前項では、
自分の人生の「使命」を
知ろうとすることが大事であると言いました。
そしてその過程において
経験するすべてが人生の意味でもある
とも言いましたが、
そのマインドを持って、
思いと行動を継続していくと
守護霊などの目に見えない世界からの
お手配を受け取れるようになり
様々な気付きを与えられます。
目の前に起きる現象すべてに
ヒントやサインが
散りばめられているような感じなりますので、
そこに心のアンテナを張り、
意識して世の中を見ていると
本当に自分の使命を悟っていきます。
それは「人生の使命」
などの大きなものではなくても良いのです。
その時その時の役割という
期間限定使命のようなものでも良いわけです。
たとえば、生まれる前の計画で
「人に愛を伝えること」
というミッションがあったとします。
そうであったとしても
若い頃はとにかく必死ですし
暗中模索でもがきながら生きているものなので
人に目を向ける余裕がありません。
しかし、あるていど人生経験を経た頃に
「自分の使命って何だろう」
と意識するようになったとしましょう。
そうすると
「卒啄同時(そったくどうじ)」が起こり、
守護霊さんやガイド霊たちが
「キターーーー!」と、
いっせいに動きだします。
そして使命を教えるための様々な手配を計らいます。
たとえば、
すでに「愛を伝えること」を実践している人に
出逢わせて刺激を与えるとか、
両親が愛してくれたことを思い出させるように
両親との思い出の写真がふと出てくるとか、
愛してくれた恋人や伴侶が急死して
「愛されていたんだ」
ということに気付かせるとか、
あえて何か大きな失敗をさせて
まわりの人からの愛で助けられる
という経験をさせるように仕向けたり・・・。
そこで、そうした意味に気付くかどうかは本人次第ですが、
「自分の使命って何だろう・・・」
という意識があればきっと
そのアンテナに反応する感覚があるはずです。
そういう積み重ねによって
次第に自分の使命が見えてくるようになってきます。
これは徐々にで良いわけです。
焦って「これが使命だ」と決め込んでも
たいがいは思い込みで
長続きしませんので。
しかし、たとえ思い込みでも
それがモチベーションになるであれば
非常に大事なことです。
「使命を悟る」というと、
何か特殊な経験をしてインスピレーションが降りてきて
一躍「これだ!!」とわかるイメージがあるかもしれませんが、
誰もがそういうケースに
当てはまるとは限りません。
「気付き」の積み重ねによるもので良いわけです。
それがあるところで確信に変わった時、
本人がついに悟り、使命にまい進するようになるわけですね。
ポイントは
ある程度人生経験を経ないと
それがわかることができないことですね。
つまり器作りです。
使命を受け取れるだけの器を
作っておかなければ、
味噌汁という使命が用意されていても
注ぐことができないわけですよね。
たとえば「愛を伝える」という
使命があったとしても、
自分が誰も愛したこともなければ、
人から愛された経験もない未経験状態
ではピンとこないでしょう。
それが
愛で、もがき苦しんだ経験や、
人の愛によって感動した経験を経ている場合だと
「これだ!」
と感じられたりします。
つまり、これだ!と感じられた場合は、
そこでピンとくるだけの人生経験を
しているということが土台にあるからです。
そういう意味では、
過去自分の半生の中での痛烈な経験や
ずっと思い悩んできたこと、
または一番感動したことなどに
ヒントが隠されているはずです。
そして使命や役割は
自分が満たされていなければ
なかなか確信を持てないもの
でもあります。