橋下大阪府知事は昨日、中央区のピースおおさかを視察、府や大阪市から派遣されてい る職員の人件費が1人1000万円を超えることを知り、担当者に仕事の内容を次々に 列挙させ「どんどん1000万円に見合う仕事を言ってもらわないと、どんどん不必要 という判断をしていきますよ」次にヒューライツ大阪を視察。同センターが子供向けに 作っている人権啓発冊子について、実際に何冊が授業で使われているのか質問。担当者 が返事に窮すると「リサーチしてないんですか。民間だったら、読んでくれないものな んか刷らないですよ」と、あきれ笑い。「格好をつけるわけじゃないが、大阪から日本 の財団法人を変えていきたい」。
知事が役所や財団法人に大鉈を振るわれる微かな明かりが見えます。この上は、府民投票条例を作り、府民と連帯して無駄な事業や法人の廃 止、人件費大幅削減などの大改革を・・・・
以下は5年前の青山氏の秀逸な日本論です、許可済み
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承知のように、今までの日本経済は、まともな市場経済システム とは相いれない独自の官僚主導の集権的経済システムをとってきま した。その延長で今までは、継続的な右肩上がりを経験してました。
しかし、その過程では「親方日の丸」による有効需要政策としての 大型公共事業支出、護送船団方式の金融システム、独占・寡占体制 を継続する公益事業など、およそまともな市場経済国家とは言えぬ 社会主義国家顔負けの経済システムにより運営されてきたのです。
また60万社、就業者700万人を超える異常な建設業の存在ひ とつをとっても、土建国家ニッポンの実態は明らかです。
実際に必要性がある、需要があるからではなく、あえてそこに必要性をつく り、需要をつくり、行政主導で財政支出をする。政治がそれを追認 する。その結果、土木事業、農業土木事業を中心とした公共事業へ の傾斜はとどめなく自然環境を破壊し、や環境負荷を高めてきたの です。
どんな組織にもライフサイクル(寿命)はあるはずですが、 一度出来た省庁の組織やその外郭組織、さらにシステムは、今まで の日本では肥大化することはあっても自ら役割を終えたとして縮小 することはありませんでした。
道路公団しかり、住宅公団しかりで す。いつしか、公共と名が付けば突出した投資、開発が官僚の裁量 によって構想、計画され立法府の厳しいチェックもないまま継続で きる仕組みができていたのです。そこには、外部からほとんど光は 差し込みません。これは、独占・寡占化した電気事業など公益事業 にも共通していることです。
日本社会は、経済に限らず、政治、社会を含め今までほとんど 「チェック・アンド・バランス」が効かなったと言えます。それは、 先進工業国でありながら、あらゆる場面での情報公開が不十分であ り、国民、住民の実質的参加は乏しかったからです。
その一方で、 蔓延した談合体質や産官学、政官産の癒着体質、それに助長した納 税者意識、権利意識に乏しい国民の存在。それらが相まって、フィードバックが効かない、極めて跛行性が高く、ゆがんだ経済国家を 醸成してきたと言えます。
ところで、ハーマン・デーリーは、いみじくも25年前に日本の 経済システムを指して、through-put economy 食らい抜け経済と命 名しました。今までの日本の経済システムは、あらゆつ意味で生産 者主権による食らい抜け経済システムであると言えます。
狭小な国 土での大量生産、大量消費、大量廃棄は環境負荷を高めないわけは ありません。ダイオキシン類濃度は、まさにその象徴的指標である と考えます。
そもそも、ローマクラブの「成長の限界」報告の指摘 ではないのですが、経済がいつまでも指数関数的に、量的に成長す ることなど物理的にも考えられないことです。経済の成長は、当然、 資源エネルギー消費を指数関数的に増加させることになります。
私 がローマクラブに最初に勤務した25年前、すでに先進国における 「成長の限界」を私達は警告したのです。しかし、あれから25年、 日本はいくら省エネの産業構造を構築してきたとは言っても、膨大 な経済成長や資源エネルギー消費をしてきました。
量的な成長は、 もう十二分なのです。もはや公共事業によって無理矢理に国内需要 を喚起させたり、不要な製品を消費者に押しつけるようなことは意 味がないないのです。
霞ヶ関とそのまつわりにおける徹底した情報開示を可能とするシ ステムを構築することによって、省庁益、土建国家体質、公共事業 天国、天下り体質、護送船団国家、総じて談合国家ニッポンのドラスチックな変革こと21世紀に向けてなすべきだと思います。
今のまま推移すれば、一般的な意味で言われている少子化、化石 燃料消費による深刻な温暖化や異常気象、さらに石油など化石燃料 の枯渇よりはるかに前に人類や主な生物は「子孫」を未来に残せな くなる可能性が高いことをこの著作は暗示しています。
これらすべ てを私達の自業自得と片づけることは容易です。しかしまったく罪 のない人間以外の生物に対して、人間が豊かさや便利さの果てに生 み出す膨大な量の有害化学物質の深刻な影響を与えてよいことはあ りません。
本題にもどれば、激動のニッポンの本番はまさにこれからだと思 い ます。そのキーは、あらゆる分野の政策立案の透明化だと考え ます。 そのためにも徹底した情報開示の実現が不可欠です。