
自分自身が初心に帰る意味も含めて、ご紹介させていただきます。
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◇◇私の八月革命◇◇
1991年8月、「ゴルバチョフ失脚」の第一報から始まるソ連での政変は、めまぐるしいスピードで進んでいきました。
時を同じくして、私自身の人生も大きな変化を迎えていました。
私は、企業研修を行う教育団体でクロス・フィールドというオリエンテーリングを高度にしたような野外行動学習のインストラクターをしています。これは、企業人の意識改革を図る上で「座学による知的納得に加え、野外での実践的行動から体を通して学ぶ」というプログラムです。

学校は、土日2日、平日2日の月4日間通えばよいので、有給をとって通わせてもらえないかと上司に相談しておりました。
ほぼ、それで大丈夫だろうと思っていたところ、総務部長から話があり、「社員という形では、他の社員への影響もあるので、やっぱりまずい。社外講師という立場ならいいだろう」とのことでした。
「そんな方法もあったのか。自由がきいてかえっていいや」という気持ちと、「それで食っていけるのだろうか」という不安が織り交ざった心境でした。
ちょうど8月20日「ソ連でクーデター発生。ゴルバチョフ失脚」
のニュースに世界中が動揺している時でした。
社員としては8月一杯ということが決まり、最後の出張も終え、「サラリーマン生活もあと数日だな」
と感慨にひたりながら、少しワクワクする気持ちで出社しました。すると、何か様子が違うのです。私の不在中に状況が急変していたのです。
私が行こうとしていた学校が、
いきなり、下から梯子を外されたような、あまりに急な変化に唖然としてしまいました。
「人生の 転機に立ちて 眺むるに
明日は嵐か 快晴か」
時はまさに、クーデター失敗のニュースがテレビや新聞を賑わしている頃で、ソビエト情勢と自分自身の人生が二重写しに感じられました。
「我が道の 自己変革(ペレストロイカ)の行く末に
何が待とうと ただ突き進まん」
「ソビエトに 起こりし変化 見るにつけ
世界は我が身の 鏡に似たり」
さあ、どういうことになるのやら…。しかし、どういうことになっても、多分必要なことが起きているのだろうから、長い目で見れば「良かったな」ということになるだろう…と意外なくらい落ち着いていました。
また、どういう形になっても会社とはケンカをせずに別れよう。何といっても、この会社での約十年という日々があったからこそ今の自分があるのだし、それを最後に否定してしまったら、この十年の自分の人生まで否定することになってしまう。
「結末が どちらの道に転ぶとも
変わらぬ思い 十年の恩」
「人生に起こりし全ての出来事に
無駄なきならば 何をか学ばん」
以前の私なら、会社に食ってかかり、ケンカ別れをしていたことでしょうが、とても冷静に主張的に会社側と話し合いができました。これもアドラー心理学を学んだお陰だと感謝しています。
また、ある先輩からは「君がやろうとしていることは、社会的にはまだ認められていないし、正統派というよりは亜流の部類に入るのではないか。日の当たらない道を歩くより、お天とう様の当たる表街道を歩いた方がいいぞ!」というアドバイスをいただきました。
しかし、誰もがやっていることならば、自分がやる必要はない。むしろ、人がやらないことだからこそ、今自分がやる意味があるのではないかと発奮しました。
「今はまだ 行く人少なき道なれど
やがて日のさす 大路にならん」
そして、8月31日、いよいよ結論の出る日を迎えました。台風十四号がまさに通過せんと、風雨が吹き荒れていました。
「目標が 地図からはみ出すものならば
信じて進まん 我がコンパスを」


その頃の私にとって社長は、雲の上のような存在でした。
しかし、「何とか自分の想いは、社長に伝えておこう!」と、
腹をくくって最後の面談に臨みました。
意外なことに結論は
「台風の 過ぎ去り後の青空は
以前に増して 目にしみる」
まさに台風一過の日本晴れ。
最初に「明日は嵐か快晴か」と詠いましたが、結局両方が来ることになりました。
しかし、最初の空の青さと、嵐の後の空の青さは、やっぱり違うのです。
物事のありがたさというものは、失った時に初めて気づくということも多いようです。
この嵐のお陰で、会社に対する依存心や甘えからくる不満は吹き飛びました。
そして、「男一匹、自分の目標さえ見失わなければ、何をやったって生きていける。これから俺がやろうとしていることが、世の中に役に立つことならば、必ず食っていけるはずだ!」
このため、再び「社外講師という形で関わってほしい」と言われた時には、浮かれるわけでもなく、坦々とした気持ちで
状況はこれで一段落しました。しかし、私自身の革命は終わったわけではなく、今まさに始まったばかりだな…。
そんなことを感じている今日この頃です。
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16年前に書いた文を今あらためて読み直してみて、自分の原点に戻った気分がします。
91年8月31日に脱サラをし、偶然にも15年後の同じ日に 脱鳶をして新しいステージに移っていたとは、感慨深い思いです。本当に私自身の革命は今も続いています。
また、あの時は、誰から何を言われても全くぶれない自分がいました。
芯がまっすぐ通り、頭の中も驚くほど冴え渡っていました。そして、自分の思いが即座に短歌となってあふれ出してくるのです。
あの頃は、「セラピー」とか「癒し」という言葉は、ほとんど聞いたことがないような時代であり、会社では、「隠れ切支丹」のような存在であったのを思い出します。
それが、今では「癒し系」なんていう言葉が普通に使われるようになっています。
そして、今、ロバートキヨサキや本田健の登場により、経済的自由人(右側のクワドランド)を目指して、起業する人が増えてきました。しかし、まだまだ一般的には胡散臭く思われがちでもあります。
特に、親の立場からすると「そんな夢みたいなことを言ってないで、ちゃんとした会社に就職して働きなさい!」と言いたいところなのでしょう。
しかし、誰もがやっていることならば、自分がやる必要はない。むしろ、まだやる人が少ないからこそ、今 自分がやる意味があるのです。
「今はまだ 行く人少なき道なれど
やがて日のさす 大路にならん」





≪つづき≫「人生を変える旅路11 自分がもう全てを持っていることに気づく」
http://ameblo.jp/mindupdate/entry-11151801003.html
![[人生を本気で変えたい方]の為のブログ 映画「マイ・フェアレディ」の様に、ガラリと人生を変えてみませんか?](https://stat.ameba.jp/user_images/20100520/01/life-chenge/d6/06/j/o0285034510549780790.jpg?caw=800)
