彼女は、3.11の地震の後、 本当は、被災地に行って何かやりたいと思いながらも、様々な葛藤があり、結局なにもできないままに過ごしていることでウツ状態になっていたようです。
そこで、その葛藤をリストアップしてもらいました。
すぐに被災地に駆けつけて、炊き出しでも、なんでもボランティアをやりたいけれど… ・イザ、行くとしてもどこに行ったらいいかわからないし ・一人で行っても、足手まといになってかえって、迷惑になってしまうんじゃないか… ・
女性で、変なことろに行って、強姦にでもあったらどうしよう… ・被災地に行った人がブログで報告しているのを読むと、
俺たちはこんなことをしてきたのに、お前らは何やってるんだ!
と責められている感じがする。
被災地に行った報告のブログに、
「いいことするなら黙ってやれ! これ見よがしに、こんなイイことをしてきました!」
なんて書くのは、売名行為だろう! というコメントが付いているのを読んで、
自分も批判されるんじゃないかと不安 ・気分転換に、何か楽しいことをしたいと思うけど
何をやっても「こんな時期に、不謹慎だ!」と言われそうで気が引ける
・ボランティアをするだけのお金の余裕があるだろうか・ ・
東京での生活が退屈 などが上がりました。
そこで、筋肉反射テストを使って、どの問題が最優先の問題かをチェックしました。
すると意外なことに、一見被災地へボランティアに行くのとは関係のなさおうな、
「東京での生活が退屈」 というのが最優先で解放する必要がある問題ということが特定できました。
これは、どんな意味をもっているのでしょうか?
「最優先の問題」と「最重要の問題」は違います。
私は、よくこれを「菓子折り」に例えて解説します。
テーブルの上にお土産に頂いた菓子折りが置いてあったとしましょう。
「最重要なこと」は、中身のお菓子を食べることです。
しかし、キレイな包装紙で包まれ、リボンまで掛けてあったとしたら、 なかなか手が出せないものです。
そこで、「最優先」は何かというと、「リボンをほどくこと」となります。 リボンさえほどけば、そのまま包装紙を外し、箱を開け、中身のお菓子に触れられるところまで、自然に進みます。
これと同じように、私たちが頭の中で、「ああでもない、こうでもない」とこねくり回して、どこから手をつけたらいいかわからなくなって、こんがらがった毛糸玉のようになってしまっている問題も、 必ず糸口があるのです。
では、「東京での生活が退屈」 というところから、彼女をここまでウツにしてきた全体像を紐解いていきましょう。
まず、平常時には、会社などで支持された役割だけをこなしていれば、 誰からも文句を言われないので安心だといえます。
しかし、今回のような緊急時に、 仕事としてではなく、ボランティアとして自主的に行動するとなると、 まず直面するのは、指揮系統がハッキリしていない為、 誰に相談したらいいのかわからない…ということだと思います。
この為、初動で必要とされるのは、 全体のことを考えた上で、 今、何が求められているのか? 今、自分に何ができるのか?
今、自分が本当にしたいこと(貢献したいこと)は何なのか?
その為に、どんな準備が必要なのか?
といったことを、自分自身で考え、行動する必要があります。
ここで必要とされるのは、自発性と自己責任だといえます。
しかし、サラリーマン生活にならされてしまっていると、 決められた役割以外のことをすることは、 「これが正解」というものがない為、
何をやったとしても、人から批判されるリスクがあります。
そうなると、何をやるにしても 「このご時世だから、自粛しておこう」 ということになります。
このもとにある感情は罪悪感です。 スリーインワン・キネシオロジーの中に 「痛みに伴う態度」という情報がありますが、その中の第11段階がこれにあたります。
痛みに伴う態度11番 意識して、または、無意識に罪の意識が生じる 苦痛を抑えたり、健康を回復したり、不満な状態を改善することができないことを絶えず思い知らされるうちに、 「これは、自分が何か悪いことをしたことから、バチが当たったんじゃないか」 と考え、苦痛を受け入れるようになります。 多くの人たちは、過去に罪を犯したので、天罰が下って、これだけの苦痛や苦悩が続くのだとシンジはじめ、 「この罰を当然の報い」として受け入れます。 「苦痛を通して罪を償っているのだ」と信じはじめ、苦痛を感じている時の方が、心の安定を保てるようになります。 こうなると、潜在意識では、「“回復してしまうこと”そのものが、罪を犯すこと」になってしまいます。 これは、精神面では、 「愛を引き込めることで、自分と他人を罰する」ということにつながります。 その結果、関係者全員に、もっと悲痛と罪の意識を生みだすことになります。 健全な態度: 「どうすれば、今直面している物事・目標に対等に挑んでいけるか」を考えて、行動することを選びとる 決められた未来はありません。 パワーの源は“今”です。 というのも、“今この瞬間”自分が選んで手に入れる姿は、それがどんな姿でも、過去を変え、新しい未来を作り出すからです!この文章を改めて読んでみて、これはパラレル・ワールドにシフトしていくことを意味しているんだとわかりました。
私たちは、本当の“今ここ”を生きていない時、 陰/陽 二極化した低いヴァイブレーションのエネルギー状態になります。
それぞれが、「今、何が最優先か?」に気づかないまま、生きていると 退屈しのぎの為に“いつか、どこかで、誰かがやった、何か” を批判したり、同情したり、救済者の役を演じたりすること… まだ起きていない未来に対する不安や憧れから、地に足付かない幻想の世界 で強迫的に何かに没頭したりしがちです。
そんな風に何がしかの役割を生きていれば、とりあえず安心だとい言うわけです。
しかし、先に誰かにその役割をとられてしまった場合は、やることがなくなって、ウツになっていく… これが、ここ数年のウツやニートが増えたり、今回の地震ウツが生まれた要因だと思います。
そして、その裏側には、成功哲学やポジティブ・シンキングが大流行したり、 ボランティアで活躍している様子がはなばなしく報道されていることがあると思います。
物事には、全て、陰/陽があり、 闇を否定して、光の部分ばかりに焦点を合わせようとすると、かえって対極である闇が顔をだすことになります。
大切なことは、陰/陽 両面を受け入れ統合すること、 これによって、クオンタム・ジャンプが起き、 次の次元にシフトすることになります。
彼女は、このことが、ハッキリわかったようです。
「東京での生活が退屈」という動機から、 何かやらなくっちゃ! という視点で闇雲に動くのではなく、 今、東京にいる間にできることは何なのか?
今回の震災は自分にとってどんな意味があるのか?
何のために、被災地に行くのか? ということが明確になったようです。
明らかに、彼女の表情、姿勢、目の輝きが変わり、エネルギーがシフトしたのがわかりました。
そして、このヴィアイブレーションの彼女が被災地で出会う人達も、 彼女と同じヴァイブレーションのパラレル・ワールドの地球に住む被災者の方々であり、その出会いを通して、素晴らしい学びと、エネルギーの交換が双方に生まれることでしょう。