
先日お会いしたピラティスの先生におすすめされて、
「どろろ」という映画を観ました。
手塚治虫さんの漫画を原作とする作品です。
<どろろ ストーリー Wikipediaより>
戦国時代。妖怪から自分の体を取り返す旅をする
少年・百鬼丸と、泥棒の子供・どろろ。
この2人の妖怪との戦いや、乱世の時代の人々との事件を描く。
描写はややグロテスクですが、非常に面白いストーリーなので
おすすめです!
印象的だったのは、主人公の百鬼丸が、自分の体を
取り戻して行く場面です。
詳しくは観て頂くしかないのですが・・・(汗)
百鬼丸は、自分の身体はそこに「ある」ことはあるけれど、
「自分のもの」ではありません。
「自分のもの」にするためには、魔物を倒さなければなりません。
しかも、右足首なら右足首、目なら目、右手なら右手と、
「一つひとつのパーツ毎に」一匹の魔物を倒す必要があります。
一匹の魔物を倒すと、そこまで「ただそこにあった」右足首がなくなり、
かわりに、痛みとともに「本当に自分のもの」である右足首が出てきます。
「自分のもの」が出てくる瞬間の痛みは壮絶で、激しく悶絶せずには
いられません。
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「ただそこにある」だけの身体パートを、一つひとつ消滅させ、
その上に、激しい痛みとともに、「本当に自分のもの」を生み出す。
この過程は、ややグロテスクな表現ではありますが、
何かを学び、会得していくプロセスにも非常に似ていると思いました。
たいした工夫もせずに、ただ、普段使っている能力は
「ただそこにある」だけのもの。
その能力を「本当に自分のものである」
と言えるレベルにまで昇華させるためには、
一つひとつの今までの癖を「消滅させる」ことが必要となる。
無意識にやっていることを自覚し、
本当に必要なのか?本当にそれが適したやり方なのか?
見落としていることはないか?と、
それまでの思い込みを排除して、まっさらに考えてみる。
その上で、「悶絶するくらい」のエネルギーを持ってして研鑽をつみ、
はじめて、「自分のもの」と言えるようになる。
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映画の中で、主人公の百鬼丸は、全部で48ある身体のパーツを
すべて「自分のもの」とするには至りません。
残り半分、24つを残して、To be continue、
自分の身体を取り戻す旅は続いていました。
何かを本当の意味で「自分のものにする」のは一朝一夕にはできません。
一つひとつ、悶絶しながら魔物と戦うことが道を拓くのだな、
と映画から勇気をいただいた一時でした。