ここまで3回にわたって、犬猫の糖尿病について、診断、インスリン療法、
そして「インスリンを使っているのにうまくいかないとき」の考え方を整理してきました。
最終回では、糖尿病を長く診ていくうえで避けて通れない「合併症」について考えます。
糖尿病というと、どうしても血糖値に目が向きますが、糖尿病で本当に問題なのは数字そのものではないことは読んでいただいてたら理解してもらえると思います。
高血糖が続くことによって身体に何が起こるのか。
そしてインスリン作用が決定的に不足したとき、身体がどのような代謝状態へ追い込まれるのか。
そこを理解する必要があります。
犬の糖尿病で代表的な慢性合併症が白内障です。
今回の資料では、糖尿病と診断された犬の約75%が診断後1年以内に白内障を発症するとされています。
そもそも何で糖尿病で目が白くなるのでしょうか。
鍵になるのが水晶体内のポリオール経路というやつです。
高血糖になると、水晶体内へ流入するグルコースも増加します。
グルコースはアルドース還元酵素によってソルビトールへ変換されます。
ところがソルビトールは水晶体から外へ出にくいため、内部に蓄積します。
すると浸透圧によって水分が水晶体内へ引き込まれ、水晶体線維が膨化・破綻します。
その結果、白内障が形成されます。
つまり糖尿病性白内障は、
高血糖
→ 水晶体内グルコース増加
→ ソルビトール蓄積
→ 浸透圧上昇
→ 水分流入
→ 水晶体線維障害
→ 白内障 という流れで起こります。
しかも犬では急速に進行することがあります。
さらに水晶体蛋白が漏出すると、水晶体誘発性ぶどう膜炎を起こす可能性もあります。
したがって糖尿病犬では、「血糖値が高いか」だけではなく、眼科的な変化も長期的に評価する必要があります。
猫では犬ほど糖尿病性白内障が臨床問題になりません。
この犬猫差には水晶体アルドース還元酵素活性の違いが関係すると言われてます。
一方、猫で特徴的なのが糖尿病性ニューロパチーです。
高血糖が長期間続くことで末梢神経が障害されます。
典型的には、後肢の筋力低下、ジャンプできなくなる、歩幅が小さくなる、そして踵を地面につけて歩く蹠行姿勢などがみられます。
糖尿病猫の神経を詳細に調べると、臨床的には明らかな症状がない猫でも神経伝導異常や病理学的変化が認められることがあります。
ただし、この神経障害は必ずしも不可逆的ではありません。
血糖管理が改善すると、時間をかけて神経症状が改善する猫もいます。
糖尿病性ケトアシドーシス(diabetic ketoacidosis:DKA)は、糖尿病の重篤な急性合併症です。
しかしDKAは、「血糖値がものすごく高くなった状態」ではありません。
本質はインスリン作用の重大な不足によって、身体のエネルギー代謝そのものが破綻することです。
インスリンが足りなくなると、血液中には大量のグルコースが存在しているのに、細胞はそれを十分に利用できません。
そこで身体は脂肪を緊急的に分解します。
脂肪組織から遊離脂肪酸が放出され、肝臓へ運ばれ、ケトン体へ変換されます。
ケトン体そのものは代替エネルギー源ですが、過剰に蓄積すると問題になります。
アセト酢酸やβ-ヒドロキシ酪酸などが増加し、身体の緩衝能力を超えると代謝性アシドーシスへ進みます。
同時に高血糖による浸透圧利尿によって大量の水分と電解質を失います。
つまり、
インスリン作用不足
→ 細胞内飢餓
→ 脂肪分解
→ ケトン体産生
→ 代謝性アシドーシス
高血糖
→ 尿糖
→ 浸透圧利尿
→ 脱水・電解質喪失 が重なります。
だからDKAの犬猫では、全身状態が大きく崩れます。めちゃくちゃ緊急疾患です。
救急医療、集中治療が必要な病態です。
DKAを起こした犬猫では、糖尿病だけを治療しても不十分なことがあります。
なぜなら、DKAの背景に別の病気が隠れていることが多いからです。
感染症、膵炎、炎症性疾患、クッシング症候群、その他の併発疾患などなど。
こうした病態ではコルチゾール、カテコラミン、グルカゴン、成長ホルモンなどのインスリン拮抗ホルモンが増加します。
すると、それまで使っていたインスリン量では足りなくなるわけです。
つまり、「毎日インスリンを打っていたのにDKAになった」ということもあり得ます。
DKA治療では、輸液、インスリン、電解質補正などと同時に、DKAを引き起こした原因を探すことが重要です。
もう一つの重篤な急性合併症が、高浸透圧高血糖状態(hyperosmolar hyperglycemic state:HHS)です。
HHSでは極端な高血糖と高浸透圧、重度脱水が中心になります。
DKAとの大きな違いは、ある程度のインスリン作用が残っていると考えられていることです。
そのため脂肪分解やケトン体産生はある程度抑制され、DKAほど強いケトアシドーシスを起こさないことがあります。
まあいいとして、これも普通に死んじゃう病態です。
教科書的な理解であれば、DKAは「ケトン体とアシドーシス」が大きな問題でHHSは「高浸透圧と重度脱水」が大きな問題と整理すると分かりやすいと思います。
ただし実際の患者では両者が完全に分かれるわけではなく、中間的な病態も存在しますし、とにかくヤバい状態なので、こうならないように先手を取って管理するのが大事です。
僕はゲームが好きでして、全てのゲームの中で一番好きなのはメタルギアソリッドというやつです。
メタルギア4の冒頭で「戦争は変わった」という描写から始まるのですが、最高ですね。
去年は小島監督のデススト2がありましたが、今年はそういう楽しみがなくて残念です。
猫の糖尿病治療は大きく変わったと去年くらいかな、話題になりました。
新しい薬が出たからですね。
正直、そうでもないですよ。
ちゃんと理解しない方が、適当に使うから、気の毒な猫も増えている印象です。
従来、糖尿病=インスリン注射が基本でした。
ここ最近は、適切に選択された猫ではSGLT2阻害薬という選択肢があります。
SGLT2は腎臓の近位尿細管に存在し、原尿中のグルコースを血液へ戻す輸送体です。
SGLT2阻害薬は、この再吸収を阻害します。
するとグルコースは尿中へ排泄されます。
つまり、インスリンを増やして血糖を下げるのではなく、糖を尿へ捨てることで血糖値を下げる薬です。
前向き多施設研究では252頭の糖尿病猫にベラグリフロジンが投与され、180日まで評価されています。
SGLT2阻害薬によって、猫の糖尿病治療に「注射を使わない」という新しい選択肢が生まれました。
ただし、使える猫をきちんと選ぶことが極めて重要です。
SGLT2阻害薬を使用するとき、絶対に知っておきたいのが正常血糖DKA(euglycemic DKA:eDKA)です。
上述したとおり、通常DKAと聞けば、著しい高血糖を想像します。
ところがSGLT2阻害薬を使用すると、余分なグルコースが尿中へ排泄されます。
そのため血糖値だけを見ると、それほど高くないことがあります。
しかし、インスリン作用が不足していれば、身体の中では脂肪分解とケトン体産生が進んでいる可能性があります。
つまり、血糖値はそれほど高くないけどもケトン体は増えている。そしてアシドーシスになっている。という事故が起きます。
だからSGLT2阻害薬を使用している猫では、「血糖値が正常だからDKAではない」という従来の感覚は通用しません。
2026年AAHAガイドラインでも、SGLT2阻害薬使用猫では血糖値だけではなく、臨床徴候とケトン体の評価が非常に重要とされています。
一昨日もセカオピの子が、蛋白尿も検査されずにテルミサルタン飲まされてましたが、「腎臓の」「心臓の」薬という一義的な理解で処方できるなら、医者なんかいらないわけです。
営業さんに言われるままに、それをやっちゃうのは本当によくわからんですね。
ちなみに猫の糖尿病には「寛解」という可能性もあるんです。
猫では高血糖そのものが膵β細胞を障害する「糖毒性」が病態をさらに悪化させます。
しかし早期に血糖を改善し、糖毒性を解除すると、残存しているβ細胞機能が回復することがあります。
すると内因性インスリン分泌が改善し、外からインスリンを投与しなくても血糖を維持できるようになる猫がいます。
だから猫では治療中、「インスリンが効かなくなった」だけでなく、「以前より効きすぎるようになった」ことにも注意します。
ちなみに、寛解は「二度と糖尿病にならない」という意味ではありません。
肥満、膵炎、グルココルチコイド投与などによって再び糖尿病が顕在化することがあります。
話題を変えて、糖尿病治療で飼い主さんが最も迷う問題を挙げてきましょうか。
「朝ごはんを半分しか食べませんでした。いつものインスリンを打っていいですか?」
うーんアルアル。
結論から言うと、すべての犬猫へ共通する答えはありません。
インスリン製剤、普段の投与量、その日の血糖値、食事量、基礎疾患、これまでの血糖曲線なんかによって変わるからです。
その患者さん専用のルールをあらかじめ作るという考え方が重要です。
重要なのは、飼い主さんが毎回自己判断しなくて済むように、
「全部食べたら何単位」
「半分ならどうする」
「全く食べなければどうする」
「何が起きたら病院へ連絡する」を事前に決めておくことです。
じゃあ糖尿病の「良いコントロール」とは何なんでしょうね。
もちろん治療の目標は血糖値の完全な正常化ではありません。
目標は、
多飲多尿などの臨床徴候を改善すること。
適正な体重を維持すること。
低血糖を避けること。
DKAなどの重篤な合併症を防ぐこと。
そして何より、
犬猫と飼い主さんのQOLを維持することです。
例えば血糖曲線を見ると、一日の中で200 mg/dL、250 mg/dLという時間帯が残っているかもしれません。
それでも、多飲多尿がなく、体重が安定し、食欲・活動性も良好で、危険な低血糖もないなら、その犬猫にとっては、それが十分良好なコントロールである可能性があります。
反対に、「血糖値をもっときれいにしたい」とインスリンを増量し、夜間に低血糖を繰り返しているのであれば、数字はきれいでも良い治療とは言えません。
ああ、ちなみにフルクトサミンも同じですよ。
数週間程度の血糖状態を推測できる非常に便利な検査ですが、「この値だから良好」「この値だからインスリンを増やす」と単独で判断するものではありません。
低蛋白血症や蛋白喪失性疾患、甲状腺機能亢進症などによって値が影響を受ける可能性がありますし。
FreeStyle LibreなどのCGMは、糖尿病診療を大きく変えました。
でもいつまでつけときゃいいんでしょうかね?
これも飼い主さんからの質問あるあるです。
特に、治療導入直後、インスリン量の調節中、インスリン製剤を変更したとき、低血糖が疑われるとき、猫で寛解が疑われるとき、
臨床徴候と血糖値が一致しないとき、には非常に有用です。
一方で、安定した犬猫に永久に装着し続けなければならないわけではありません。
糖尿病が安定してくれば、臨床徴候や体重を中心に、必要に応じて血糖値、フルクトサミン、CGMなどを組み合わせて評価できます。
むしろCGMには、「数字が見えすぎる」というデメリット的な側面もあります。
知らないほうがいいこともあるわけです。
細かな変動を見るたびにインスリン量を変更してしまうと、治療が不安定になります。
血糖値は食事、運動、ストレス、インスリン吸収などによって日々変動します。
だから一点の数字ではなく、数日間のパターンと患者の状態を見ることが重要です。
ほかの病気もそうなんですが、糖尿ではその側面が強くでます。
飼い主さんの協力が必要だと言うことです。
動物病院で治療している時間より、家庭で治療している時間の方が圧倒的に長いからです。
だから、医学的に理想的な治療法であっても、家庭で継続できなければ良い治療とは言えません。
投与時刻をどこまで固定できるのか。
朝晩の注射を誰が担当するのか。
食事をどうするのか。
出張や旅行のときはどうするのか。
食べなかったときはどうするのか。
インスリンを打ったか分からなくなったときはどうするのか。
こうしたことまで最初から相談しておく必要があります。
糖尿病治療とは、その家庭で長期間実行できるシステムを一緒に作ることでもありますね。
動物病院がいかに寄り添えるかも大事だと思います。
第4回は3回までの復習に終始しましたが、何回も読むと覚えるので、こう言うやり方もありかなと思った次第です。
では。


