「残業と言うのは、仕事の出来ない人間がするものだ。」
本当にそうなのであろうか。確かにその考え方は間違っていない。
しかし、物理的にマンパワーが足りずに、残業せざるを得ない状況下に置かれる事だって多々あるのだ。
時計の針が1日の終わりを告げようとしていた。
水無瀬は月初の忙しさに、時間も忘れて働いていた。
目の前の柱に、ひときわ大きい掛け時計がある。
白い時計版に黒い3本の針。デザイン性はおろか、何の工夫もないこの時計。
いつもなら5分おきに、時間が経たないと、罪のないこの時計を睨み付けているのだが。
さすがにこの時間だ。人もまばらにしか残っていない。
事務所は昼間の半分ほどの明かるさになっている。
この会社は、一人一人の蛍光灯に「ヒモ」が付けられており、帰るときには自分で消すといった習慣があった。
その事がさらに、水無瀬の気持ちを暗くさせていた。
水無瀬の対岸で端末を叩く音がする。
「パコパコ、パコパコ、パショ・・。」
ENTERを叩く音すら元気がない。
その一角は彼と、その上司二人しか残っていない。
あたりは暗く、それと対照的にパソコンの液晶の明かりに照らし出された二人が、疲れた顔を覗かせていた。
「ん・・?高野か。まだ残ってるのか?あいつ。」
水無瀬は、最近働きすぎの同期を少し不憫に思っていた。
彼は最初から老後のことを考えて、この会社に入ってきているらしい。
きっちりサラリーマンをして、きっちり国民年金保険払って、きっちり年金貰うのだそうだ。
「確かにマットウだ。」
関心はすれども、水無瀬にはその考えが、いまいち理解出来なかった。
そして、その事に焦りすら感じない自分に、少し嫌気がさしていた。