(前回記事)

心の履歴(83) 
浦島太郎は竜宮城で精根尽きる
2023-07-08 

https://ameblo.jp/minaseyori/entry-12810683094.html

 

(今回記事)

二軒隣に、ある小さな会社の60歳弱の社長夫婦が住んでいました。夫人は後妻なのです。

宵闇になる時分、着物姿のその夫人がやって来ます。
夫人はバタやタカシとは同じ熊本の人吉市のそれも同じ町内出身なのです。

我ら四人で一升瓶をコタツの上に置いて飲んでいると二階に来て一緒に飲むのです。

 


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夫人は「水無瀬は嫌いだ!嫌いだ!」と、顔を合わせる都度囀(さえず)ります。

 

恐らく私の刈り上げと、一見、糞真面目な顔に不愉快を抱くのでしょうし、私は私でこのおばはんを良くは思っていませんから顔に現れているのでしょう。

 

その時の私は「酔ったから眠たい」と言いながらコタツに下半身を入れたまま仰向けに寝ます。

 

或る日の事、偶々伏せて寝ている私の隣に夫人は何故か並んでコタツに入り、然も、いつも通り、私を誹謗する言葉を繰り返すのです。

 

https://kimonodo.jp/kimono/manner/

 

一層頭にきた私は、こたつ布団を深くかむり、右手を夫人の着物の合わせ目に侵入させたのです。

 

必死に防御するご夫人。

力ではかなわないと分かると私の手の甲をあらん限りの力を注いでつねる。これでもか!これでもか!とばかりに。その都度、ご夫人は「クッ!」「クッ!」と息を弾ませる。

 

周りの者が不思議がり「奥さん、どうしはった?」と問うも、ご夫人「飲み過ぎたから酔ったのかしら」と申す。

 

このことがあってから、ご夫人の私への誹謗はピタリと止んだのです。

 

ご夫人のいつもは、ここで飲んでから、同郷のタカシ君運転で何処ともなく消えるのです。

或る日の事、ご夫人、タカシ君がいないので私の運転で行こうと言い出しました。

夫人の案内で着いたのが普通の民家。
場所は、七条大橋東詰め下る。

鴨川の土手が近い小さな路地の角地。
玄関を上ると右手に六畳二間の和室におこた。

お銚子と、おちょこ(盃)と、あて(酒の肴)が出てきて先ずはなめる様に一杯。

この家の住民の60歳代の着物姿の女性二人がお酌をしてくれるのです。

 

 

そのうちの一人は徐に三味線(「地方」(じがた))。
残る一人は舞をします(「立方」(たちかた))。

ご夫人は、その三味線に合わせて清元(唄いもの)。

 

https://youtu.be/59IJynqaOXM


「うたわへんのか?(唄わないのか?)うたわへんのか?」とご夫人にからまれる私。
小母様三人ががりのご指導で私も清元であごしゃくり。

この私のあごしゃくりは、この六畳で半年間続きました。でも、次々と新しい演目のご教授ですから覚え切れない。

ご夫人は、いつも酔いつぶれる。
ごねるご夫人をお姫様だっこし、車の助手席にドオ~ンと放り込んで乗せて帰るのが任務。

実は、この六畳(通称四畳半)の二人の女性は元芸妓(げいこ)で、この家は、この二人の芸妓さんを身請けした旦那さんが買いあてがったもの。

この二人のお妾さんに一つの民家をあてがっていたのと似ている話がありました。京都の花街では、お妾さんについて、恐らく、他府県にはない慣習のようなものがあったのでしょう。

 

その類似した話とは、同じ時期、京都の北区で40歳代後半の奥様と知り合いました。

奥様の自宅の門は、お寺の大きな山門のような造り。

 


富農の家屋敷の長屋門です。

この長屋門の中二階から、奥様と同じような年齢の女性が降りて来ました。

私「姉妹ですか?」
奥様「そうはおへん。お妾さんどす」

お妾さんは入り口の長屋門の中二階に住み、本妻の奥様は奥の母屋が住居です。

本妻とおめかけさんは仲が大変良いとのこと。
この時も二人でニコニコ。
双子もどきです。
旦那さんに二人で組んで、色々な要求を突きつけるのだそうです。

何故にこうなったのかは、お二人さん、共に、元、芸妓でしたからお互いにお互いを理解出来たからでしょう。

 

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心の履歴(85) 

京都のペッパー警部
2023-07-09 
https://ameblo.jp/minaseyori/entry-12810823204.html

 

 

心の履歴:20代編 目次
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