龍というネーミングは彫刻家の「田中忠」先生に付けて貰い、先生に稽古場所まで提供して貰う事になる(この件はチヂレの秀幸がブログで熱く語ってますのでご参考に)

その稽古場の住所が八尾市沼という所だった・・・。

                                           次号に続く・・・

恐るべしコンビニ・・・

昨日、連れだって和歌山に釣りに行って来た。 レコーディングを控え精神的にパツって来たので息抜きに・・・。

何か判らんけど、波にチャプチャプしてると落ち着く。 天気は良いし、午前中は波も穏やかで気持ち良かった。

倭太鼓飛龍の曲の中で海関連で創った曲が結構あるねんな・・・。


バタバタしだすと目標を見失ったりするけど、原点に還る事って大事やな・・・。


追伸・・・和歌山の○ーソンで発見したモノ 紹介します。
海老で鯛

今更誕生日!

一昨日、仲の良い仲間が集まってくれて、今更ながら誕生パーティー特大宴会inミナミを催してくれました。

それぞれが、それぞれのジャンルのトップアスリートなのに時間を都合してくれる事に感謝・・・感謝。

そこで、プレゼントを頂きました・・・バカラの豚。
海老で鯛
さすがバカラやな・・・豚が光っとるわ。

さぁそろそろ・・・

またブログを頑張ってみよかいな・・・。


改めて発表する機会は有るとして、今、倭太鼓飛龍はCD制作に入っています。5月からレコーディングに入り、9月には各CDショップやインターネットなどでも買って頂けるように考えています。

んで、今は曲のラインナップやジャケットのデザインなどで色々楽しい悩みを抱えちょります・・・。

ただ!!! 問題は曲のアレンジなのだよ・・・。ちゃんと音楽という学問の部分を理解せず、気合いとやる気と根性だけでやってきたので、音のぶつかりなどで悩みだしたら出口が無くなってしまうねんな~。


そこで!!! 登場・・・アレンジャーと言われる方が居る訳ですよ・・・昨日、お目にかかって相談したところ、楽譜を見ただけで、スラスラとアイデアが繰り出される・・・これは、はっきり言って感動ですね・・・。音楽を判ってる人には普通の事なのかも判りませんが、僕は・・・僕は・・・ずくだんずんぶんぐん・・・でした。


しっかし、倭太鼓飛龍のブログの中でトイレのページが有るとは知らんかったな~・・・。

まっ、稽古中でも僕がトイレに行くと、ほぼ同じタイミングで入ってくるもんな・・・あの男前なだけ・・・。

しかしまぁ・・・

こういったネット上の事とか、公共の電波って想像以上の影響力がありますね・・・。こちらからの一方的な表現だけになってしまうので、それはそれは気を付けないとあかんなぁ・・・と再認識しました。

とはいえ、某国営放送のような公共性を持つつもりもなく、これまた言いっぱなしになると思いますが・・・。


しかし、北朝鮮やりよるな・・・。

私は嫌われ者・・・


プライベートへの介入や、それらを吹聴するような書き込みは迷惑ですのでやめてください。


ってな事でイライラしてたら、昨日コインパーキングで、関係の無い車の支払いをしてしまった・・・。あわれ・・・。

しばいたろか・・・

せっかくエ~気持になって、読者のみなさんから励ましのコメントまで頂いて、やる気マンマンになったのに・・・アホの秀幸のうんこたれのブログ見ましたか??? 昔から、あの男はそうですねん・・・ここ一番で人のやる気を削いで走って逃げる・・・お前なんか男前なだけやんけ!!!


まぁ気を取り直して路線を変えて再スタートします。

教室の親睦会やBBSでもお知らせしましたが、倭太鼓飛龍に長年貢献してくれた中園千夏が卒業し、池口あゆ美がママになるため、産休に入ります。色んな和太鼓グループが存在する中で、その大部分が男臭さや、ストイックさを前面に出し、どちらかと言えば浮世離れしたイメージを打ち出していますが、倭太鼓飛龍の柔らかさ、華やかさの一翼を担ってきた二人が居なくなる事は、寂しくも有りますが、新たなステージを迎えるための布石でもあります。

千夏は、「これからは普通の女の子に・・・」みたいなこと言ってましたが、その二の腕は普通じゃ無いよ・・・。

あゆ美は「出産の不安が・・・」って、その腕なら子供の5人は抱けるよ・・・。 

これは悪口では無く、それだけ尋常では無い稽古をこなし、鍛錬し続けて来たからなのです。 しばらく会えなくなりますが、この先倭太鼓飛龍がどのステージに上がって行っても、その土台を作って支えてくれたのは貴方達ですから・・・元気でね・・・ありがとう。