家族が急死した時の考え方 | Dillon(ディロン)の神様視点スピリチュアルブログ

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目に見えない世界のメカニズムや法則を解説するスピリチュアルブログ。

家族が突然亡くなってしまった場合、
すぐ近くにいた親族が
罪の意識を感じてしまうことは
多いでしょう。
 
私がもっとこうしてあげられたら、、、
 
とか、
 
俺がこうすれば良かったんだ、、、
 
と、後悔ばかり
反芻してしまいがちです。
 
 
大切な家族が、
急に亡くなると、
 
よほどスピリチュアルの認識が
深いレベルに至ってない限り、
 
まず、
予想外の衝撃で
動揺するのはもちろんのこと、
 
喪失感のため、
ちょっとした鬱や
パニックになっても
不思議ではありません。
 
 
 
たとえば、
病気などで急死した場合、
 
気づいてあげられなかったことの
後悔があるでしょうし、
 
事故などで
亡くなられた場合などは、
 
生前もっと優しくしてあげられたら
 
などの後悔も
出てくると思います。
 
医者、病院などの対応への不満も
多々あるでしょう。
 
しかし、
 
この世の中で起こることの、
すべては必然で、
 
気づけなかった、
 
優しく接することができなかった、
 
対応や判断にミスがあった、
 
などの
偶然に見える過程もまた、
予定されていたこととして
神様が仕組まれた
シナリオの流れでもあるのです。
 
 
さらに、言えば
 
急死したように見えても、
それもまた必然で、
 
はじめから決まっていたこと
であることも
少なくありません。
 
 
80歳で病気で亡くなるか、
 
20歳で事故で亡くなるか、
 
の違いだけで、
 
それが
その方の予定された寿命なのです。
 
 
ですから、
 
けして必要以上に後悔して、
ご自身を責めたり、
傷つけないで下さい。
 
 
直前に周りがどのような動きをしても、
そこで亡くなるという結末は
変わらないものなのです。
 
 
ただ、
頭ではわかったとしても、
 
親であれ、
 
兄弟であれ、
 
親族や最愛の人を亡くした場合、
 
この世で会えなくなるので、
寂しい気持ちから
やるせない感情になるのも
仕方ありません。
 
 
それは、
理屈、理論ではなく
感情なので、時間の経過を待つしか
ありませんが、
 
 
亡くなった方に
残された人間ができることで
最優先ですべきことは、
 
「あなたは死にました」
 
ということを
伝えてあげること。
 
 
と、いうのは、

急死の場合、
 
自分が死んだことを認識できないことが
多いのです。
 
特に、現代では
あの世の存在を信じない人や、
 
そこまで死後の世界を
考えたこともない
という人が非常に多いので、
 
そういった予備知識がありません。
 
自分のお葬式やお通夜などを
霊となって俯瞰で見て、
死んだことを
ようやく認識できたとしても、
 
自分の死を受け入れられる人は
稀でしょう。
 
 

いきなり
自分が霊となって、
 
誰とも話せない、
 
誰に声をかけても
自分を認識してくれず、
 
話も聞いてくれない状況に
なるわけですから。
 
 
 
そして、
 
死んだことを伝えたのであれば、
次に、
亡くなられた方への感謝を
声に出して語りかけてみて下さい。
 
 
どんな人間でも、
感謝をされれば嬉しくなり、
心が落ち着くからです。
 
 
ただ、
自分が死んだことがわかり、
感謝を伝えられて
少し落ち着いたとしても、
 
自分が死んだことで、
残された人間が
自分自身を責めて悲しんでいたら
 
逆に亡くなった側が
自分を責めてしまい、
 
成仏できなくなって
しまいます。
 
 
本来なら
天国に帰れる人でも、
 
 
親族が、
自分が死んだことで
不幸になってしまっていては
責任を感じてしまいます。
 
 
 
お葬式やお通夜で、
偲んで泣くのは良いとしても、
 
いつまでも、
 
何年経っても悔やんでいては
天国に足が進みません。
 
 
 
ですから、
 
 
49日が過ぎる頃には、
そろそろ前向きに
気持ちを切り替えるように
しましょう。
 
 
 
あんまり自分を責めているのも、
 
自分のことばかり考えている
 
ということになるので、
あまりよろしくありません。
 
 
現実的に
亡くなった方に
何をしてあげられるか?
 
と考えてみれば、
 
 
もう亡くなっている以上、
 
より早く、
天国で幸せになってもらうこと
しかありません。
 
 
たとえば
 
病院の対応がおかしかった
 
とか、
 
救急隊がもっと早く
病院に繋いでくれたら
生きられたかもしれないのに…
 
とか、
 
過労が原因であった場合なら

「会社でストレスを受けていたから
会社に殺されたんだ!」
 
とか、
 
交通事故であれば、
相手が悪いとか、
 
現実的に考えれば、
いろいろ理由、原因はあるでしょう。
 
しかし、
 
自分を含めて
何かのせいにして、
責めることは何の徳にも
やりません。
 
 
はっきり言いますが、
 
どのような経緯であっても、
結果はすべて必然で、
神様のお手配です。
 
ご本人が、
 
死ぬまでの苦しむ時間を
最短にしていただいた
 
と思えば、
 
それもまた感謝です。
 
 
人の生死に関することに限らず、
 
世の中に起こることには、
必ずその後に続くストーリーがあります。
 
 
今、突然不幸に思えることが
起きたとしても、
 
時間の経過をみると、
 
それが悪いことではなかった
と思えることもたくさんあるのです。
 
 
そこは、
 
究極的には
自分の人生を信じる。
 
神様を信じて、
進んで行くしかありません。
 
 
けして、
ネガティブにならず、
 
亡くなった方には
 
「一緒の時代をともに生きれて
ありがとう」
 
という気持ちで
 
天国への旅立ちを
送ってあげて下さい。