エロスの神から逆差別④ | 風の日は 風の中を

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~職場や学校で不安感に悩んでいる方へ~
「不安とともに生きる」森田理論をお伝えしたいと思いブログを書きはじめました。
2011年9月からは、日々感じたこと、心身の健康などをテーマに日記を綴っています。

中村久子さんの生涯について知った20歳の頃、私は看護師見習いとして某病院で、臨床実習をしていた。

あるとき入院患者のIさんという方(男性・70歳)を担当させていただくことになった。

Iさんは、胃がんの手術を予定している患者さんだった。


担当になったものの、私はIさんとコミュニケーションをとることができなかった。
何を話しかけても、口答はなく、首をふるか、うなずくかで意思表示する人だった。


Iさんが手術前に、体力をおとさないように、という目的でIⅤHという管が心臓に近い血管に留置してあった。(高カロリー輸液をおこなうため)

Iさんは、ある日、それを自己抜去してしまい騒ぎになった。

「治療をうけたくない」という気持ちをそういった問題行動で表明しているようにみえた。


その頃、Iさんと同じような精神状態の患者さんが、家族に励まされて、治療に前向きになった例があった。

Iさんも、ご家族に励ましてもらえたら…と思ったのだが、奥さまは亡くなられており、息子さん夫婦はIさんと仲が悪く、お見舞いにきてくれたのに、Iさんが追い返してしまった。

息子さんは「父は親しい友達がいません」と言っていた。

孤独だから、誰かのために生きたい、と思わないのだろうか?


はじめてIさんが、口をきいてくれた時、「べつに、いつ死んでもおしくない」という言葉があった…

そのとき「死ぬ前に会いたいと思う人はいませんか」ときいてみた。

「Kちゃん」という名前をIさんは口にした。

Kちゃんとは何者か?

私は、それを聞き出すために毎日、Iさんに話しかけた。

それ以外、会話の入口になるものはみつからなかった。病棟婦長からは、患者さんの関心のあることを話しなさいといわれていた。


やがてKちゃんの正体があきらかになった。

踊り子だった。それも裸の。

Iさんは、病に倒れる前から、ストリッパー嬢Kちゃんのファンだったのである…


私は、この話に食いついた。

「自分は女なのでストリッパーさんに出会う機会はずっとないかもしれません。Kちゃんのお話をきかせてください」とお願いしたら、いっぱい話してくださった。

ストリッパーさんは裸になればいいというものでもないらしい。

Kちゃんは衣装をつけている時間のほうが長く、それは何パターンもの服に着替えるからだそう。

歌いながらステージ上をかけまわり、ミュージカルのステージのように思わせておいて、脱ぐ。

その意外性がすばらしい、とかなんとか言ってたなぁ


Kちゃんが天才エンターテイナーであることが、ステージの最後ではっきりするという。

会場の全客が恋人であるかのように錯覚させて去っていくそうだ。

Iさんも、その錯覚を楽しんでいるのだった。病床においても。


Iさんに、「また、この子に会いにいかなくては」と思わせるKちゃん。

すごい。中村久子さんと同じく一流の芸人だ!

見世物小屋や、裸の職業を見下す人もいるだろうが、またこの人に会いたいと思わせるなんて、芸の力の圧勝ではないか。

見てはならないものを見てしまった…などと客に思わせたら二度と来ないわけだから。


Kちゃんのお話は他言しませんと約束したので、看護記録にも書かなかった。

ついに、ここに書いちゃったけど、ずいぶん年数たってるので、ゆるしてね、Iさん。

Iさんが、無事、手術を受け回復して、退院されたあと、よく「Kちゃんに会いに行けたかな~」と思い出していた。


ご家族にも、医療現場の者にも、Iさんの「投げやり」はどうしようもないのか?と一時思われていた。

投げやりの人から、生きる意欲を掘り起こしたKちゃん=エロスの女神。