昔ねあるところにとても人のいい山羊がいたんだ。
素敵な出だしだった。
僕は目を閉じて人のいい山羊を想像してみた。
山羊はいつも重い金時計を首から下げて
ふうふう言いながら歩き回ってたんだ。
ところがその時計はやたら重いうえに壊れて動かなかった。
そこに友達の兎がやってきてこういった。
ねえ山羊さん、なぜ君は動きもしない時計をいつもぶら下げてるの?
重そうだし役にも立たないじゃないか。ってさ。
そりゃ重いさ。って山羊がいった。
でもね、壊れちゃったんだ。
時計が重いのにも動かないのにもね。
医者はそう言うと自分のオレンジジュースを飲み
ニコニコしながら僕を見た。
僕は黙って話の続きをまった。
ある日、山羊さんの誕生日に兎はきれいなリボンのかかった小さな箱をプレゼントした。
それはキラキラ輝いて
とても軽く、しかも正確に動く新しい時計だったんだね。
山羊さんはとても喜んでそれを首にかけ、みんなに見せて回ったのさ。
そこで話は突然に終わった。
君が山羊、僕が兎、時計は君の心さ。
僕は騙された気分のまま、仕方なく頷いた。
週に一度、日曜日の午後、僕が電車とバスを乗り継いで医者の家に通い
コーヒーロールやアップルパイやパンケーキや
蜜のついたクロワッサンを食べながら治療を受けた。
一年ばかりの間だったが
おかげで僕は歯医者にまで通う羽目になった。