作用反作用の法則、
自業自得、
蒔いた種は刈り取らねばならない、
など、
自分がやったことが
ブーメランのように
自分に返ってくることは、
昔から言われています。
しかし、
これだけ言われ続けていることでも、
いざ、自分の行動で
それを意識する人は少ないようです。
最近の例で言うと、
貴乃花親方が相撲協会に対して
暴力問題を根絶するため
強硬的に責任を追及していたところ、
まさかの自分の弟子が
暴力問題を引き起こし
自分が責任追求されることに
なりました。
顧問弁護士との不倫疑惑で
何かと話題にされる
山尾志桜里議員もそんな感じですね。
山尾志桜里議員は、
以前、当時自民党議員だった
宮崎謙介氏の不倫に対して
痛烈に批判していましたが、
今度は自身の
顧問弁護士との不倫疑惑を
追及、批判される側に
なりました。
ちょっと前になりますが、
民主党の菅直人氏も、
自民党議員の年金未納問題に対し、
未納三兄弟とまで
痛烈に批判しておきながら、
自身の年金未納が発覚。
当然、批判は
ブーメランのように
本人に返ってきました。
他人の批判をする時は、
誰もが、その時点では
「自分はちゃんとしている!」
という自負があっての
発言や追及なのでしょうが、
他人の批判をした事柄に限って、
不思議と本人の身の上に
降りかかってきます。
ここで私が感じることは、
他人の批判をする時というのは、
未来の自分に降りかかる
問題であることが多いということ。
詳しく言うと、
批判する、あるいは、けしからん!
と、自分が非常に反応する
という事柄には、
何かその人に関係する
問題の種を暗示しているサイン
である場合が多い
という事です。
つまり、
他人のふり見て我がふり直せ
という、神様からの
サインが込められている
と考えて良いわけです。
現に例を挙げた三者は
いずれも自身を
反省せざるを得ない状況に
なっています。
協会の体質改善を追及していた
貴乃花親方は、
その前に自身の部屋の指導方法を
改善見直すことになりました。
山尾志桜里議員は、
雑誌のインタビューで、
安易な他人のプライベート批判について
反省、自戒の言葉を述べていました。
菅直人氏は、、、?
お遍路した割には
心からの反省のご様子は見受けられず、
そのせいか、
政治家としての求心力、影響力は
ガタ落ちになっているように
感じます。
私も、以前から
人の批判をするとなぜか
自分も同じテーマの問題が
自身に起こることが多く、
その法則に気づいてからは、
安易な批判や執拗な追及など
しないように、できるだけ
気をつけるようになりました。
『批判する』こと自体が、
運気を悪くするという
事実もありますが、
批判することの中に、
自身にも同じ課題が
潜んでいるということです。
私の例の1つは、
以前記事で書きましたが、
ある知り合いに対して、
「あの人には笑顔がない」
と、批判気味に評したところ
なんと、
私も別の人から、
笑顔がない
と、思われていたのです。
これはほんの小さな例の
ごく一部ですが、
批判したくなる事柄には、
大なり小なり必ず批判する側にも
足りないものや、問題点、課題点が
あるという鏡の法則があります。
みなさんも、
他人の批判をする時は
先ず一歩立ち止まって、
我が身を振り返ってみてください。
たいがいは、
自分は気をつけている!できている!
と、自負されていることが
ほとんどですが、
実際は、その自負に隠れた
もっと根深い課題が隠されています。
自分自身を大切にする意味で、
他人の批判は要注意です。
言葉として発する前に、
先ずは自身の振り返りの材料にしましょう。
たとえ、
その時点では問題が
見当たらなかったとしても、
未来には、
自分が同じことを
不本意ながらも
やってしまうことになったり、
やらざるを得ない状況に
陥ったりすることがあります。
なぜ、
そのような法則があるのか。
これは、
心底相手の気持ちを
わかる、
理解する、
おもんばかる、
という他人への愛を
身をもって身につけさせるために
神様がつくったからです。
また、このことから、
何事も「明日は我が身」
という教訓もあります。
自分のことは
意外と自分ではわからないものですから
批判心が芽生えたら、
自分はこうならないように
要注意だな、、、とか、
なぜ、
この件についてはやたらと
腹が立つのだろう、、、とか、
いつか自分も同じことを
してしまうかもしれない
ということか?、、、など
自分の振り返りの
きっかけにして、
気を引き締めていきましょう。