何件かご質問を頂いたので、お知らせします。


私のセッションの仕方は、一風変わっていると思います。

場所は、好きなところでOKなスタイル・・・

公園でもいいし、お気に入りの喫茶店でもOKです。

もちろん、セッションル-ムが良ければ、手配も出来ますが・・・


やり方は、ドリ-ン・バ-チェ-博士のエンジェルカ-ドを使うときもありますが、基本はダウンロ-ドタイプのリ-ディングです。つまり、何も使いません。


その時必要なこと、それから、私から(というか、相手のサポ-トしている人たちから伝えたいこと)を、お知らせしています。


時間は、基本は1時間2万円。

延長は30分ごとに5千円頂いています。


予約は、セッションル-ムを希望されている場合は、なるべく早めに頂ければ対応しますし、他のところが良い場合は、相談に応じます。


セッションに行ける場所については、首都圏がメインですが、それ以外の方はご相談下さい。

連絡は、こちらのメッセ-ジを通して、ご連絡いただければ、2.3日中にご返事します。


皆さまにお会いできるのを楽しみにしています。


追伸:今のところ、スピコン(スピリチュアル・コンベンション)に参加の予定はありません。


このタイトル、どう思います?


「怒る」と「叱る」・・・


ある人が言っています。

「怒る」とは、感情の爆発のこと・・・

「叱る」とは、「相手」を思いやってのこと・・・


「怒る」と「叱る」の基本的な違いは、そこに“愛情”があるかどうか・・・と言う風に話す人もいます。


さて、振り返ってみてください。

貴方は、どちらですか?


お子さんに対して・・・

自分自身に対して・・・

伴侶に対して・・・

部下に対して・・・

クレ-ムをつける相手に対して・・・    などなど・・・


今日、ある一組の母子を見ました。

母親は、とても怒っているのでしょう。

ベビ-カ-を押しながら、早歩き・・・


それを幼稚園生か、それより幼い少年が後ろから一生懸命、ついていきます。


母親は、後ろを振り返りません。

もちろん、ついてくるのは分かっているのでしょう。


それを見て、私の忘却の彼方に忘れられていた記憶の扉が、一枚・・・開きました。


幼いとき、私も同じように、母親の背中を追いかけました。

その時、母の背中にみたのは「拒絶」です。

置いて行かれることはありませんでしたが、その「拒絶」のお仕置きは、後々まで引いていきました。


大きくなって行くにつれ、その記憶はどこかにしまわれていきます。

でも、その記憶によって付けられた傷は、しっかり残っていて、気付かない内に行動を制限するブレ-キの役割をしていきます。


私の場合は、「いい子でいなければ・・・望まれたことをやらなきゃいけないんだ。」という一つの枠です。


「いい子」というのは、決してステキな言葉ではありません。

「いい子」でいることで、どれだけのストレスを受けましたか?

「いい子」でいることの、辛さ・・・苦しさ・・・


「望まれたことをやる」・・・自分の意志に反して・・・


自分でいながら、自分でない苦しさ・・・

「やりたい」と、アンテナにかかったのに、何故かいつの間に、諦めてしまっている・・・


もちろん、親としては、「叱らなければならない」事もあるでしょう。

「子を思って・・・」と言うかもしれません。


でも、そこに「八つ当たり」は、入っていませんか?

自分の親にされたことを、自分ではイヤだと思っていること・・・続けていませんか?


子どもでも、誰でも・・・

愛情を持って「叱られれば」、ちゃんと分かります。

なぜ、「叱っているのか」説明すれば、ちゃんと理解します。


”理解”というのは、同じ事をしない。と言うことです。

もちろん、何度も話す必要もあるかもしれません。

でも、「子どもだから・・・」といって、頭から「怒って」いては、いつまで経っても、彼らの心には、傷しか付けないのだと思います。


ベビ-シッタ-をしていたとき。

ある家庭で、両親に愛されていない・・・と、心から、思いこんでいる姉弟に会いました。

彼らは、とても攻撃的で、粗雑で、落ち着きがありませんでした。


それを見て、少しの時間、彼らと話しました。

なぜ、姉弟2人だけにしておかないのか・・・

なぜ、お金を払って、シッタ-を雇うのか・・・

なぜ、両親は、一生懸命夜遅くまで働いているのか・・・


彼らの不安を一つ一つ聴きながら、伝えていきました。


するとそれまで、攻撃的だった彼らが、べったりと抱きついてきたのです。


そう「なぜ」を、説明すると、彼らは分かるのです。

その説明は、決して「口先」でしないこと。

「口先」は、見抜かれます。


誠心誠意もって話すこと。

それは、コミュニケ-ションに不可欠な要素だと思います。


「怒る」・・・それは、絆を断ちきるもの・・・

「叱る」・・・それは、いつか感謝されること・・・


極端かもしれないけれど、貴方はどちらを選択しますか?




昨日、本当に久しぶりにのんびりした一日を過ごしました。


「銀座に出よう」と思って、なんとなく出たのがきっかけでした。

ぶらぶらお茶をしたり、お店を見て回ったり・・・

「どうしようかな?」と、思ったとき、目に飛び込んできた時計。


時間は11時30分になろうとしていました。


そして「あそこに行こう」と、突如決まったのです。

それまでは、帰るつもりだったのですが・・・


何カ月ぶりかに、訪れたそこは、フランス紅茶の専門店 “マリア-ジュ フレ-ル”・・・

この銀座本店は、喫茶のみならず、ランチも出来るので、タイミングを逃すと行列になります。


私は、いつもここでオ-ダ-するとき、自分の飲んでみたいイメ-ジ、またはこんな感覚になりたいというイメ-ジを、お伝えします。


昨日は、「ホッとする感じのものを・・・」と、お伝えしました。

そこで薦められたのが、2つ。

ウ-ロン茶ベ-スのものと、名前を忘れました・・・(確かアフリカのお花がベ-スになっているもの)


選んだのは、ウ-ロン茶ベ-スの“エギ-ユ ドゥ ジェイド” ・・・翡翠の針芽・・・というもの。


通常の1potがだいたい1,000円に対し、このお茶は1,800円。

後で聞いたら、100g7、8,000円するそうです。(このお茶は、50gから販売しているそうです。)


色は、黄金色。

透明感があって、香りも華を思わせるような、爽やかで、一口飲むと、身体と心がホッとするような・・・ほどけていくような・・・なんだか、お風呂に入ったみたいな、そんな感じにゆったりとしてきました。


およそ1時間ちょっとの時間、のんびりお茶を堪能しました。


何もしない時間。

何かを考えたり、本を読んで・・・ということをしない時間。

何かを堪能する時間。

何かを満喫する時間。


心と身体の緊張をほぐす・・・

そういった時間の使い方を、再確認させて貰った・・・そんな・・・


極上のひとときを過ごしたのでした。


貴方にとっての、「極上のひととき」は、何かしら?

スパに行っているとき?

友達と会っているとき?

おいしいお料理を食べているとき?

ウインドウショッピングをしているとき?


自分をリセットする・・・

そんな時間を持つこと。


それは、常に携帯電話やゲ-ムなどして、自ら忙しくしてしまった私たちにとって、一種の新たな【贅沢】かもしれませんね?!