私たちには、それぞれ、選択する“権利”がある。
どんな未来にしたいのか・・・
どんな気持ちで過ごしていきたいのか・・・
どんな体験をしていきたいのか・・・
“選択”を人任せにしている人がいる。
自分の人生での船の舵を、第3者に委ねるのだ。
一瞬一瞬の思考を“選択”しているのは、まぎれもない貴方に・・・だ。
そして、一瞬一瞬の思考が、ちょっと先の“貴方の人生”を作り出している。
もう、いいのではないですか?
人に自分の船の舵を任せるのは・・・
自分の舵を握るというのは、時に“責任”という、苦い薬を飲まなくてはならないかもしれない。
でも、自分の行きたい方へ帆先を向け、自分のペ-スで進んでいく。
そして、目的地に着いたときは、何とも言われもない、素晴らしい気分を味わうことが出来るだろう。
今、貴方は何を考えているだろうか?
誰かの“目”を気にして、自分の本当にやりたいことから逃げていないだろうか?
誰かの“意見”を気にしすぎて、自分の本当の気持ちを言えないのではないだろうか?
それで貴方は幸せに感じられるだろうか?
それで、貴方は死んだとき、“後悔”はないのだろうか?
“死”というのは、生きている限り、誰の上にも起きること。
その“死”の瞬間、「あれをしていたら・・・」「これをしていたら・・・」と言う人生は歩んで欲しくない。
年齢が50才を超えちゃったから・・・なんて、聞きたくない。
人は、何歳からでも、やり直せる。
・・・というか、その時でなければならなかったのだ。
貴方は、“自分”の人生を歩んでいるだろうか?
歩んでいないなら、これを機に自分の人生を歩んで欲しい。
良く成功達成で“やらねばならぬこと”の中に、「目標」をたてる。日付を入れる。とある。
もちろん、これでOKの人もいるだろう・・・
でも、私には合わなかった。
出来ない自分を責めた。
でも、ある人が教えてくれた。
それを、ちょっと長くなるけれど、お伝えしよう。
まず以前のブログと重なるかもしれないが・・・
まず、貴方が死んだとしよう。
貴方のお葬式に「両親」「伴侶」「子ども」「親友」「会社の同僚」「地域の友人」「サ-クル仲間」・・・が集まる。
そして、それぞれ一言ずつ貴方へ言葉を贈る。
例えば友人から・・・
「あなたは、本当に自分の人生を楽しんで生きてたよね。。。あなたからは自分の人生を“生きる”ことの楽しさを教えて貰った。私も負けないくらい、自分の人生に酔うよ!”みたいな・・・
それを作ってみよう!
それが終わったら、今度は貴方自身から貴方へ・・・言葉を贈って・・・
そして、神様から、なんて言われたい?
そして、貴方の墓石に、貴方が歩んできた人生を一言で表した言葉が彫られました。
なんてありますか?
例えばアンドリュ-・カ-ネギ-は、「自分より優れた者を束ねた男・・・ここに眠る」とあるようです。
この墓碑銘は、自分が書くのではなく、貴方の生き方を見て周りの人が書くものです。
なんて書かれたいですか?
実は、「目標」は、MissionとTargetの2つに分けられます。
Mission、ミッションつまり墓碑銘で書かれるために生きた証。
これは、とても大きなものです。
「この金額を貯蓄する!」が、イコ-ルMissionになるわけではありません。
Missionは、自分中心に見るのではなく、自分がどれだけ周囲の人に“与えた”か・・・
勇気を与えたい。
元気を与えたい。
希望を与えたい。・・・これらは、すべてMissionになります。
もう一つのTargetは、俗に言う“目標“です。
Missionに向かって、何を達成するのか?何をするのか?
Missionが大きい円だとするなら、Targetは、本当にピンポイントのサイズの円です。
もし貴方のMissionが“希望を与えたい”なら、Targetは、それに沿うように設けます。
例えば「仕事」の分野だったら、貴方はどんな“希望”を与えられるでしょうか?
ここで注意しなくてはならないのは、“与える”=“与えて貰った”という公式が成り立たない・・・と言うこと。
「あたえたのに!」って思うと、それは「与えたこと」には、なりません。
「感謝」をして欲しくて、何かをしてあげたときと、「やってあげたくて」したことでは、全く違うでしょ?
バレンタインとホワイトデ-みたいな関係かな?
本当に好きでチョコをプレゼントするのと、義理であげるときの気持ち。貰うときの気持ち・・・
ともかく、Targetは、それぞれ思いつく分野でMissionに沿って作っていく。
そして、そのTargetを達成するために行動をしていく。
しかも、“出来る”行動を・・・
出来ない事をさがすより、出来ることを確実にやっていく。
それが、積み重なって習慣となり、Targetをクリアしていく。
Missionが、分からない?
本当にそうだろうか?
どうやって生きていきたいか、心の声が叫んでいるのではないかい?
その声をまず聴こう。
“私は選ばれる存在ではない。”
“私は好かれる存在ではない。”
“私は認められる存在ではない。”
・・・・・と読んで、どう思った?
もしかすると、貴方が自分自身に言っていることかもしれないよね?
じゃ次の文章はどうだろう?
・・・・・
“私は選ばれる存在ではない。私が選ぶんだ!”
“私は好かれる存在ではない。私が好きになるんだ!”
“私は認められる存在ではない。私が認めるんだ!”
私たちは、“欲しがる”よね?
あれも欲しい。これも欲しい。って・・・
でも、本当にそれが欲しいの?
本当にそれを求めているの?
それが、上の文章。
欲しいものがあるなら、それを与えてみる。
すぐには戻ってこないでしょう。
でも、与える。与えて与えて与え続ける・・・
相手が貴方をどう思うといいのだ。
貴方さえ自分自身を愛しているならば・・・
抱きしめて欲しい・・・
そして、感謝して欲しい・・・
自分自身に対して・・・
自分をサポ-トしてくれる全てに対して・・・
天は、貴方を本当に愛している。
貴方が例え、貴方自身を嫌いでもだ。
愛は本当にすばらしいもの・・・
愛は、貴方を傷つけたりしない。
愛は、貴方に沢山のプレゼントをもってきてくれる。
さぁ、自分の人生を歩みましょ?
貴方自身の脚で、しっかり地面を掴みましょう。
自分自身の手で、自分の舵を握りましょう?
焦らなくて大丈夫。
貴方自身を受け入れてください。