さて、魂を磨く修行として
生まれてくるのはわかったが、
個人別として
「生きる意味」というと
なかなか自分で悟ることは難しいですし、
厳密に言えば
その時期、その時期で様々な役割を果たす
という使命もあるので、
一生を通して、または自分の人生としての使命は何なのか
というところは
少しでもスピリチュアルに目覚めた方であれば
「知りたい」「わかりたい」ところですよね。
それがわかれば一生を通しての
目標になるわけですから。
私も以前は
自分の使命というものは「これだ!」
と思い込み、それなりに頑張っていた時期があります。
たとえば少年期の私は
人生の絶望感のような状態の時期があり、
その時に音楽とスピリチュアルに癒され、
なんとか生きることができました。
特に音楽については、
「自分に癒しと元気と感動を与えてくれた音楽とはなんと素晴らしいものか」
と感じ、
「自分もそんな音楽を創りたい、
そして自分の使命は音楽によって人々を癒すことだ!
と、信じて疑いませんでした。
しかしプロを目指した私は
約15年ほど音楽活動を継続しましたが、
プロのミュージシャンには現在のところなっていません。
まだ時期ではないのか、
そういった使命ではなかったのか、
今後どうなるかはわかりませんが、
少なくとも一音楽家として
一生を通した活動をする
という使命ではなさそうです。
その後、大人になってしまうと
「生活のため」「食うため」「家族を養うため」
など現実的な動機も交えながら
絵本作家、漫画家、イラストレーターなど
媒体を変え、様々な目標を掲げて
試行錯誤を繰り返してきました。
イラストについては
現在仕事になっていますが、
並行して会社の運営やスピリチュアル講師などもやり、
自分の人生での使命という観点で考えると
まだ結論は出ていません。
しかし私は、
「今はそれで良い」
と感じるようになりました。
誠実な人は、私も含めて
「自分は何ができるか」
「人に対して何の役に立てるのか」
と模索しますが、通常であれば
神様目線からすると
本当の役割・使命は人生を卒業した時に
初めてわかるようになっているのではないかと感じます。
中には
「これだ!!」
と、ドンピシャでわかる人もいるかもしれませんが、
そうでない場合は、
人生の途上において
その瞬間、その瞬間で本人の感じるままに
試行錯誤を繰り返しながら
前に進む
ということが最良の選択でもあります。
神の導くままに・・・という感じですね。
それが成功することもあれば、
この道は違ったなと軌道修正することもあるでしょうが、
そのように模索しながら様々な経験を得る
ということが
実は神様から人間に与えられた
本当の人生の目的でもあるわけです。
合っていようが、間違っていようが
目標や理想を掲げることで人は進む方向が決まります。
そのゴールに到達するために
いろんな勉強をしたり、訓練をしたり、
人との縁をつないだりするということが
必然的に発生しますよね。
人間はゴールや目標に注目しますが、
神様が注目するのは実はその過程だったりします。
そしてその過程を踏むことが人生の意味でもあります。
ですから、焦る必要はまったくないのです。
ゴールの方向がわからない状態であれば、
日々1つ1つ思いついたものを
一歩一歩行動していけば良いだけなんです。
そして大器晩成という言葉通り、
大きな器の人はその器に注がれて一杯になるまで
時間がかかるわけですから、
自分がまだ何者がわからないという人であれば
それだけ器が大きい
という解釈だってできるんです。