選挙は参政権ではないのでは・・・・ | テーマ毎に政党を選択できなければ

テーマ毎に政党を選択できなければ

外交政策はA党に同意し、教育政策はB党を支持し、財政再建策はC党に賛同するということは十分ありえます。一括一任という粗い制度ではなく、個別議案毎に自らの政治意思に近い政党を選択できる事はデモクラシ-の基本であり国民の権利です

選挙は参政権ではないのでは?
先進国最悪の借金、社会の二極化、治安の悪化・・・国民の閉塞感も世界一という
失政は何が原因であったのでしょうか。
学者は「国民がよく立候補者を見ないのが原因」と言いますが、立派な風采と巧みな
弁舌、そして笑顔だけが国民の持つ検証資料です。
過去多くの選挙で、国民は「駄目な人」ばかりを選んできたのでしょうか。
しかしそのようなことはあり得ないはずです。
問題は「議員に自由委任」という制度に問題があるものと思います。
参政権とは字の上では「政治に参加」です。しかし実質的には「自由委任」即ち任せ
切るということですから、投票した一瞬に参政権は国民から全く消え去っている
のです。
「政治に参加」ではなく「政治に参加する人を選ぶ」に過ぎないのです。
こうして選ばれた人は、自由委任の建前から「我々は国民から全権を委任されている」
と認識して当然です。
そうであれば今の閉塞状況は多くの選挙で国民が「失敗ばかりを選択」してきたのでは
なく、「自由委任」の建前えが誤っていたというほかありません。
なぜ選ばれた人々が失敗ばかりをするのか・・献金意思と役人への遠慮の下で立法をす
るからでしょう。
重要なテーマは裁判員法のように国民が参加できる並存政治が必要です。
さて、どうやら小沢内閣が視野に入ってきましたが、彼は常に「任せ切るべきだ」と言
われます。無投票で代表になられるようですから、閣僚にさえ「俺に任せ切れ」と言わ
れるでしょう。
彼が献金意思と役人へ遠慮をせず、国民の立場に立って豪腕を振るわれるならまさに「
名総裁」として歴史に名を残されるでしょう。
そうではなく、強者は相変わらず役人は天国を満喫し、反対に治安がさらに悪化し、自
殺者がさらに増えるようでは、国民から「待望した政権交代も無意味だった、もはや今
の選挙制度では何度選挙してもダメだ」と結論されるでしょう。そうなれば重要な年5議
案程については国民意志が参加できる並存政治制度が議論されるはずです
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