あなたの人生が一瞬で変わる田仲真治のブレイン・アップデート・キネシオロジー -141ページ目

あなたの人生が一瞬で変わる田仲真治のブレイン・アップデート・キネシオロジー

次世代グローバルリーダーとなるビジネスマンやフリーエージェント、自分らしさを追求する女性へブレインアップデート・メソッドを提供しています。

一昨日の大阪に続いて、昨日は名古屋でのオンサセラピスト養成1dayトレーニングo(^▽^)o
移動の新幹線で隣に座った女性にオンサを見せたら興味しんしん!

岡山の医学生で、「脳と心と体の関係、周波数を変換するだけて、痛みも悩みも簡単に解消できる」という話をしたら、ますます興味を持ってくれました。
最近、家族にご不幸があったとのことで、その悲しみをオンサで癒すことにしました。

他の乗客の迷惑にならないよう、オンサを耳元で微かにならしただけなのですが、大切な思い出は残したまま、悲しみを手放すことが出来ました( ^_^)/~~~



それにしても この20年間 新幹線で何度も往復しながら、こんな展開は初めてでした。
セラピーのような目に見えない世界の話を、いきなり見ず知らずの人に話しかけるのも…
という懸念がオンサの登場で払拭されました。

これから、日本全国行脚して、オンサの響きで日本中に愛の共鳴を起こしていきます!

大阪でオンサセラピスト養成1dayトレーニング開催中!
熊本からはるばる参加してくれた本郷さん。
なんとオンサが届いたその日から、家族に試して大絶賛。
早速モニターを募集した所、
オーケストラの指揮者をしているプロからの申し込み。
オンサセラピーで悩みが消えただけでなく、befor/afterでオンサの響きがかわり、倍音がよくでるようなったのにも、ビックリ!
それだけでなく、楽器を演奏したら音がよく共鳴するようになり大感動となりました♪(*^^)o∀*∀o(^^*)♪



本郷 博央 オンサセラピー 本当に超簡単でビックリ!
説明書だけで、次女の肩凝りに試したら、なんとその場で肩凝りが消失しました。
オンサをやると、最初鳴らした音と終わり頃の音が全く違うのですが、プロの音楽家の方が、ビックリされていました。(^.^)
 
  • 本郷 博央 これは、全くの素人の人でも使えるなあ。
    だって、問題を聴いて、二本のオンサを選んで鳴らすだけだもん。(^.^)
    子どもでも出来る。


  • 田中 信二 明日は名古屋で開催します!
    10:00~と19:00~ 2時間の体験会もありますので、
    オンサセラピーの奇跡を体験したい方は、気軽にご参加ください。
    http://www.facebook.com/events/346231102110840/
    日時: 6月9日 場所: 名古屋市中区上前津1-14-11 サンコート上前津2F
    20分前 · ·
  • 皆さん、コメントありがとうございます。


    いろいろな視点から、様々な意見があるものですね。




     
     さて、この日記は、夜中から朝方までの5時間に渡る話し合いのプロセスを短かな文章にまとめたものです。
     したがって、読んだだけでは伝わらないニュアンスがあることと思います。





     そこで、後日談も含めて、もう少し書き足すことにしました。





     まず、今回のことでおきた変化をお知らせします。




     アミは、最初のうちはパパと呼ぶことに照れくささがあるようで、ぎこちない様子でしたが、3回目からは、慣れてきて、今では自然にパパと読んでくれるようになりました。




     私自身も、パパと呼ばれることに慣れてきて、お互いの中にあった見えない壁が薄れ、自然なものとなってきました。




     これは、今までのように「まあ、まだ子供だから、そのうち気づいて変わるだろう」という考えを改め、
    「本気でアミに向き合おう!」ということを私自身が決めたことから起きた変化だと思います。

     さて、そのことについて、次のようなコメントを頂きました。
    *******************************************************************
    >これから、「オレとママと莉愛ちゃんとアミとで4人家族として一緒に幸せに生活していくのか」
    それとも、「この家を出て、お爺ちゃんのところに帰るのか、もしくは施設に入って暮らすのか」
     もうそろそろ、ハッキリ選択して欲しいんだ。




    これは選択ではなく、彼女にしたら生きることを脅かされていることになると思います。親がいるのに、目の前に実の母親がいるのに、赤の他人から新しい子どもができた後に、”パパと認めなければ施設に入れるかおじいちゃんのところに行かせる”と言われているのですから。
    アミちゃんが、自分で生きる道を選ぶことができない、10歳の子どもだということを忘れていませんか?そのように窮地に追い込み、無理やり親と認めさせるのは、彼女が考えて自分で選んだことではならないと思います。大人側ではなく、子ども側から見たらそう思えてもおかしくないと思います。田中さんが現れるまでは、お母さんはアミちゃん一人のものだったのですから。




    どうぞ彼女に時間を与えてあげていただきたいものです。大人は力をいつでも行使できます。施設に行くかおじいちゃんの所で生活するかなどという質問は、大人がいつでも使える力を利用しているのと同じ。パワーを自分の我を通すために弱い者に使うのは卑怯です。
    *******************************************************************




    コメントありがとうございます。




    このコメントを頂いたお蔭で、今回のことをもう少し深く考えてみることができました。





    このご意見に対して、「何が正しい/間違っている」ということは脇に置いて、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。




    「アミちゃんが、自分で生きる道を選ぶことができない、10歳の子どもだということを忘れていませんか?」
    というご指摘ですが、




    「10歳の子どもは本当に人生を選べない」のでしょうか?




    私はそうは思いません。




     なぜなら、彼女が「もうパパなんていらない!」ということを選んだのは、6歳の時だからです。




     彼女はそれ以来、男性に対しては心を閉ざしてきました。







     私も、この2年間、いろいろ試行錯誤しながらアミに関わってきました。
    アミは最初の頃のような あからさまな敵意は示さなくなったものの、本質的な話をしようとすると、いつもはぐらかし、おとぼけで逃れようとしてきました。




     その状況を作っていた要因には、
    「私自身が育ての親に反抗をしてきたので、因果応報、自分も養子を迎え、その子に反抗されても当然」という思いもありました。




     だから、「本気でこの状況を終わらせよう!」とまでは決めることなく、この状況を受け止めてきました




     そのお陰で、育ててくれた母親の気持ちを同じ立場を通してこの2年間で充分感じることができました。
     そして、もうこれ以上は必要がないと思いました。




     そこで私は、この体験からの学びは終了させることにしたのです。




     というのも、自分の実の子どもができた今、これ以上この状態を放置したとしたら、私自身も実の子どもの方が可愛くなっていき、それに従っていつまでも懐こうとしないアミに対して、次第に無関心になっていく可能性があります。




     そうなれば、アミはますます問題行動を起こすことで注目を引こうとすることでしょう。




     それは、私自身が子ども時代に充分体験済みのことです。
    だから、今更またそのパターンを繰り返すことは、私の本位ではありません。





     関係性の問題はお互いに役割を演じているようなもので、どちらか一方がその役から降りることをハッキリ選択してしまったら、それ以上その関係を続けることはできません。




     残された道は、
    「今まで演じてきた役を一緒にを終わらせるのか、
     相手役を替えてやり続けるのか」




    ということになります。 そこで、

    被害者ゲームを終わらせて
    「オレとママと莉愛ちゃんとアミとで4人家族として一緒に幸せに生活していくのか」




    それとも、被害者ゲームを続ける為に
    「この家を出て、お爺ちゃんのところに帰るのか、もしくは施設に入って暮らすのか




    この二つしか残っていないことを私はアミに知らせました。

    また、なんでいつまでも反抗しているのか?
    何が不満なのか?




    内側では何をいつも考えているのか?




    ということも尋ね、自分自身の過去の選択を思い出してもらいました。







    アミは、幼稚園の年長さん(5歳)の時に、周りのほとんどの友達にはパパがいて、弟や妹が生まれてくるのに、アミにはパパがいないから、弟や妹がでいないことがとても寂しかったこと。




    「アミもパパが欲しい」と思って、ママが当時付き合っていた人に、「アミのパパになって!」と頼んだにも関わらず、ママが別れて会えなくなってしまったこと。




    その時に「もうパパなんていらない!」
    と決めたことを自分の言葉でハッキリ認めることができました。








    「人生のシナリオは自分で作っているものであり、自分が気に入らないなら、自分で書き直すことができる」




    というのが私の信条です。

     「いい/悪い」という二元的なモノの見方にとらわれていると、
    ついつい「いい人」と思われたいが為に「悪い人」になることを避けるものです。




    「悪い人=加害者」だとするならば、当然 「いい人=被害者」という構図が出来上がります。




    しかし、「いい人=被害者」は、主導権をもっていません。




    いつ外側にいる悪い人に襲われ、また被害に合うことになるのか、いつも他人任せの人生だと言えます。




    これに対して「悪い人=加害者」は自分自身が主導権を持っています。




    「正義の味方と悪の組織」という、下の表をご覧ください。




    これはネット上で発見したものですが、これを見ると、




    「正義の味方」必ずしも素晴らしいもので、「悪の組織」が滅ぼさなければいけないもの という固定化した見方そのものを見直す必要を感じるのではないでしょうか?




    私は子ども時代、
    「自分は2歳で実の母を亡くし、ママ母にいじめられる不憫な子」
    という被害者役を演じていました。




    しかし、実は、「実の子と離ればなれになりながらも私達兄弟の母になることを選んでくれていた母」を加害者に仕立て上げていたのです。
    ということは、本当の加害者であったのは私自身であったことになります。




    そして、大人になって結婚し、こんなに一生懸命育てているのにも関わらず懐いてくれず反抗される被害者役であり、




    アミにとっては、「ママとの間に勝手に割り込んできた赤の他人」という加害者も演じてきました。

    しかし、今回で、この舞台は幕を降ろすことをにしたのです。




    それは、こんな感覚です!





    子供の頃、私は被害者の役柄を通して何かを学びたかったため、
    母は加害者役を演じきってくれました。




    実は大人になってから、姉から聞かされたことがあります。
    母が父と再婚したばかりの頃、最初は子供たちに嫌われたくなくて、とっても優しくしていたそうです。
    しかし、5歳の私が外で遊んでいて、大工さんの水準器の分銅を持ってきちゃったそうです。
    大工さんは大切な職人の道具を持っていかれたことで、怒って怒鳴り込んできたそうです。

    母はその時、悪びれた様子も見せない私を見て、
    「この子に嫌われても、ちゃんと躾をしなくちゃいけない!」と決め、それから子供たちに怒るようになったとのことでした。
    姉はそのころ10歳だったので、母のことも、弟のことも父のことも、とってもよく観察していたようです。

    私は、母が逃げずに、私に向き合ってくれました。
    そのお蔭で、セラピストとしての仕事をライフワークとして選ぶことができました。

    そして、大人になって結婚し、今度は加害者役を演じたいと思ったら、アミが被害者役を買って出てくれました。




    お互いに迫真の演技で、とってもいい舞台になりました。




    カット!
    の声と共に、被害者役も、加害者役もなく、
    共演者同志、互いの演技を称え合って打ち上げです。







    今日も、アミと、




    「なんでウソは、つかない方がいいのでしょう?」




    というクイズを出し、その種明かしをしました。





    それは、筋肉反射テストを使って、ウソをつくと筋肉に力が入らないという実験を通して体感してもらいました。

    また、「言われたから仕方なくやる」というと力が入らなくなり、




    「自分で決めてやる」というと力が入る という実験もしました。





    アミは、これまで、
    「ウソはついてはいけない!」
    「姿勢をよくしなきゃいけない!」




    というように,
    「他人がそう言うからそうなんだ」
    と頭では知っていても、
    本人自身が納得していない為、何度言われても同じパターンを繰り返していました。




    しかし、この実験を通して、
    「他人に言われてから動くより、自分で決めて動いたほうがパワーが出るんだ」
    ということが分かってきたようです。

    これからが楽しみです!

    皆さんは、どう考えますか?
    コメントお待ちしています。


    つづく【人生を変える旅路16 人生のミッション】
    http://ameblo.jp/mindupdate/entry-11478324074.html

    《前の日記からの続きです》

    アミに対していくら真剣に話しても、アミは はぐらかすばかりでした。
    そこで、私は、「どんな思いで私が、アミを養子として迎え、育てることにしたのか」
    「ウソをついたり、誤魔化したり、自分が決めたことを先延ばしにしていてはいけないのか」
    を私自身の体験を通して伝えることにしました。

    それは、49歳の誕生日の時、
    「棺おけリスト(邦題:最高の人生の見つけ方)」
    という映画を見たことをきっかけに、、意を決して、それまで先延ばしにしたいたことに決着をつけた私自身の体験でした。

    アミもこの映画は見たことがある とのことで、初めて私の話に耳を傾けてくれました。

    実は、オレの生みのお母さんは、オレが2歳の時に死んだんだ。
    そして、5歳の時に二番目の母が来てくれて、
    とてもよくしてくれたんだけど、同時にとても厳しい面もあってね。
    それで、今のアミと同じようにオレもよく反抗したんだ!

     その度に「よその子を育ててあげているんだから、感謝しなさい」と言われてね。
    でも、「親が子を育てるのは当たり前じゃないか! いちいち恩に着せるなよ!」
    って反発していたんだ。

    子供の頃、アミと同じようにオレも本を読むのが大好きで、いっぱい本を読んだんだ。
    白雪姫とか読むと、「まま母にいじめられるシーン」がよく描いてあるよね。
    オレも、「まま母にいじめられている可哀想な僕」っていうストーリーを勝手に作っていたんだね。

    でも一度だけ、ある本に
    「亡くなったあなたのお母さんに代わって私が託された子供だから、なんとか一人前に育てなくてはと思って厳しくしてるの」
    というようなことが描いてあったことがあったんだ。

    「もしかすると、お母さんもそうなのかな?」
    って考えたことがあるけど、オレはすぐにそれを否定した。
    なぜかというと、親戚の家に行った時なんかに、
    「まま母にいじめられている可哀想な子供」でいた方が、
    「不憫な子ながら、なんて健気にいきているんでしょう!」って受けが良かったんだね。

    そうこうしているうちに、どんどん親子関係はどんどん断絶していって、ますます反抗するようになっていったんだ。

     15歳の時に、母から
    「信二ちょっと話があるの。今まで黙っていたけど、私には本当の子供がいるの。
    その子の父親とは、産んですぐに離婚することになったので、ずっと別れ別れで暮らしてきたの。
    でも、その子が、『お母さんがそんなに苦労しているなら、僕と一緒に住もうよ』と言ってくれているの」
    と告げられてね。
     
    オレは、その時、すごいショックだったんだ。
    そして、なんでことあるごとに「“よその子”を育ててあげているんだから、感謝しなさい!」と言われてきたのか、その意味がやっとわかったんだ!
    オレはお母さんのことが怖くて、大嫌いだと思っていたけど、本当はお母さんのことが大好きで甘えていたんだね。
    でもひねくれていたから、素直に甘えることができなかったんだ。
    本当は、お母さんの本当の子供だと思いたかったんだね。
    だから「よその子」って言われる度に打ちのめされたような気持ちになって反抗していたんだ。

    そうえいば、そのことを告げられる1週間前に、15歳のオレにお母さんが「信二一緒にお風呂に入ろう!」
    って言ったんだ。
    オレは、お母さんがなんで急にそんなことを言うのか不思議で、
    お兄さんには、からかわれながらも、一緒にお風呂に入ったんだ。

    きっと小さい頃はよくお母さんと一緒にお風呂に入って頭を洗ってもらってたから、
    家を出ていくことを決めていたお母さんは、オレがどの位成長したのか、一緒にお風呂に入って確かめたかったんだろうね。


    でも「お母さんに本当の子供がいたんだ」と知らされた時には、「もうこれ以上甘えちゃいけない!」って思ったんだ。
     
    だって、その子の方は、「あなたのお母さんはあなたを生んですぐに死んだのよ!」
    って言い聞かされてきたんだって。
     その子は、死んだといわれてきた母親が実は生きていると知らされ、「どうしても一緒に暮らしたい」と思ったんだね。
    オレは、その子に対してもお母さんに対しても、一番大切な時期をオレ達兄弟の方が母を独占してしまったことに対して
    本当に申し訳ないことをしたと思ったんだ。
    だから、「もうお母さんをその子に返してあげなきゃいけない」って思ったんだ。

     オレが本当に伝えたかったのは
    「お母さん、今までありがとうございました。いろいろ反抗もしたけれど、ここまで育ててくれたことに感謝しています。どうぞ、その子の方に行ってあげて下さい」という言葉だったんだ。

    しかし、実際に口から出てきた言葉は
    「出ていきたいなら、いつでも出ていけばいいじゃないか!その方がこっちもせいせいするわ!」という悪態だったんだ。
    オレ、ひねくれてたから、どうせなら思いっきり嫌われたほうが、その子の方へ行きやすいだろう…って子供心に思ったんだね。

     母さんは、それから一週間位後の父が不在の夜、オレ達兄弟が眠っている間に、別れも告げずに黙って消えちゃったんだ。

    予期していたこととはいえ、頭が真っ白になっちゃってね。

     それから34年間、いい時にはあまり思い出さないんだけど、何かうまくいかなくなると、あの時の罪悪感が残っているから、こんな目に合うんじゃないかって考えるようになったんだ。
    その度に「なんとか所在を突き止めて、お詫びとお礼をしなければ」と思いながらも、あてもないまま先延ばしになっていたんだ。

    49歳の誕生日に「棺おけリスト(最高の人生の見つけ方)」を見て以来、
    「このまま、もし母が死んでいて、本当の思いを伝えられないままになってしまったら一生後悔することになるだろう…」と思ったら、居ても立ってもいられなくなってね…
    そして、意を決して、子供の頃に連れて行かれた浜松の母の実家を訪ねていき、居場所を突き止めたんだ。

    お母さんは、その時、愛知県小牧市に住んでいて75歳で生きているってことだったんだ。
    電話番号を教えてもらい、恐る恐るかけてみたんだ。
     「田中と申しますが、○○さんはご在宅ですか?」
    すると、とても若々しいのですが、明らかに警戒した声で「どなた様ですか?」と返ってきたんだ。

    声が若いので「お嫁さんかな」と思い、 「もしかして75歳の○○さんですか?」と尋ねたところ、ますます訝しげに「そうですが…」との返事、間違いなく本人のようです。
    せっかく繋がったのに、危うく「オレオレ詐欺」と間違われて切られそうになりながらも、慌てて「子供の頃育ててもらった田中信二です」と早口で名乗ったところ「ああ…」という言葉と共に、思い出してもらえたんだ。

    「ああ、やっとつながった!」と思ったら、いきなり涙が溢れてきたんだ。
    そして、長年伝えられないできた、本当の思いを伝えるうちに、とめどなく感情が湧きあがってきて、自分の中にこんなにも蓋をしたままの感情があったのかと驚きました。

    そして、母の方からも
    「あの頃は、こうしている間にも、自分の子には不幸な思いをさせているのかと思うと、ついつい憎くなってね…。
    あなた達には随分辛い思いをさせてしまってごめんなさいね。  黙って出ていってしまったので、ずっと後ろめたい気持ちがあったのよ。本当にごめんなさいね。幸せになって下さいね」
    と言ってくれたんだ。

    オレの中で長年つかえていたものが、この時外れたんだ。
     
    それまで、いつも流れに逆らった生き方をしていたんだけど、それ以来、人生の大きな流れにのって生きれるようになってきた感じがするんだ。



    アミは初めて、黙って私の言葉に耳を傾けてくれていました。


    だから、アミのことを見ていると、子ども時代のオレを見ているような気がするんだ。
    アミのお蔭で、あの頃のお母さんやお父さんの気持ちもようやくわかるようになってきたんだ。

    オレもセラピストとして、いろいろな人の相談され、いろいろな親子関係を見てきたけれど、
    実の血の繋がった親子でも、酷い家はいっぱいあることを知ったんだ。

    だから、血が繋がっているかどうかよりも、互いに選択して一緒に生活することの方が大切だということに気づいたんだ。

    オレのお母さんは、実の子と別れながらも、オレの母になることを選んでくれた大切な人だったんだ。
    でも、オレの方が、お母さんの子として、素直にお母さんの話を聞くことを選んでいなかったんだ!

    オレは、そんな経験をしてきているからこそ、アミと暮らすことになった時、
    「アミがどんなに反発してきたとしても、それを受け止めよう」
    そして、「お母さんがどんな思いでオレを育ててくれていたのか」をしっかり感じ取ろうと決めたんだ。

    「そして、最後には本当に心から理解し合える関係を作り上げよう!」って決めているんだ。
    なぜなら、それがオレの人生のテーマだと気づいたからなんだ!

    でも、これは俺の選択であって、アミには、アミの選択がある!

    アミは、一緒に暮らして2年になるけれど、なんとなくママに着いて来ただけで、ちゃんと選択してないよね。

    これから、「オレとママと莉愛ちゃんとアミとで4人家族として一緒に幸せに生活していくのか」
    それとも、「この家を出て、お爺ちゃんのところに帰るのか、もしくは施設に入って暮らすのか」

    もうそろそろ、ハッキリ選択して欲しいんだ。

    もう今までのような「中途半端なまま、なんとなく一緒に住んでいる」という関係は今日で終わりだよ!

    ここでママも話しました。

    「アミは、“妹が欲しい”ってずっと言ってたわよね。
    それから“引越しをしたら、自分の部屋が欲しい”
    それに“パパが欲しい”とも言ってたわよね。
    その全部が今手に入っているんじゃないの?
    あとは、信二さんのことを“パパ”と認めて
    素直にそう呼ぶだけで、
    家族皆が幸せに暮らせるようになるんじゃないの?

    アミがここで、素直になるのか、反抗し続けるのか
    それはアミの人生だから、アミ以外は誰も本当には困らないのよ!

    でも、アミにとっては、今日ここで選ぶか選ばないかで、
    全く違う人生になってしまうのよ!」


    アミはしばらく考えた末に、
    「アミ、素直になる。
    今日からパパって呼ぶことにする!」


    ようやく、自分から本当に決めて言葉にすることができました。

    そこで、最後の仕上げに、アミと手をつないで、二人の関係を調和させる為にオンサセラピーをすることにしました。

    手をつなぐと、それだけで、アミのエネルギーが伝わってきて、私のノドや胸がつまって、苦しくなってくる。
    これほどまでの、ネガティブな感情エネルギーが体のチャージされていたら、本当の思いは全て変換されてしまうのも当然でした。


    初めは曇っていたオンサの響きがだんだ明るく響くようになっていくに連れ、アミから伝わってくるノドや胸のつっかえていたエネルギーが消えていきました。そして、なんだかウキウキ楽しい気分になってきました。

    オンサセラピーが終わったあと、アミはいいました。

    「今まで反抗してきてゴメンなさい。
    パパよろしくお願いします!」

    こうして、アミの人生の分岐点となった長い夜は終わりました。
    朝の5時を過ぎ、外はもう明るくなっていました。


    それから、少し寝て、目が覚めてからアミとリビングで顔を合わせました。
    パパ: 「アミおはよう!」

    アミ : 「おはよう!」

    パパ: 「あれ、それだけだっけ?
         アミおはよう!」

    アミ : 「おはよう!  パパ」

    アミは、少し照れくさそうではあったが、顔つきが、昨日までとは違った、確実に素直な可愛い表情になっていました。
     

    《つづく》【人生を変える旅路15 被害者ゲームと加害者ゲーム】
    http://ameblo.jp/mindupdate/entry-11276961472.html