(前回記事)

岡本荘物語(8) 

終焉とは
2023-09-30


https://ameblo.jp/minaseyori/entry-12822382805.html

(今回記事)

私はそう言うと同時に目を閉じた。
とにもかくにも私は眠りたかった。
生きようが死のうがどちらでもいい。
早く眠りたかった。


その眠たい目を再度微かに開いた。
視点を出刃包丁の穂先から少しずつ上にあげていくと、再度、手首のためらい傷が二本見え、更に瞼を上に開くと、天井には蛍光灯の橙色の豆級が光る。

見上げる私には、逆光になる留美の乱れる黒髪は分かるが顔は暗くて見えない。

もう一度言った。
「やってくれ」
そして目を閉じた。
これでこの睡魔から解放される。

一瞬、眠ってしまった。
だが目覚める。
意識はかなり正常になっていた。


このまゝ私は死んでもいい。
だが、留美はこれでは殺人犯。
これでは拙い(まずい)。

私は言った。
「すまんが、私に遺書を書かせてくれ」
これで留美は殺人犯ではなく私の自殺ほう助となる。

留美は出刃包丁を引いた。
私は暗闇の中、立ち上がり机に向かった。

蛍光灯のスタンドを点ける。
便箋を探す。
横書きのレポート用紙だ。

 

あて先はE子。

だがこの状況では拙い。

ではどうするか。

 

ようやく浮かんだ言葉。

「おかあさん、いままで育ててくれて有難う」

 

愛用のボールペンを握り書き出す。

ところが!

 

「おかあさ・」まで書いた瞬間、視界は消え、両目一杯から飴玉如き涙がぼたぼた落ちる。

 

 

次の瞬間、走馬灯が飛ぶ。

同時に無意識のうちに声が出た。

「ワァ~」

絶叫。

 

悲しいわけではない。

この世への未練は多少はある。

何かやり残したことがあるはずだがもう時間が無い

天の為すがままだ。

 

再度、レポート用紙に向かうが、紙は涙でぐしゃぐしゃに濡れており、もはや字を書けない。

 

そうか、遺書はこの僅か数文字だけか。

これでも自殺志向の傍証にはなる。

これでいい。

 

私は床にはいろうと、椅子をくるりと闇の中に回した。

 

消えている。

目を凝らし大きく見開くも消えている。

闇の中に留美の姿は無かった。

 

布団の横の畳の上には、部屋の合鍵は置かれていた。

この時以降、留美は私の前から姿を消した。

 

              岡本荘物語完

 

あとがき

この岡本荘物語は2007年2月から同年9月の期間にヤフブロで書いたものである。

処が、以後、前回記事岡本荘物語(5)を書くのに、16年の歳月を要し、更にこの記事まで一年を要した。

 

この出来事は、今まで誰にも話したことはない。

無論、妻にもである。

 

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心の履歴(113) 
新婚旅行で妻に言った言葉
2009/02/05 著

https://ameblo.jp/minaseyori/entry-12738425381.html

 

岡本荘物語《目次》2023-09-26
https://ameblo.jp/minaseyori/entry-12821624781.html

 

(画像)蛍光灯
https://enechange.jp/articles/miniature-bulb-cost 

 

(画像)走馬灯
https://www.youtube.com/watch?v=jadumB_aph8