天上絵師KAWAZO旧ブログ -68ページ目

コメント返信★1.『愛とはなんぞや?』回答編

少々現実世界の方でゴタゴタしている最中だが、約束なので、回答3連打をUPする。

序章「爺様モード」にも書いたが、回答編は、どなたでもコメントの横レス、乱入、大歓迎だ。

--*--* 追記 *--*--*--
コメント欄へは、いつものように毎回レスはしない。
横道に逸れそうになった時などはレスするかも知れないが、基本、各人のイメージや考え方、感じたことなど書き込んでいただければ、まとめて、回答記事としてお返事させていただきたい。
いただいたコメントを無闇に斬り捨てたりは絶対にしないので、ご安心を。

--*--* 追記2 *--*--*--
あまり参加者いないようなので、コメント欄へ回答を書く形にしようかと思う。
しばし待機。

--*--* 追記3 *--*--*--
コメント返しにて、回答返信。
*--*--*--*--*--*--*--*--*--


単語一つだけの書き込みでも構わない。
自分の心だけで回答してくれても、もちろん、歓迎だ。
しかし、せっかく思い浮かべた回答なら、書き込んで共有してみてはいかがだろうか。
共有、共感で喜びを得られる生き物。それが人間だ。


では、始める。






1.『愛とはなんぞや?』

互いの境界が入り交じる時、何らかの形で双方が感知しあい、それぞれの反応が生まれる。

その反応を良きものとするか、害となすか。
それは互いの個性、時の状況、入り交じった場所など様々な要因により千変万化する。

全ての反応が、愛である。
反応により引き起こされる現象が、愛の形である。


反応は一方通行であることは、ほぼ、あり得ない。

どちらにより大きく働くかは、これも千変万化であるが、大きい小さい深い浅い激しい緩い、その他いかなる形であろうとも、互いの接触があればこそ発生する。


目の前に存在する相手であろうと。
存在しない相手であろうと。
実在する相手であろうと。
虚構の中のみの相手であろうと。

過去の相手であろうと。
未来の相手であろうと。

そこに向けて思いを放つ時、放たれた瞬間に…時にはそれ以前に、その思いは作用する。

愛とは、相身互いに作用し合う反応である。



だが、この問いは、私には非常に難しい。
これが私の回答、という、ハッキリした形を提示することを目指したが、現在のところどの道筋も途中で行き詰まる。

普段の自分の「愛」という単語の使い方をふり返っても、この回答でカバーできない使い方をしている時は数々ある。

私は情感ではなく思考で回答している。
故に、そもそも取り組み方法からしてズレている可能性は確かにある。

情感で文章を組み立てることは、私にはできない。
できたとしても、言いたいことは全く盛り込めないことになるように思う。




ところで、一つ、問い返したいことに出逢った。

多くの人間の価値観には共通のカテゴリーが存在する。

ポジティブ、ネガティブ。
善、悪、中庸。
好意と嫌悪。
慈しみと憎悪。
守護と遺棄。


大きな愛の中に他の全ての感情は溶かし込んで一体化することができると言う。

だが、その中からさえも、混乱や拒絶は発生する。
それは何故か。

溶かし込んで「愛」となったなら、何故、他の感情が再び起ち上がり得るのか。

一体となる、とは、どういう意味だ。

私にはわからない。

あなたは、どう思う?




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